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45年前、トップアイドルの“歌い間違い”がそのまま名曲の一部に。大人の顔を見せた【4文字】の一曲

  • 2026.10.13
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1981年12月、第23回日本レコード大賞 「風立ちぬ」でゴールデン・アイドル賞を受賞した松田聖子(C)SANKEI

松田聖子はデビュー以来、弾むメロディに高く澄んだ声を乗せ、ヒットを重ねるたびにアイドルとしての季節はまぶしさを増していった。レコード店の店頭には、そのたびに明るい恋を歌う新しいレコードが並んだ。

1981年は、そのまぶしさが新しい色合いを帯びはじめた年だ。この年の春に出た大瀧詠一のアルバム『A LONG VACATION』がロングヒットを続けるなか、秋のシングルとして彼女のもとに届いたのが、大瀧の手による新曲だった。

夏を駆け上がってきたトップアイドルのもとへ吹き込んできた秋風の一枚。別れを歌いながら涙では終わらせず、次の一歩へと変えていく。明るい夏の歌とは違うその表情は、彼女が大人の歌へ踏み出す転換点となった。

松田聖子『風立ちぬ』(作詞:松本隆/作曲:大瀧詠一)ーー1981年10月7日発売

さよならを旅支度に変えていく主人公

松本隆が聖子のシングルを初めて手がけたのは6枚目『白いパラソル』で、8枚目『赤いスイートピー』まで3作連続で詞を担当した。その真ん中に置かれたのが、7枚目『風立ちぬ』である。

3作を順に聴くと、歌の中の少女が少しずつ大人になっていくのがわかる。とりわけ『風立ちぬ』は、恋の始まりではなく終わりを歌う。夏から秋へ移ろう季節のなか、主人公は別れを涙で閉じず旅立ちとして受け止め、ひとりで歩き出す決意をする。

詞に描かれるのは、草原やテラス、手紙、花の名前といった、手で触れられそうな慎ましい景色だ。悲しみを大きな言葉で語らず、身近な情景に気持ちを預けていく控えめさが、主人公に凛とした大人の気品を与えている。

恋のときめきを弾む声で届けてきた彼女にとって、別れを静かに引き受ける役は重みの違う挑戦だった。だが聖子の声は、その重さに沈まない。甘さを残したまま感傷を抱え、湿っぽくならずに前を向く。泣かせにいかない歌い方だからこそ胸に迫る。この歌声に、聴き手は「大人の聖子」と出会った。

控えめな注文を押し切って音が広がる

作曲に大瀧詠一を、と言い出したのは松本隆だった。当時の大瀧は『A LONG VACATION』が大ヒット。自分の作品が売れ続ける作曲家と、勢いに乗るアイドル。名前が並んだだけでも、何かが変わる予感のする組み合わせだった。

プロデューサーの若松宗雄が当初思い描いていたのは、さりげない曲だった。ところが大瀧は譲らず、曲は豪華な大作に仕上がった。秋の別れを歌う1曲に、思いがけず壮大な音の空間が用意された。

若松は後年、聖子の歌い手としての幅が広がったと大瀧に感謝している。大きな器を与えられた声は、それに飲まれなかった。ゆったり流れる旋律を長い息で運び、厚い伴奏の上でも言葉の輪郭を失わない。弾むだけではない表現力の深まりが、ここで確かに刻まれた。

編曲は大瀧の変名である多羅尾伴内名義で、ストリングス編曲は井上鑑が手がけた。シングルの2週間後に出た同名の4thアルバム『風立ちぬ』では、A面全曲が松本隆作詞・大瀧詠一作曲となっている。シングルにとどまらず、アルバム片面を通して同じ顔合わせが聖子の秋を描き切った。

歌い間違いを抱き込んで育った曲

曲づくりにデモテープはなかった。聖子は大瀧の弾くピアノに合わせて曲を覚えていった。歌い間違えた節があると、大瀧はその間違いを取り入れ、曲のほうが変わっていった。聖子は最初、そのやり方に戸惑ったという。

出来あがった曲を受け取って歌うのではなく、歌ってみた声が曲の形に関わっていく。聖子の声の運びが、そのまま作品の一部に溶け込んだ。旋律が彼女の喉に無理なくなじんで聴こえるのも、この成り立ちを思えばうなずける。豪華な完成形の芯には、ピアノ1台と声だけで向き合った手探りの静けさがある。

お菓子のCMに乗ってテレビの前へ届く

『風立ちぬ』は江崎グリコ「ポッキー」のCMソングにも起用され、聖子本人が出演した。秋の別れを歌う大人びた新曲は、テレビから流れる彼女の姿と声とともに、毎日の暮らしへ浸透していく。

お菓子のCMと、別れを歌う詞。一見ちぐはぐな取り合わせだが、聖子のやわらかな声がその間をなめらかにつなぐ。流れるのは曲のほんの一部でも、歌い出しのひと声を聴くだけで、季節が秋へ移ったことは十分に伝わった。

シングルの売り上げは、発売したその年のうちだけで30万枚を超えた。10月の発売から年末まで、3カ月に満たないあいだに積み上がった数字だ。

隣に作曲家の声を得た秋の歌

『風立ちぬ』には、長いあいだ聴くことのできなかった声がある。1981年の録音時、大瀧が聖子とのデュエットに編集していた『風立ちぬ(duet version)』だ。大瀧の没後10年にあたる2023年10月25日発売のアナログ盤『Bible -milky blue-』などに初収録され、2025年10月15日には、作曲家別企画の『Seiko feelings -Eiichi Ohtaki Works-』にも収められた。

大瀧本人が歌ったライブ音源も、没後に出たセルフカバー集『DEBUT AGAIN』(2016年3月21日発売)に入っている。

作った人の声で聴くと、旋律の骨組みがくっきりと見えてくる。そこから聖子の版に戻ると、同じ骨組みの上で、別れを旅立ちに変える甘く澄んだ声の強さがあらためて胸に届く。

秋の風が冷たくなりはじめた頃に聴くと、主人公の決意が、自分の小さな別れにもそっと重なる。涙を見せずに歩き出す。言葉にすれば簡単なその一歩を、聖子の声は45年前と同じ温度で後押ししてくれる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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