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「実は3人いる」「コンピューター歌手」と噂された歌姫。32年前、70万枚を超えた“夢へ向かう”一曲

  • 2026.10.13
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大黒摩季のコンサートより-1997年8月撮影(C)SANKEI

カラオケでこの曲を入れると、歌い出しまでの長さがひとしきり話題にのぼる。マイクを握りしめたまま、まだ始まらないのかと画面を見つめる待ち時間があるからだ。

その長いイントロの先で歌われるのは、満ち足りた毎日を振り切ってでも、自分の夢へと向かおうとする切実な決意だ。音の構造と歌の中身が同じ方向を向いて走っているからこそ、今なお聴き手の背中を力強く押してくれる。

大黒摩季『永遠の夢に向かって』(作詞・作曲:大黒摩季)ーー1994年10月5日発売

溜めた息をサビで一気に放つ

イントロは、1分以上たっぷりと時間をかけて進む。すぐには歌に入らず、音が重なるごとに熱を帯び、聴き手の耳を前へ前へと引っ張っていく。

聴き手はその間、息を吸い込んだまま待たされることになる。ようやく歌声が入ると、待っていた耳はその一声に吸い寄せられ、サビへ駆け上がった瞬間に溜めていた息が一気に吐き出されるのだ。待った時間の長さとサビの解放感は、見事なまでに釣り合っている。

飛び込んでくる声に迷いはない。芯の太い歌声が前奏の勢いをそのまま受け取って前へ押し出し、演奏の熱と声の熱がぴたりと重なる一点に、この曲でいちばん胸が熱くなる場所がある。

難しい理屈はいらない。長い助走は、跳ぶ前に後ろへ下がるステップのようなものだ。下がった分だけ、遠くへ跳べる。

この音の厚みと疾走感を組み上げたのは、編曲の葉山たけしだ。当時、ZARD『負けないで』をはじめ数多くのヒット曲を手がけた名手で、演奏だけで引きつけ続ける骨太な音作りが、曲の高揚感を下から力強く支えている。

何不自由ない暮らしに覚えた違和感

歌詞の主人公は、決して不幸のどん底にいるわけではない。流行を追い、世の流れに合わせて働き、手に入れたもので暮らしを満たしている。それでもどこか違うと感じるのは、子どものころに思い描いた大人の姿と、いまの自分との距離に気づいてしまったからだ。

そこから歌は、人生には限りがあるという自覚へ進む。安全で表面的な幸せに落ち着くより、命を懸けてもいいと思える何かを求めたい。そして、すべてを手放してでも夢へ向かうと心を決めるのだ。

この心の運びは、イントロからサビへ駆け上がる音の動きと重なっている。迷いを抱えたまま走り出し、決意が固まった瞬間に音が一気に広がる。言葉で語られる心のドラマを、音のほうが先に体に覚えさせているのだ。

モノは足りているのに、心は満たされない。景気の熱が引いたあとの時代の気分とも、この歌は深く響き合っていた。迷う主人公が自分の足で一歩を踏み出すからこそ、聴く人もまた背中を押されたように感じるのだろう。

姿を見せない歌い手に噂だけが増えていく

この歌を書き、歌った大黒摩季自身も、夢の途中にいた。「2年だけ」という約束で上京し、オーディションに合格したものの、コーラスを担当する日々が始まった。アルバイトで暮らしをつなぎ、B'zやZARDらの後ろで声を重ねながら、デビューの日を待ち続けた人だ。

デビュー後は作詞・作曲から歌入れまで自ら担い、特に忙しい時期は元日以外ずっとスタジオにいたと、本人が後年振り返っている。

その一方で、初のソロライブを開いたのは1997年だった。歌声が広く知られる一方、素顔はあまり知られておらず、実は3人いる、コンピューターで作られた歌手だ、といった噂まで飛び交った。本人はのちに、締め切りに追われ、歌番組への出演よりもほかの仕事を優先していたと、当時の事情を笑顔で振り返っている。

ヒットを重ねながら姿を見せない歌い手が、スタジオの中で夢へ向かう決意を歌っていた。満ち足りた暮らしより夢を選ぶ主人公と、コーラス席から這い上がって自分の歌を手に入れた歌い手の歩みは、どこかで確かに地続きになっている。

素顔の代わりに声が運んだ決意

顔もよく知られていない歌い手の声は、それでも大きく広がっていった。シングルは累計70万枚を超える大ヒットとなり、それだけの数のCDが、一枚ずつ誰かの手に渡っていった。

迷いを抱えた主人公の姿に、自分の毎日を重ね合わせた人も多かったはず。長い助走のあとに声が飛び込んでくる。そのたびに、聴く人は自分の一歩を踏み出し直しているのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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