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「カラカラに乾ききっている」と嘆いた26歳。20年後、ファンだったロックスターの妻に

  • 2026.10.14
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2006年8月、ニフティ体験イベント「BBフェスタ」でトークした眞鍋かをり(C)SANKEI

20年前の2006年9月、映画の特別試写会に出席した眞鍋かをりは、グレーのスーツに黒ぶち眼鏡をかけ、作品のテーマに合わせた「幸せ設計士」という肩書で登場した。映画イベントでのタレントへの質問なら、作品に絡めた無難なコメントやリップサービスで流してもいい場面だ。

ところが、壇上で将来を問われた彼女の口から飛び出したのは、そんな段取りを軽々と飛び越える、あまりに具体的で生々しい本音だった。

結婚は何歳までにしたいか、子どもは何人ほしいか。家を買いたい街は下高井戸で、理想の夫は家にいるのが好きな漫画家さん。そして、飼いたい柴犬を今は我慢しているという、妙にリアルな理由まで出てきた。

当時、「ブログの女王」としてテレビにCMにと引っ張りだこだった彼女が広げてみせたのは、タレントとしての抱負ではなく、ひとりの20代女性としての暮らしの設計図だった。あれから20年がたって振り返ってみれば、その設計図通りにいかなかったことも、思いがけない形で結実したこともある。

下高井戸と漫画家と柴犬

イベントで上映されたのは、アダム・サンドラー主演の『もしも昨日が選べたら』。人生を早送りや一時停止できる不思議なリモコンを手に入れた男の物語だ。司会から、そんなリモコンが持てたらどうするかと問われた眞鍋は、「未来は怖くて見たくない」と答えた。戻るなら、まだ東京色に染まっていなかった中学・高校時代がいいと続けている。

そこから語られた未来の青写真は、驚くほどディテールに富んでいた。

32歳までには結婚していたい。子どもは2人ほしいけれど、ひとりでもいい。家は下高井戸に買いたい。理想の夫は家にいるのが好きな人だといい、「漫画家さんとかと結婚したいですね」と口にした。

極めつきは、ペットについての告白だ。動物が大好きで柴犬を飼いたいのだが、ひとり暮らしの女性が犬を飼うと男性が寄り付かなくなると言われているので、「今は我慢しています」と明かした。

街の名前から犬種、我慢する理由に至るまで、淀みなく語られる人生設計。その一方で、自分の現状については「カラカラに乾ききっている」と苦笑いしながら答えた。ひとり暮らしは本当に寂しいとぽつりともらし、ネットゲームにはまりそうだから誰か止めてとまで訴えている。

ちなみにこの日は、安倍晋三氏が自民党の新総裁に選出された当日でもあった。時事の話題を振られると、「それは明日のテレビ出演で」とかわした。政治の未来については翌日の番組へ持ち越しつつ、自分の私生活については街の名前まで赤裸々に語ってしまう。

「ブログの女王」の孤独と本音

2006年の眞鍋かをりは、まさにネット時代の寵児だった。私生活を飾らない言葉で綴ったブログ『眞鍋かをりのココだけの話』は人気を集めて書籍化され、彼女は「ブログの女王」と呼ばれた。その名を冠したテレビ東京の深夜番組『ブログの女王』でメインMCを務め、いくつものCMに顔を出していた。前年には紅白歌合戦の審査員席にも座っている。

だが、仕事は忙しく、故郷の愛媛には2年も帰っていないと明かした。家族のきずなを描いた映画を観て、両親に会いたくなったとも話している。客席には、離れて暮らす家族にはメールを、一緒に住んでいる家族にはお土産をと呼びかけている。

ブログという新しい場所で読者といい距離感で付き合い、本音を書くことを覚えていた彼女だから、イベントの壇上でも借り物ではない自分の生活を語ることができたのだと思う。

漫画家ではなくロックバンドのボーカルと

それから月日が流れ、あの日の設計図はどうなったのか。

まず、32歳までの結婚には間に合わなかった。しかし2015年6月、35歳になった彼女は、やはり自身のブログで結婚と妊娠を発表した。

お相手は漫画家ではなく、ロックバンド・THE YELLOW MONKEYのボーカルとして知られる吉井和哉だった。実は眞鍋は、中学時代からのイエモンファンだった。かつて試写会で戻りたいと話した、あの東京色に染まっていなかった思春期から好きだったバンドの人だ。漫画家との結婚という当初の予想図とは違ったが、自らの原点とつながるような、ドラマチックな巡り合わせだった。

仕事では、いまはTBS『ひるおび!』の木曜コメンテーターを務める。文化放送の冠番組『眞鍋かをりのBUSINESS FRONTIERS』では、ビジネスの先駆者たちから仕事へのこだわりや未来へのビジョンを引き出す聞き手でもある。

ネットゲームにはまりそうだと訴えていた26歳は、やがて別の楽しみを見つける。30歳から海外のひとり旅に目覚め、訪れた国と地域は20以上にのぼる。ワインエキスパートやチーズプロフェッショナルの資格を取ってワインスクールで講座を持ち、食や旅の連載を持つ。人生の楽しみを、自分の手で一つずつ増やしていった。

11キロに育った豆柴のうめ

そして、あの設計図のなかで、もっとも深く人生に刻まれることになったのが柴犬だった。

試写会で我慢していると話した柴犬を、眞鍋はやがて家族に迎える。「うめ」と名付けられたその犬は、成犬になっても5キロ以下という「超極小豆柴」のはずだった。ところが、すくすくと育った結果、なんと11キロという立派な柴犬に成長した。

人間にべたべたせず、上から撫でようとするとスッとよける。下から手を出さないと撫でさせてくれない。そんな気高い性格も、いかにも柴犬らしかった。

晩年は認知症が進み、最後の8か月は寝たきりに。まだ子どもに手がかかる時期の介護は2年半におよんだが、眞鍋は最期の日も、おむつを替え、体を抱き起こして水を飲ませていた。2025年3月、うめは16歳8か月で旅立った。

ひとり暮らしで犬を飼うと男性が寄り付かなくなると言われるからと、26歳の彼女が一度は先送りにした柴犬だった。20年という歳月のなかで、思い描いていた結婚の年齢や相手の職業といった計画は姿を変えた。けれど、あの日「今は我慢しています」と話した柴犬は、最期の日まで眞鍋が世話をする家族になった。


※記事は執筆時点の情報です

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