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40年前に生まれ、氷室京介の「最後の一曲」になった 東京ドームの大合唱と駆け抜けたロック

  • 2026.10.12
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2004年8月、東京ドームでの氷室京介のライブより(C)SANKEI

氷室京介、布袋寅泰、松井常松、高橋まことの4人によるBOØWY。客席と至近距離で向き合う現場で音の鳴らし方を磨き、熱心な聴き手を着実に増やしてきた彼らだったが、それまでにリリースした3枚のシングルは、まだトップ10の欄に名前を残すには至っていなかった。

その4人が1986年9月に世へ送り出した4枚目のシングルが『B・BLUE』だ。この痛快なロックナンバーによって、ライブハウスに通い詰めていたファンだけでなく、その外側にいた圧倒的多数のリスナーの耳へ、BOØWYの存在が鮮烈に届き始めた。あの年の秋、この曲と出会ったことで、彼らの虜になった人もきっと多いはずだ。

BOØWY『B・BLUE』(作詞:氷室京介/作曲:布袋寅泰)ーー1986年9月29日発売

歌とビートを同じ速度で束ねた構築美

言葉を紡いだのは氷室京介、メロディを手がけたのは布袋寅泰。11月にリリースを控えていた名盤『BEAT EMOTION』に先駆けて届いた本作には、バンドの勢いとソングライティングの成熟が見事に結実している。

布袋のギターが曲の骨組みを描き、松井のベースと高橋のドラムがタイトな8ビートで力強く背中を押す。誰かひとりが前に出るのではなく、4人のアンサンブルが寸分の狂いもなく同じ速度で駆け抜けていく。アレンジの妙は、小手先の仕掛け以上に、4人が最高速のまま走り続けられる強靭な道筋そのものを美しく設計した点にある。

その疾走感の上に乗るのが、氷室の低く艶やかなヴォーカルだ。ビートの速さに急かされることなく、シャープな声の輪郭を保ったまま伴奏と完璧に並走する。そしてサビに入った瞬間、旋律は一気に開放感を帯びる。ロックの鋭利さを残したまま、誰もが口ずさみたくなる親しみやすさが顔を出すのだ。間奏では布袋のギターが雄弁に歌い上げ、再び4人のタイトな足並みへと戻っていく。

ライブハウスで鍛え上げた攻撃的な勢いを一切薄めることなく、初めて聴く人でも瞬時にサビで一緒に歌い出せる。この鋭利なロックと大衆性の両立こそが、『B・BLUE』を広い場所へ連れ出す決定的な力となった。

数字が語る「世間に見つかった」瞬間

その熱気は、当時のチャートの動きにもはっきりと刻まれている。1986年10月13日付の週間シングルランキングに11位で初登場。翌週、勢いを落とすどころか順位を上げ、見事に7位へ浮上。ここでBOØWYの名は、初めて週間トップ10の中に堂々と並んだ。

発売日を待ち望んでいたファンの初動の勢いだけでなく、曲を耳にした人々が次々に加わっていった広がりが、その推移からリアルに伝わってくる。彼らを追ってきたファンにとって、この「7位」という数字は、自分たちの知っている音が外の世界にも見つかったという知らせでもあった。

本作は、上位に顔を出してすぐに消えるような一過性のヒットでは終わらなかった。季節が秋から冬へと移り変わってもチャートの中に残り続けた。11月にアルバム『BEAT EMOTION』が店頭に並んだあとも、シングルの『B・BLUE』は順位表に名前を残し続けたのである。

ライバルに「B」で始まる曲を書かせた熱気

『B・BLUE』のスピード感と衝撃は、リスナーだけでなく、同じ時代にヒットチャートの最前線でしのぎを削っていた作り手の耳にも強烈に届いていた。

TM NETWORK(現・TMNETWORK)の小室哲哉は、当時この曲を聴いたことが『BE TOGETHER』を作る直接のきっかけになったと明かしている。『B・BLUE』の勢いに対抗する気持ちから、曲名もあえて同じ「B」で始めたというエピソードは象徴的だ。

小室哲哉が対抗して曲を作ったということは、その音が同時代の作り手を刺激していた証拠でもある。4人の1曲が、後のヒットメーカーの創作意欲を刺激し、ペンを動かすほどの凄まじい熱気を放っていたのだ。

最後の夜も客席の歌声と走りきったビート

その後も『B・BLUE』は、バンドのステージに特別な存在として居続けた。1988年4月、東京ドームでの解散ライブ『LAST GIGS』でも放たれた。

そして発売からおよそ30年後の2016年5月23日。奇しくも同じ東京ドームで、氷室京介はソロとして、自身の『LAST GIGS』最終公演に立っていた。全35曲、ラストを飾る最後の1曲として選ばれたのも、やはり『B・BLUE』だった。ドームを埋め尽くした客席から地鳴りのような大合唱が重なり、演奏を終えた氷室は「I LOVE YOU!」と力強く呼びかけてステージを降りた。

曲が終わったあとに残ったのは、メロディでもビートでもなく、客席へ向けた短いひと言だった。客席の声と一体になって東京ドームを揺らしたあの夜の『B・BLUE』では、オーディエンスの歌声そのものが曲の速さを担う一部になっていたように思う。

歌い手が最後の言葉を手渡したのは、その夜集まった聴き手たちだった。ライブハウスの暗闇から4人が生んだ8ビートが行き着いた先として、これ以上ふさわしい場所はない。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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