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東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第47回(野尻)「『後半の展開が欲しかった』とはどういう意味か? ~来たるキングオブコントに向けて~」

  • 2026.10.1
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」 提供:無尽蔵 野尻
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」 提供:無尽蔵 野尻

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出・「M-1グランプリ」では2024年から2年連続で準々決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が交互に綴っていく。第47回は野尻回。

第47回(野尻) 「『後半の展開が欲しかった』とはどういう意味か? ~来たるキングオブコントに向けて~」

こんにちは。無尽蔵の野尻です。表題の通り、お笑いの賞レースを観ていると、審査員からしばしば「後半の展開が欲しかった」というコメントが繰り出されます。別段難しい表現でもないですし、多くの場合視聴者にとっても非常に納得感のある意見に聞こえます。なぜこのフレーズはこれほどまでに繰り返されるのでしょうか。今回は、この言葉が持つ本質的な意味と、賞レースとお笑いの間に横たわる歪みについて考えてみたいと思います。

まず前提として、2000年代以降のお笑いのネタは、ポピュラー音楽と同じように概ね3~5分の尺に収まるよう作られています。賞レースが規定する制限時間に合わせる必要があるからです。

数分間のネタの中に明確な「起承転結」を盛り込めば、たしかに観客に一定の満足感を与えることができます。一つのアイデアだけで最後まで押し切るネタには、どこか「ふざけ」や「くだらなさ」が付きまとうものですが、後半に思わぬ展開があれば、高尚でちゃんとしたものを鑑賞したという印象を与えやすい。

しかし、そもそもネタが披露される第一の目的は観客を笑わせることであり、満足感のあるストーリーを提供することではありません。どれだけまとまった物語があろうと、大して笑えないものを作ったら本末転倒であり、起承結でもいい、なんなら起結でもいいから、とにかく笑えればいい。こういった美学がお笑いにはあります。

とはいえ賞レースでは勝たないといけないので、芸人たちは既に宝物のように完成されているはずの自分のネタに、無理やり「後半の展開」というアタッチメントを取り付けます。みんな面白いのは分かってるけど、その中で他のコンビを出し抜くために、鼻差の勝負を制するために、よりプレゼンスを高めるために、審査員に好印象を与えるために、「後半の展開」を用意するのです(そこに少しでもわざとらしさが透けてしまうと、途端にチープな印象になりますが)。

結局のところ賞レースはテレビ番組であり、視聴者からSNSでやいのやいの言われないために、「勝っている」っぽいネタが勝つ仕組みになっています。そのために芸人は「後半の展開」を用意し、「勝っている」っぽさを演出せざるを得ません。

また、コンテンツが供給過多になり「ドパガキ」なんて言葉も使われる現代において、消費されるおもしろ動画の尺は「10秒のショート動画」か「1時間超えトーク動画」へと二極化しています。そうなると、今の世の中で「3~5分のおもしろ動画」を集中して観ること自体、実は滅多にない体験なのではないでしょうか。だからこそ、観客を飽きさせず、審査員の集中力を維持させるために、最近のJ-POPがラスサビで転調するように、「後半の展開」という宿題をこなして印象を良くする必要があるのです。

さて、ここから本題である『キングオブコント』に目を向けてみます。

2018年から、キングオブコントは準々決勝以降のネタの制限時間が4分から5分へと拡大されました。私はこのルール改変によって、審査コメントで「後半の展開」が求められる傾向がさらに強まったと感じています。

尺が伸びたことで「コント師は後半の展開をつけやすくなった」と思われていますし、運営もきっとそれを企図して時間を延ばしたのでしょう。ですが、私はむしろこの「5分」という尺に、帯に短し襷に長し的な中途半端さを感じてしまいます。後半にしっかりしたストーリー展開をさせるには時間が足りず、かといってワンアイデアで走り切るには持て余してしまう。コントの適正な尺として、非常におさまりが悪いのではないでしょうか。

そもそも、起承転結のある物語を紡ぐ上で、分単位の制限時間があること自体がどこかナンセンスです。「こういう物語を描きたいなあ」と思った人が、小説でもなく映画でもなく演劇でもなく「5分のコント」というフォーマットを選ぶことって本当にありえないと思います。ネタが始まって4分が経過した頃、コント師たちが目の色を変えて義務のように後半の展開をつけにいく姿を見るにつけ、彼らが賞レースというシステムに弄ばれているように思えてなりません。

そう考えると、「後半の展開が欲しかった」という審査コメント自体、実はとても後出しジャンケン的なものに思えてきます。ネタが後半に思うようにウケなかったというその場限りの結果を見て、「後半の展開」を加えてみてはどうだと実体の伴っていないアドバイスするのは、あまり丁寧な仕事ではないなと思います。まさに「後半の展開神話」が信奉されておりますが、後半の展開が必要かどうかはネタの内容によるはずで、決して万能の処方箋ではありません。

ここで一つ審査員の先生方に提案なのですが、現在のキングオブコントにおいて、ネタを4分で終わらせた組がいたとしても、どうか減点しないでほしいのです。コントは漫才に比べて遥かに自由な種目であるはずなのに、中途半端な制限時間と「それを満杯まで遵守すべきだ」という空気によって、今のコント師たちはとても不自由に見えます。適切な尺はコントによって違うはずです。生放送という都合上、概ね5分でやってくれと求めるのは仕方ないのかもしれませんが…。

結論として、審査員のコメントなんてよほど建設的なものでない限り、観客も芸人も話半分に聞いておけばいいのだと思います。たった5分の制限時間の中で、大層な起承転結なんて求める方が無理というものですし、取ってつけたような展開で勝敗が決まったとして、それはお笑いのためになるでしょうか? 理想を言えば、「後半にこうなっちゃったらチョー面白くない!?」という純粋な衝動と悪ふざけで作られた「後半の展開」なら大歓迎ですし、そんなコントが今年も見られることでしょう。

 提供:無尽蔵 野尻
提供:無尽蔵 野尻

■無尽蔵

サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出、「M-1グランプリ」では2024年から2年連続で準々決勝に進出。

無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao

無尽蔵 野尻 note:https://note.com/chin_chin

無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane

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