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人気バンド解散後、“釣り”に明け暮れた半年。楽器にも触れなかった男が“再出発”で放ったミリオンヒット

  • 2026.10.20
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2000年6月、日本武道館でライブをおこなった奥田民生(C)SANKEI

荒れた海原にだって船を出す、陸でも海でも空でも行ってやる。そんな大げさな啖呵(たんか)を、照れ笑いまじりに歌ってみせた男がいる。ところがこの歌い手は、曲を書くほんの少し前まで、人にもろくに会わず、釣り糸を垂れて過ごしていた。

ユニコーン解散後のおよそ半年、音楽を聴くことも減り、楽器にも触れなかった。人気バンドの真ん中で歌っていた男にしては、意外なほど静かな空白だ。

その静けさを抜けて届いたソロシングルが、威勢のいい言葉と休んでいいよという許しを抱えた応援歌だった。ミリオンセラーを記録したヒット曲を、生まれた背景から聴き直すと、少し違う横顔が見えてくる。

奥田民生『愛のために』(作詞・作曲:奥田民生)ーー1994年10月21日発売

竿を握っていた手に戻ってきた旋律

ユニコーン解散後、奥田民生はおよそ半年のあいだ楽器から離れ、ひとりで釣りをして過ごした。人気バンドの中心にいた人が、何もしない時間をまるごと選んだのだ。

釣りは待つ遊びだ。糸を垂れて、水面が動くのをただ待つ。この半年の過ごし方は、のちの曲作りの手つきと深く通じ合っている。

奥田の曲作りはメロディ先行で、詞はあとから乗る。旋律が何かの言葉のように聴こえてきたら、その音の感触に合わせて言葉をあてるやり方だ。

半年ほどたつと、奥田は再び曲作りに向かい、この『愛のために』のデモテープを作り始める。旋律から言葉が寄ってくるのを待つその時間は、釣り糸の先を見つめていた日々とどこか似ている。

隣の説教を聞き流しながら大見得を切る

『愛のために』の歌い出しは、意外なほど所帯じみた場面から始まる。隣にいる年上の男が、頼んでもいないのに人生を語り出す。語り手はどこかで聞いた話だと内心受け流しつつ、むげに拒絶もせず、半分くらいはうなずいて相槌を打ってやる。

ここで説教を正面から突っぱねないのが、奥田民生らしいところだ。若者が大人に反発する歌なら山ほどある。だがこの曲の語り手は、面倒な年長者を半分いなし、半分は受け入れて、そのまま自分の出番を迎える。

サビで場面は一気に開ける。そろそろ自分が花を咲かせる番だとばかりに、「愛のために」役目を引き受け、荒れる海原にも船を出すと胸を張る。「陸海空」と並べる言い回しや、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」をもじった一節まで飛び出す。

大げさな言葉ほど、にやりと笑いながら歌われる。本気の決意と茶目っ気が同じ一行の中に同居しているのだ。飄々とした歌いぶりのおかげで、荒海へ飛び出す誓いも押しつけがましく聞こえない。年上の男に絡まれる場面からサビの青空へと、景色が鮮やかに切り替わるメロディ運びも実に痛快だ。

道草を許す一節に半年の静けさが重なる

大見得の手前、Bメロには忘れがたい一節が置かれている。急いで駆け出す前に、まずは十分に休んでから行けばいい。途中で道草を食ったってかまわない。そんな言葉が、さらりと歌われる。

バンド解散後初のソロシングルで、奥田民生は急がずに休めばいいと歌った。この一節は、水辺で釣り糸を垂れていた半年間と重なって聞こえる。何もしない時間をくぐり抜けてきた男が歌っていると思うと、言葉の手ざわりはぐっと深みを増す。

応援歌といえば、背中を押して走らせるものが多い。だがこの曲は走り出す前に、まず座らせてくれる。休んでいい、寄り道していい、そのうえで出番が来たら大見得を切ればいい。

威勢のいいサビと、肩をぽんと叩くようなBメロが並ぶからこそ、聴き手は気負わずに前を向ける。おどけた大見得と、やさしい許し。どちらか片方だけなら、ここまで長く愛される歌にはならなかったはずだ。

一人きりのはずの再出発に鳴るバンドの拍

クレジットにドラムとして名前が並ぶのは川西幸一。ユニコーンを解散前に離れていた、かつての仲間だ。

川西とバンド・VANILLAを組んだ面々が演奏を固め、藤井理央のハモンドオルガンが、ふくらみのある響きで人肌のぬくもりを添える。ひとりで再出発したはずの男の歌が、気心の知れた人たちと鳴らすあたたかいバンドの手ざわりで包まれているのだ。

2009年にユニコーンが再始動した際、川西幸一もドラマーとしてバンドに戻った。解散と再会のあいだに置かれたこの1曲には、たとえバラバラになっても切れなかった縁が、音として確かに残っている。

番組の終わりに毎週耳になじんでいった

『愛のために』は、フジテレビ系『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』のエンディングテーマに選ばれた。始まったばかりの音楽番組の締めくくりに、あのとぼけた大見得が流れてくる。にぎやかなトークで笑ったあと、最後にもう一度ふっと肩の力が抜ける。そんな置かれ方が、この曲の佇まいにはよく似合っていた。テレビの画面越しに、ソロになった奥田民生の歌がお茶の間へと浸透していったのだ。

1994年は、打ち込みのダンスサウンドが勢いを増し、ミリオンセラーが次々と生まれた年でもある。その真ん中で、バンドを畳んだ男のひねりの効いたロックも、累計で100万枚を超える大ヒットになった。

流行の音とはまるで違う手ざわりの曲が、同じ高さまで届いたのだ。気負った言葉があふれる時代に、気負わない歌がかえって鮮烈に響いたのだろう。

急がなくていいと笑ってくれる歌

あらためて聴き直すと、気づくことがある。当時この曲を口ずさんでいた若い聴き手も、いつの間にか、隣で人生を語りたくなる年上の側に回っているということだ。

歌の中で説教をしていた男の席に、いまや自分が座っている。そう思って聴くと、語り手の受け流し方がぐっと身にしみる。相手の話を半分は聞いてやり、半分はいなして、自分の番が来たら胸を張る。説教する側にもされる側にも、ちょうどいい距離の取り方を、この歌は軽やかに教えてくれる。

急がなくていい、でも出番が来たら大見得を切ればいい。若い側にも年上の側にも同じ温度で届くところに、この歌がいつまでも手放されない理由がある。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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