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「妻と子どもがいる」訴えた男性の身代わりになりアウシュビッツの“餓死房”へ… 長崎にもゆかりある1人の神父の壮絶な最期

  • 2026.10.21
【写真・画像】サンド「あまりちゃんと見れない」「喋るのが苦しい」アウシュビッツの“撮影禁止エリア”にショック「とんでもない量の髪の毛が…」ナチスは人毛を布製品の材料として活用 1枚目
ABEMA TIMES

アウシュビッツ第1収容所の懲罰房を訪れたサンドウィッチマンが、他の収容者の身代わりとなって餓死房に入ったコルベ神父の最期を知り、さらにナチに抵抗して戦った収容者たちの存在に触れた。

【映像】残虐な処刑が行われた「死の壁」や懲罰房

10月17日に放送された『サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん』(テレビ朝日系)では、海外プロジェクト第9弾として、サンドウィッチマン(伊達みきお・富澤たけし)がポーランドの負の世界遺産「アウシュビッツ・ビルケナウ ドイツ・ナチ強制絶滅収容所」を訪れ、特別に許可を得て撮影した潜入リポートが放送された。MCはサンドウィッチマンと芦田愛菜。スタジオにはゲストの伊集院光と赤楚衛二が出演した。

番組では、絶望の中でも人としての尊厳を守るために戦った人々を「尊厳を守るために戦った知られざる人々」として紹介した。2人が向かったのは、脱走を企てたりナチからの命令に背いたりした人が銃殺された通称「死の壁」の隣にある11号棟。富澤は「ここは要するに、収容された人たちが…抵抗した人とか、問題を起こした人たちが収容される号棟らしいですね」と説明し、伊達は「そりゃ抵抗するわな」とつぶやいた。富澤も「でもそこで意を決して抵抗する人たちもいたってことだね」と応じた。

【写真・画像】サンド「あまりちゃんと見れない」「喋るのが苦しい」アウシュビッツの“撮影禁止エリア”にショック「とんでもない量の髪の毛が…」ナチスは人毛を布製品の材料として活用 2枚目
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11号棟にはナチ・ドイツの命令に背いた収容者たちが罰として入れられ、ここでも多くの人が命を落とした。たった5畳ほどの広さにおよそ10人が押し込められた懲罰房や、畳1つ分もないスペースに4人が立ったまま入れられる「立ち牢」と呼ばれるものまであったという。

地下にある餓死房の前で、ガイドは「この牢屋では、飢餓による処刑が行われ、10人が餓死するまでそこに入れられていました」と説明。伊達が「10人…」と言葉を失う中、ガイドは「ここに収容された1人が、コルベ神父です。彼は別の収容者の身代わりとなって、この餓死房に入ったのです」と続けた。これを聞いた富澤は「登眞くんが言ってた」と反応した。実はコルベ神父の存在は、サンドウィッチマンが出発前に“世界遺産博士ちゃん”の山本・リシャール登眞くんと行った事前勉強会でも話題に上っており、登眞くんは「このコルベ神父っていうのは、彼は長崎に来てた人なんですけど。長崎のあの、大浦天主堂とかの…」と解説していた。富澤は展示パネルの写真を指さし、「登眞くんも言ってましたけど、ある、ある神父さんがすごく抵抗していたと」「多分この方だと思う」と語った。

コルベ神父は戦前に日本の長崎でも宣教活動をしていたキリスト教の神父で、ナチ・ドイツの差別主義に抵抗してユダヤ人を匿い、アウシュビッツに連行されたと言われている。ある日、脱走の見せしめとして無関係の10人が懲罰房に入れられることになり、その中の1人の男性が「自分には妻と子どもがいるから、どうか懲罰房に入れるのは許して欲しい」と訴えると、コルベ神父は自ら身代わりに名乗り出て懲罰房へ入った。投獄されている間も牢屋の中で祈りを捧げ、他の収容者を励まし続けたという。収容者が次々と命を落とす中、2週間飲まず食わずのまま生き延びたコルベ神父だったが、最後はナチによって直接命を奪われた。神父が身代わりになって助けた男性は終戦まで生き抜いて家族と再会し、戦後93歳になるまで、コルベ神父の勇気とアウシュビッツで起きた真実を世の中に伝え続けたという。

【写真・画像】サンド「あまりちゃんと見れない」「喋るのが苦しい」アウシュビッツの“撮影禁止エリア”にショック「とんでもない量の髪の毛が…」ナチスは人毛を布製品の材料として活用 3枚目
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コルベ神父以外にも抵抗した人がいたのか、伊達が「抵抗ってどんな抵抗があったんですか?他に」と尋ねると、アウシュビッツ博物館ガイドのヤレックさんは「焼却炉で働かされていた収容者による、大規模な反乱もありました。この反乱では、450人もの収容者が命を落としました」と明かした。伊達は「殺されるの分かってて立ち上がって、でも行ったんだ」と驚いた。展示パネルのスケッチ画を見た富澤が「これナチが焼却炉に入れられている」と指さすと、ヤレックさんは「収容者たちは反乱を起こして、その時、3人のナチ隊員を殺しました」と説明。この絵は反乱に実際に参加した人々の証言に基づくもので、ヤレックさんは「彼らは自分たちの尊厳を守るために戦おうとしました。何の抵抗もせずにただ殺されるということを望まなかったのです」と語った。

番組ではこのほかにも、「働けば自由になる」という収容所入り口の看板の「B」を上下逆さまに取り付けて抵抗の意思を示した収容者や、命の危険を冒して収容所の惨状を隠し撮りした収容者、ナチの看守に隠れて絵を描いた収容者らを、尊厳を守るために戦った人々として紹介した。

話を聞いた伊達は「いたんだな、そういう…無駄だって分かってて…るけど、抵抗した人たちがね」と語り、富澤は「勇敢な」と応じた。伊達は「ちょっとそれ聞いて、ほんのちょっとだけ、安心したっていうか」と心境を明かし、「『問題を起こした人たちが11号棟に来る』っつってたけど、問題起こしてんのナチ・ドイツだからね」と語気を強めた。富澤は「物扱いされてる中でそういうことをすることで『人間なんだ』っていう抵抗を示したのかなっていうね、ことは感じますけど」と話し、伊達も「『全部がお前らの言うことを聞いてるわけじゃないんだぞ』っていう意思表示っていうんですかね」と続けた。さらに富澤は「そういう話はね、何個もあったのかもしれないけど、生きて喋る人がいなければそれも分からないわけだし」「そういう人はたくさんいたと思うけどな」と思いを巡らせた。

スタジオでは赤楚衛二が「コルベ神父が、あの、身代わりになった人たちが、やっぱその生きてこうやって話してくれなかったら、この存在すらも無くなってたかも知れないって思うと、そこもまた抵抗というか、やっぱ本当に発信していくってすごい力強さを感じるなって思いました」とコメントしていた。

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