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シャネルは誰のためのもの?──マチュー・ブレイジーが描く、新しいシャネルの物語

  • 2026.10.1
自身も“ユニフォーム”だと語るクオータージップのセーターに、ネイビーのトラウザーというおなじみのいでたちで。服 すべて本人私物 Jeremy Everett

シャネルは誰のためのもの? ツイードジャケットを羽織ってランチを楽しむ女性、ダブルCを愛するK-POPアイドル、キルティングのフラップバッグを手にした裕福な母親…。シャネルとはそれを手にできる限られた人々のためのものであり、最高峰のシックを体現するブランドとの結びつきを示すものとされてきた。しかし、シャネルのアーティスティック ディレクターに就任したマチュー・ブレイジーは、それよりはるかに広い視野で物事を捉えている。

「シャネルの美学が、ある意味で“女性”のイメージそのものに影を落としていたと感じていました」とブレイジーは語る。「そこにはひとりの女性しかいなかった。でも私には、無数の女性たちの姿が見えるのです」

彼がこう打ち明けてくれたのは、カンボン通り31番地に構えるシャネルのクチュールサロンの一角。あの名高い鏡張りの階段のある空間──かつてガブリエル・“ココ”・シャネルが自らのファッションショーを演出し、最上段からひそかにその様子を見守っていた場所だ。シャネルの2026年秋冬 プレタポルテ コレクションのショーを数週間後にひかえた2月、パリは季節外れのあたたかさの中、いつものように鈍色の空が広がっていた。ブレイジーの到着を前に、部屋には敬虔な静寂が漂う。「5分半ほどでまいります」とプレス担当者が告げる。背後の壁には、マドモアゼル シャネルの大きなモノクロの肖像画がかけられている。横を向いたその顔は、洞察力に満ちた──いや、どこか威圧的とも言えるまなざしで私を見下ろしていた。ファッション史上、最も重要なレガシーのひとつを前にしていること、そしてそれを継承する使命を担う人物を待っているという事実が、ひたひたと押し寄せてくる。

ブレイジーが階段を軽やかに駆け下りた瞬間、その厳粛な空気はかき消えた。クオータージップのセーターにネイビーのトラウザーといかにもカジュアルな装いだ。「ほぼユニフォームのようなものです」と彼は笑う。パステルカラーのスクリーンで仕切られた空間、ふかふかとしたアイボリーのアームチェアに向かい合って座る。「アトリエのスタッフには白衣がある。私にはこれがある、というわけです」

珍しい環境に身を置きながらも、シャネルのディレクターに就任して4つのコレクションを積み重ねた41歳のデザイナーには、気負いというものがまるで感じられない。このサロンにいるとき、マドモアゼル シャネルの存在を感じることはあるかと問うと、「初めてここに足を踏み入れたとき、確かにそれを感じました」と答える。そして声をひそめる。「なんというか…思わず、“fuuuck”と」

ジャケットの襟や袖の先には、サヴォアフェールを感じさせる緻密なビーズ刺繍を施して。右 ジャケット ¥1,901,900、バッグ ¥5,380,100、スカート 参考商品 <strong>Chanel</strong> 左 プルオーバー ¥768,900、イヤリング ¥113,300、グローブ ¥324,500、バッグ ¥1,229,800、スカート ¥749,100 <strong>Chanel</strong> Jeremy Everett

❝シャネルの美学が、ある意味で“女性”のイメージそのものに影を落としていたと感じていました。そこにはひとりの女性しかいなかった。でも私には、無数の女性たちの姿が見えるのです❞

1920年代、マドモアゼル シャネルがロングでゆったりとしたシルエット、ドロップウエストのドレス、そして女性たちをコルセットから解放したボックス型スーツによってファッションに革命を起こした後、1983年にカール・ラガーフェルドが就任し、シャネルをポップカルチャーの巨大な象徴へと変貌させた。彼が築いたのは、臆面もなくグラマラスで、ダブルCに彩られ、ツイードのミニスカートが躍る世界だった。グラン・パレで繰り広げられたランウェイショーは一大スペクタクルであり、フロントロウは著名人で埋め尽くされ、舞台装置はこの世のものとは思えないほど壮大だった──あるシーズンには巨大な地球儀、別のシーズンには高くそびえる氷山、そして実際に打ち上げられたロケット船まで現れたほど。

昨年10月のランウェイデビューで巨大な惑星をモチーフにしたセットを用いたことは確かだが、ブレイジーの手のもとでシャネルは地に足のついた場所へと戻ってきた。あるいは、昨年12月のメティエダール コレクションの言葉を借りるなら、廃墟となったニューヨークの地下鉄駅を舞台に選び、モデルたちをニューヨークのさまざまな人物像として描き、誰もが次の電車に乗り遅れまいと駆け抜けていく光景を演じさせたのだ。グラマーはそこにある。ただし、その輝きは抑えられ、すべての人に向けて扉が開かれている。

ラガーフェルドが2002年に始めたメティエダール コレクションは、刺繍や装飾といった伝統的な職人技を専門とするシャネルのメゾンダールの仕事を披露する場だ。ラガーフェルドはザルツブルク、モンテカルロ、上海といった異国情緒あふれる場所でこのコレクションを発表してきたが、ブレイジーがニューヨークの地下鉄というあらゆる背景、スタイル、思想、野望を持つ人々が交差する場所を選んだことは、彼のシャネルに対するヴィジョンをこれまででもっとも明確に体現していた。たとえばオープニングルックは、クオータージップのセーターにジーンズという装いで、ニューヨーク大学の工学部学生からモデルへと転身したバヴィータ・マンダヴァが着用した。あるいは、映画館を出た後に払い忘れたポップコーンが生地に張り付いているかのような、ラフィアの小さなねじれとハンドブローのガラスビーズの刺繍を施したダブルウールクレープのスカートのスーツ。さらには、今度はシルクシャルムーズで仕立てられたデニム風パンツも登場した。その魅力は、あの矛盾にある──何百時間もかけて作られた服を身にまといながら、次の予定に間に合わせようと急ぐニューヨーカーそのものの姿で、地下鉄のプラットフォームを駆けていくという、あの鮮烈な違和感。

ブレイジーが描く、ニューヨークの女性像はリアルで親しみやすい。ツイードのスカートスーツはオーバーサイズのセーターでカジュアルに。チェーンバッグにジャケットをかけたラフなたたずまい。プルオーバー ¥768,900、ジャケット ¥2,075,700、スカート ¥749,100、イヤリング ¥113,300、グローブ ¥324,500、バッグ ¥1,229,800、シューズ ¥231,000 <strong>Chanel</strong> Jeremy Everett
アトリエ モンテックスによるラフィア刺繍のポップコーンを飾ったユーモアたっぷりのスカートスーツに、アイコニックなバイカラーシューズを合わせて。ジャケット ¥5,572,600、スカート ¥3,496,900、ヘッドピース ¥480,700、シューズ ¥213,400<strong> Chanel</strong> Jeremy Everett

最高峰の技術と素材を惜しみなく用いながらも、手の届きそうな親しみやすさをまとうことで、欲望に火をつける服がある。ウエストでざっくりと断ち切られたブレザー、スエードのフラップバッグの上に無造作に羽織られた刺繍ジャケット…、それはまるで長い年月を生き抜いてきたかのようなたたずまい。フランネルシャツに見えるそれは、実はブークレーで仕立てられている。注目こそが力を持つ時代において、ブレイジーは人々が自分自身の姿を重ねられる服と感情で、その視線を引き寄せている。

「彼の服には、とても生き生きとしたものが宿っている」と語るのは、レッドとピンクのシャネルのガウンでアカデミー賞主演女優賞を受賞した俳優のジェシー・バックリー。ニューヨークで開催されたメティエダール コレクションのショーについて、バックリーはこう振り返る。

「自信に満ちて背筋が伸び、研ぎ澄まされた感覚とともに、さまざまな女性たちのキャラクターすべてに恋をしていました。そこには確かな鼓動がありました」

同じくアカデミー賞候補に輝いた俳優のテヤナ・テーラーも、その言葉に呼応する。「マットは、服がそれを身にまとう人を引き立てるべきだということを理解しています。彼のコレクションを人々がどのように着こなしているかを見れば、それは一目瞭然です」

1920年代のアールデコスタイルを彷彿とさせるセットアップは、ルマリエによるレザーフリンジが印象的。ジャケット ¥1,364,000、スカート ¥1,075,800、イヤリング ¥133,100、バッグ ¥941,600、シューズ 参考商品<strong> Chanel</strong> Jeremy Everett

ブレイジーの着想源は、地下鉄の中で繰り広げられる驚くべき人間模様にある(彼は10年前、ラフ・シモンズのもとカルバン・クラインで働き、ニューヨークに暮らしていた)。また彼は、マドモアゼルシャネルが1931年にニューヨークを初めて訪れたときのエピソードをひもといていた。ダウンタウンを歩いた彼女の目に飛び込んできたのは、シャネルのコピー品を身に着けた無数の女性たちの姿だった。彼女たちが模倣していたのは、ロゴではなくスタイルだった。そのことがシャネルを奮い立たせ、パリへと帰還させ、デザインの進化を促し続けた。

そのころすでに、シャネルは「彼女自身がセレブリティだった」とブレイジーは指摘する。「自分のデザインをコピーされて怒るどころかむしろそれを受け入れたこと、私はそこに深く魅了されます。彼女はいつも、ディナーやダンスのためにシャネルをまとったパリの女性たちに目を向けていたけれど、それが街に溶け込むことは、それまでなかった」。そして、こう続ける。「パリに戻った彼女は、自分自身を完全にアップデートし、スカートの丈を短くした。そこで彼女は本当にモダンになったと思う。ラディカルなまでに、モダンに」

ブレイジーは必ずしもスケッチを描くわけではない。多くの場合、直接ボディにドレープを施し、本能の赴くままに手を動かす。その傍らには、リサーチ部門のトップを務めるマリー=ヴァランティーヌ・ジルバルとの協働を通じて過去と現在から蒸留されたポップカルチャー、文学、歴史的な参照群が寄り添っている。マリー・アントワネットに関する文献を多く読み、スタジオではロザリアの曲をよく聴いていると語る。ランウェイのサウンドトラックには、SNAP!の「Rhythm Is A Dancer」やレディー・ガガの「Just Dance」といったノスタルジックな楽曲も取り入れてきた。2026年メティエダールコレクションのショーでは、映画『めぐりあう時間たち』のボイスオーバーと、シスター・ナンシーの「Bam Bam」を使用した。「自分が理解している、自分や自分の世代に語りかけてくるリファレンスを使うことには、何か誠実なものがあると思う。あるいは、若い世代にも届くかもしれない」とブレイジーは言う。ふたたびひと呼吸置いて、傍らのラックやマネキンにかけられた羽根のように軽いオートクチュール コレクションと色調をそろえた花瓶へと視線を向ける。「わからないけれど、なるべく正直であろうとしている」

ブレイジーは、幅広い年齢とさまざまな背景を持つ女性たちを自身のショーにキャスティングする。49歳のモデル兼ヴィンテージショップオーナー、ステファニー・カヴァリもそのひとり。これまでブレイジーのショーに3度登場し、そのうち2度オープニングを飾ったカヴァリは、彼の新たなミューズとなった。ブレイジーは彼女を現代のココ・シャネルと呼ぶ。カヴァリはブレイジーのシャネルを、「さまざまな人、さまざまな年齢、さまざまな人種に向けて可能性を開いてくれるもの。まるで花が開いて、咲き誇っていくよう」と表現する。

その対象には、男性も含まれる。エイサップ・ロッキー、ジェイコブ・エロディ、ペドロ・パスカル、ケンドリック・ラマーと、錚々たる顔ぶれがブレイジーのシャネルをまとってきた。しかしデザイナー本人は、自分のプロセスにジェンダーは関係ないと即座に言い切る。「メンズウエアをやっているとは、決して発信しません。すべての人に似合うピースがあるだけです」。

❝誰も、新しいバッグも新しいジャケットも、必要としていません。シャネルは夢でなければならないのです❞

Jeremy Everett
「le19M」のアトリエでは、刺繍、羽根細工、帽子作り、伝統的なツイード織りなどの技法に精通した職人たちが、マチュー・ブレイジーの初のメティエダール コレクションのために、精巧な作品を生み出している。 Jeremy Everett

ブレイジーの構想の一部は、シャネルのブティックのあり方を刷新することでもある。特定の顧客やクライアント層への訴求をやめ、カテゴリーとサイズの垣根を取り払ったマーチャンダイジングへの転換だ。「いくつかのプロダクトカテゴリーでは、サイジングを変えました」とブレイジーは説明する。「36、38、44、48という番号表記ではなく、S、M、Lにしたのです。サイズ表記からジェンダーの概念を取りのぞきました」。続けて、こう語る。

「自分が信じる、心をゆさぶるストーリーとデザインを提案したい。誰も、新しいバッグも新しいジャケットも、必要としていません。シャネルは夢でなければならないのです」

マンダヴァはブレイジーのすべてのショーに出演しているが、クオータージップのニットとデニムパンツを合わせたスタイルが最もお気に入りだったと言う。「あれがもっとも自分らしく感じられました。多くの人がのちにあのルックを再現しているのを見て、その影響力と、ファッションが異なる場所やコミュニティを超えて人々を鼓舞し、つなぎ合わせる力を実感しました」

「プロダクトだけでなく、ファッションそのものを受け入れてくれる人がいれば、とてもうれしい」とブレイジーは言う。「シャネルを求めるクライアントたちは、いずれにしても来てくれる。でも、もしある学生が古いクオータージップとデニムを引っ張り出したり、若い女性がブレザーを切り詰めたりするなら、それはいいことだと思う。そして、それはとても楽しいことだ」

ブレイジーと会った翌日、シャネルが誇るメゾンダール11軒が入居する複合施設「le19M」を訪れた。そこにはルサージュ、アトリエモンテックスといった刺繍を専門とするメゾン、花細工や羽根細工を手がけるルマリエ、シューメーカーのマサロ、繊細な生地を扱うフルー・アトリエのパロマ、そしてミリナリー(帽子)の名門メゾン ミシェルなどが名を連ねる。これらのメゾンが持つサヴォアフェールは、通常クチュールやメティエダール コレクション向けに限られているが、ブレイジーはそれをシャネルというハウスの核心へとより深く引き込み、メゾン同士の横断的な協業体制を構築しながら、レディトゥウエアのコレクションにも参画させようとしている。

最初に訪れたのはモンテックスだ。クチュールのサロンで感じたものと似た静寂が作業室に満ちている。ただ異なるのは、若いアルチザンたちが手動のミシンを繊細に操る、あの独特のカチカチという音が響いていること。多くは25歳から40歳ほどに見受けられる。スマートフォンはしまわれ、ノートパソコンのスクリーンも、ノイズキャンセリングヘッドホンも、どこにも見当たらない。あるのはシルク、ラフィア、ビーズ、そしてミュスリン地。そして、さまざまなガーメントに施す刺繍の手描きの設計図だけだ。

ルザージュでは、シャネルの名高いツイードが骨董品の織機で生み出される。その職人技は、まさに精緻の極みだ。メゾン ミシェルを歩いていると、ひとつのレオパード頭部形のフェルト・ファシネーターに手が伸びたが、やがて視線はあるベールに吸い寄せられた。メゾンのアーティスティック ディレクター、プリシラ・ロワイエによれば、それは複数のメゾンが共同でデザインしたもの。

メゾン ミシェルのキャップ、パロマによるシルクのケージで顔を覆うデザイン、ルマリエが手がけるトップの花、そしてモンテックスによる小さな花の刺繍。ファシネーターをブレイジーの細かな仕様どおりに仕上げること──遠目から見たときのたたずまい、頭部へのフィット感、顔へのかかり方──は大きな挑戦だったが、それ以上にエキサイティングだったと、ロワイエは語る。その繊細な一点を両手に持ちながら、前日にブレイジーが言っていた言葉が脳裏に浮かんだ。

「単に美しいから、少し刺繍を施すというものではないのです。それは何かを語り、アイデアを体現するものでなければなりません」

ブレイジーはキャリアを通じて、プロダクトを時代精神をゆるがすアイデアへと翻訳する力を磨き上げてきた。ブリュッセルのラ・カンブル国立美術学校での卒業コレクション(フランス初の女性宇宙飛行士、クロディ・エニェレからインスピレーションを得た作品)を目にしたラフ・シモンズに見いだされ、卒業直後に彼のもとへと招かれたのがその始まりだ(エニェレはシャネル2026年秋冬 プレタポルテコレクションでフロントロウに座った)。当時のブレイジーの恩師、トニー・デルカンプはこう振り返る。「17歳という若さで、あれほどアートへの知識と関心を持っていたことには、本当に驚かされました。非常に稀なことでしたから」。ブレイジーはすぐさまこの学校に溶け込んだ。デルカンプが説明するように、同校は学生たちを「私たちが生きる現代世界への好奇心を育て、自らの文化を絶えず深め、それを衣服の言語に翻訳できるようになること」を目指して教育する場なのだ。

シモンズのもとでメンズウエアを経験したのち、ブレイジーは2011年にメゾン マルジェラへと加わり、アーティザナルラインにおけるデザインチームの一員として活動を始めた。2014年にファッションジャーナリストのスージー・メンケスがアーティザナル コレクションのレビューで彼の名を公にするまで、舞台裏に身を置き続けた。「その繊細さとディテールへのまなざしが混ざり合ったあの瞬間の興奮を、今でも覚えています。それは今、彼がシャネルへと持ち込んでいるものです」と、メンケスはその発見を振り返る。

その後シモンズはブレイジーをカルバン クラインへと引き入れ、今年アライアの元を去ったピーター・ミュリエとともに働かせた。ブレイジーが業界で広く知られるようになったのは2021年、ボッテガ・ヴェネタのクリエイティブディレクターに就任してからのことだ。ラフィアやバナナの葉を思わせる質感のレザーなど、意外な素材を錬金術師のように扱い、彼が触れるものすべてを黄金へと変えた。映画『クローサー』でのナタリー・ポートマンのキャラクターにインスパイアされた、あの白のタンクトップとトロンプルイユのレザーのデニム風パンツは彼のシグネチャーとなり、日常と非日常が出合う完璧なファンタジーとして、記憶に刻まれた。

ガブリエル・シャネルが衣装を手がけた映画『Tonight or Never(今宵ひととき)』をモチーフにした、バッグやコートも登場。バッグ ¥2,125,200、シューズ ¥231,000、ドレス、スカートともに参考商品<strong> Chanel</strong> Jeremy Everett

シャネルに着任したブレイジーは、シグネチャーのバイカラーシューズや象徴的な「2.55」バッグからではなく、マドモアゼル シャネル自身から出発することを選んだ。彼女の個人的な歴史を深く掘り下げることで、「その背景にある心理を理解したかった。彼女が何に何を見いだし、それがどのような結実をもたらしたのかを」と語る。

これまでのコレクションに、彼女の生涯からひろい上げたエピソードが息づいている。ボーイ・カペルとの恋、そして彼のシャツ。女性に必要な服は毛虫をチョウへと変えるものだと語った、『ル・フィガロ』紙への言葉。初めてのニューヨーク訪問。彼女が愛したフラッパー・ドレス。「今日もなお色あせない理由は、初期のアプローチが徹底してヒューマニスティックで、解放的だったから。彼女は自分自身が試金石であり、着たいと思うものを自らデザインした。モダンファッションの誕生は、ひとつの解放の行為から生まれた。それは驚くべきことです」

「マチューがもたらしているのは、シルエットの進化です」とシャネルで長きにわたりファッション部門プレジデントを務めるブルーノ・パブロフスキーは言う。「以前よりも、どこかクールになった何かを」。メティエダール コレクションのショーについて問うと、パブロフスキーはほほ笑みながら語った。「あのショーはすべてが混ざり合い、オーセンティックで、インパクトがあった。デコールやセットのことなど、ほとんど忘れてしまうほどに。最後には、シルエットとモデルを見て、『自分にも似合うかもしれない』と思わせてくれる」

ブレイジーはシャネルを取り巻く世界観を構築するだけではなく、その世界に生きるための衣服を作っている。「ショーやコレクションを始めるとき、ワードローブというイメージからスタートすることは決してありません。でも、気づけば常にそこへ向かっているのです」

彼が再び仕事へ戻る時間になった。おそらくは秋のコレクションに向けた作業──チェーンメイルのスカートスーツや、誇張されたベルテッドドロップウエストが含まれる予定だという。あたたかく礼を述べた彼は、セーターとトラウザー姿のまま、鏡張りの階段を上って戻っていった。

数週間後、ブレイジーの2026年春夏 プレタポルテ コレクションがヨーロッパの店頭に並んだ。反響はすぐさま広がり、熱狂的と言うほかなかった。ファッションエディターたちは怒涛のグループチャットで戦略的に購入計画を立て、カンボン通りのブティックには行列ができた。インフルエンサーたちは数十万ものフォロワーに向けて戦利品を発信する。その熱狂は、私とて例外ではない。コレクションが店頭に並んだとき、私はパリにいなかった。けれど友人がニューヨーク時間の朝7時にフェイスタイムでつないでくれ、バーチャルで靴を選ぶ時間をつくってくれた。その通話で夫と3歳半の娘を起こしてしまったけれど、ターコイズと黒のスクエアトゥスリングバックには、それだけの価値があった。お気に入りのデニムパンツに合わせて履こうと思っている。

Photographs by JEREMY EVERETT, Styled by LAËTITIA GIMENEZ ADAM
From Harper's BAZAAR July/August 2026 Issue

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