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連載【現代陶芸と、小さな地球】vol.2 坂本紬野子|「有機的」な造形はコントロールの外から与えられる

  • 2026.10.23
坂本紬野子(さかもと・ちのこ) Hearst Owned

陶芸と模倣が突破口に

ロンドンの美大に留学中、軽い気持ちで参加した陶芸のワークショップが、陶芸の道へ進む契機となったという坂本。当時、どこまでも自由な制作環境によって精神的に追い詰められていたと話す。

「ロンドンの美大全般に言えることですが、理論の授業はあっても、実技の授業はほぼありません。定期的なディスカッションに向けて、各自が自由につくってくる。そうしたカリキュラムのなかで何をつくればよいのかがわからなくなってしまって、苦しかったですね。その絡みをほどいてくれたのが、自分にとっては陶芸という手法でした。

陶芸って、一度始めると次々にやることが出てくる。成形したら乾燥させて、焼いて、それから釉薬をかけて。そうした流れのなかに自分がどんどん取り込まれていき、気づけば何かができている。これならつくり続けることができると思いました」

当時作っていたのは、お猪口やお茶碗など器型のもの。はじめは趣味感覚だったが、次第に作品として意識するようになり、器を彫刻作品の一部に用いることもあった。

「おそらく西洋美術においてハイクラスなものである彫刻をつくるということが、当時の自分となかなか一致しなかったんです。反対に、辛い留学生活のなかで、器を黙々とつくってしまう自分がいることはすごくリアルな部分で。そうした自分の実存の部分とハイアートを橋渡しするものをつくりたいと思うようになりました。コンテンポラリーアートのなかでも日常をテーマにした作品ジャンル『Everyday』の作品などを参照していましたね」

《Untitled》(2020) 陶器 H25-40×W7-11㎝。イギリス留学を経て確立された長細い造形は坂本のアイコンになっている。さまざまな要素がひとつに結合された造形はブランクーシに影響を受けたもの。 Hearst Owned

陶芸の手法に加えて、古物の模倣も転機となった。大英博物館やヴィクトリア&アルバート博物館をはじめ、ロンドンには、いうまでもなく、そうした作品の参照元が豊富にある。

「古代イランや古代エジプトの出土品から、濱田庄司やルーシー・リー、ハンス・コパーといった近現代作家の作品まで。博物館に行けば、そうしたすばらしい作品からいくらでもアイデアを拾うことができる。たとえば人物像を見て、この彫りの深さがいい! といった閃きとか。言葉にするのは難しいですが、その時々に受け取れる情報が必ずある。そういうものを観察している時間が、次につくるものの一番のジェネレイターになるんです」

それらをそのまま再現するのではなく、受け取った要素を抽象化し、ほかのものを混ぜるなどし、制作に反映していくという。坂本いわく「それらをどう整理しているのかは自分でも謎」なんだとか。

《Untitled》(2019) 陶器 H58×W19×D19㎝。ゆらぎと奥行きのある色合いは、自ら調合した化粧土と釉薬によるもの。 Hearst Owned

有機的な造形を求めて

坂本の作品は「有機的」や「生命感ある」などと形容される。そうした作品のインスピレーションについて、坂本は「自然に囲まれた環境で育ったことも大きいと思いますが」と前置きしてから言う。

「植物でも動物でも、そうした自然に着想を得た造形は、すでに人類が無数に作ってきているわけです。だからかわかりませんが、私の場合は自然物そのものよりも、そうした人工的な造形に観察の目がいってしまうように思います」

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上下ともに、坂本のインスピレーション源になっている日常の風景。 Hearst Owned

坂本が惹かれるのは、手つかずの「自然」などではなく、人の手の痕跡が多かれ少なかれ混ざり合った環境の姿。2026年8月のKOSAKU KANECHIKAでのグループ展「地層の胎動」で発表したレリーフ《皮剥きりんごのレリーフ Relief of Peeled and Cut Apples》も、りんご自体を観察してできたものではないという。

「友人の子どもが工房に遊びに来たとき、粘土と陶芸用ナイフを使って遊びに夢中になっていて。小一時間ほど自由にやらせていたら、小指の爪の先くらいのカットりんごができていた。おそらく、ひとつの塊を繰り返し切っていったんだと思います。造形ってこうやって始まるんだなと衝撃を受けて。形にたどり着くための新たな回路が自分のなかに生まれたように思いました。これを受けて、日常のモチーフを直接的に造形することを試みてできたのがあの作品です」

《皮剥きりんごのレリーフ Relief of Peeled and Cut Apples》(2026) 陶器 H20×W40.2×D7.2㎝。奈良美智キュレーション展「地層の胎動」(KOSAKU KANECHIKA)で発表された。 Photo by Osamu Sakamoto © Chinoko Sakamoto, Courtesy of KOSAKU KANECHIKA

坂本が子どもに見た、造形が生まれる瞬間。それは、作品の意図や固定観念からはどこまでも自由。

「ひとついえるとしたら、有機的な造形というのは自分の意識するところではつくり出せない気がしていて。たとえば、数千年前にエジプトやイランで作品をつくった人や、日本民藝館にあるような作品のつくり手に匹敵する資質を自分が持っているとは思えない。それでも、自分の作品にも特別な力はあってほしい。それが幸運にも可能になるなら、自分のコントロールの外から与えられるものなんじゃないかと思います」

ズレに集中するための反復

坂本の造形を考えるうえで、もうひとつのキーとなるのは反復だ。坂本のアイコンである細長い作品にも、また近年の自由な造形にも手法としての反復が見られる。

「宗教芸術の造形には長年関心を寄せてきましたが、同時に、特定の信仰を持たない自分にはどこまでいっても解せないものがあることもわかってきました。数年前、個人的な悩みから、考えるって、祈るってなんだろう、という思考になっていて、そのときつくっていたのがこの作品です。完成してから、こうした反復のプロセスのどこかに、目的を持った祈りとは異なる、それでも祈りに近い時間があったかもしれないと思い、このタイトルをつけました。当時の自分にとってはひとつの目標に向かっていく状況が苦しくて、そこから離れたい心境だったんだと思います」

《祈るための形 A Form for Prayer》(2026)陶器 H32×W23×D3.2㎝。奈良美智キュレーション展「地層の胎動」(KOSAKU KANECHIKA)で発表された。 Photo by Osamu Sakamoto © Chinoko Sakamoto, Courtesy of KOSAKU KANECHIKA

つくることで悩みが解決するわけではない。けれども、既存の筋道から少しのあいだ「離れ」る時間が、坂本には祈りに近い状態として経験された。この場合、同じ作業を繰り返す反復はある種の縛りでありながら、縛りからの解放としても機能していたといえる。

「私はやはり自然界の反復よりも、人間が造形に用いてきた反復に興味があります。行動はパターン化しますが、それでも完全自動になることはできない。反復のなかにズレが生まれます。むしろ反復することでズレを見たり、ズレに集中することもできる。そこにおもしろさがあります」

《ほこら Shrine》(2026) 陶器 H25.8×W11.2×D9.3㎝。奈良美智キュレーション展「地層の胎動」(KOSAKU KANECHIKA)で発表された。 Photo by Osamu Sakamoto © Chinoko Sakamoto, Courtesy of KOSAKU KANECHIKA

反復は繰り返しだが、他方でズレを目立たせるものでもある。人の手を介した注意深い反復であればあるほど、一種の緊張関係のなかでズレは際立つものになる。作品の生命感は、こうした部分からも生まれているのかもしれない。

大型作品と公共空間への挑戦

作家活動の初期段階より大型作品にこだわり続けてきた坂本。現在、公共空間への設置を踏まえて、あらためてそれらの制作に取り組んでいる。なぜ大型作品にこだわるのか。

「大型作品は小さな作品に比べて、技術的な課題や予測できない要素がとても多い。そうした、やってみなければわからない部分におもしろさを感じています」

大きな窯のある信楽「陶芸の森」には過去に3回滞在し、大型作品を制作した。

大きな窯のある信楽「陶芸の森」には過去に3回滞在し、大型作品を制作した。 Hearst Owned

目下、取り組んでいるのはそうした大型作品を都市の公共の場に設置するプロジェクトだ。それにともない、公共空間や環境について思索する時間が増えているという。

「公共の場に作品を置く以上、作品と人、そして人と人との関係を考える必要があると思っています。本来、公共空間は誰もが自由に利用できる場所のはずです。しかし実際には、設計の段階で想定されていない人がいたり、特定の目的や消費を前提とした場所になっていたり、さまざまなルールによって行動が制限されていたりする。そうしたなかで、公共空間のあり方自体が変わってきているように感じます。私自身、子どものころは、地域共同体の監視的な側面よりも、都市の個人主義的な自由さに魅力を感じていました。でも、今の都市には、かつて感じていたような開放感がありません。これは、都市の公共空間が抱える問題ともつながっていると思います」

《A Walk to the Camphor Tree 楠を見に行く》(2026) 陶器。博多駅近くのオフィスビル、S-GATE博多駅東に常設。 Photo: Shintaro Yamanaka / Hearst Owned

ギャラリーとは異なり、多様な人が各々の目的のもとに集い行き交う場。そうした空間で求められる作品とは一体どんなものか。

「私としては自分の作品を特定の機能や社会的効果のためにデザインしたいわけではなくて。作品に何かの期待を持たせることで、空間自体の自由が損なわれるように思うからです。一方で、目的も意味も持たない彫刻を、目的化された現代の公共空間に置くことは果たして歓迎されるのかという不安も大きいです」

誰も取り残されることのない、本来の公共空間へ向けて。作品、人、空間がよりよい関係を築けるような作品のありようを求めて、坂本の探求は始まったばかり。

《Untitled》(2022) 陶器 H159㎝。ホテル「HACIENDA VISON」(三重県多気町)のエントランスに立つ。 Hearst Owned

CHINOKO SAKAMOTO
坂本紬野子:1992年、東京都生まれ。ロンドン芸術大学キャンバーウェル・カレッジ・オブ・アーツ彫刻科卒業。現在は長崎県を拠点に制作する。主な個展に「No Stranger」(Playmountain EAST、サンフランシスコ、2019)、「Textures of Encounter」(VOU/棒、京都、2021)、「Monuments」(Vague、アルル、2025)。主なグループ展に「Un panorama japonais très actuel」(Gallery Le Don du Fel、ル・フェル、2018)、「Finding Form」(Flow Gallery、ロンドン、2019)、「カンヴァスの同伴者たち 高橋龍太郎コレクション」(山形美術館、2024)。作品は滋賀県立陶芸の森、高橋龍太郎コレクションに収蔵。


12/5〜2027/1/17、VOU/棒 Kyoto(京都府京都市下京区筋屋町137)


2027/1/16〜終了日未定、Takuro Someya Contemporary Art(東京都品川区東品川1-33-10 Terrada Art Complex 3F & 5F)

連載【現代陶芸と、小さな地球】vol.1 牟田陽日

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