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障害のある娘へ「何をしてもムダ。この子は死んだほうがいい」と話す母。言語聴覚士はどう向き合ったのか【監修者インタビュー】

  • 2026.9.11
 (C)牧野日和・かなしろにゃんこ。/竹書房
(C)牧野日和・かなしろにゃんこ。/竹書房

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「お食い締め(おくいじめ)」病気や高齢で口から食べられなくなった人に対し、最後まで“食べること”へ丁寧に向き合えるように、本人や家族を支えていく食支援のことである。この言葉を考案し20年以上前から活動しているのが、言語聴覚士で摂食嚥下障害領域(飲み込み)を専門とする牧野日和先生だ。

『お食い締め 口から食べられないアナタへ ~言語聴覚士が見たそれぞれの選択~』(牧野日和(愛知学院大学教授):原案・監修、かなしろにゃんこ。:漫画/竹書房)には、牧野先生がこれまで出会ってきた患者や家族の葛藤が描かれている。

もう一度焼き肉を食べたいと願う、寝たきりの男性。生きる気力をなくした高齢の母に、なんとか好物を食べてもらいたい娘。「食べること」にまつわる最期の時間を、牧野先生はどのように見つめてきたのだろうか。原案者・監修者としての想いを伺った。

——漫画には、死にゆく子どもたちのお話もたくさんありました。7巻は、生まれながらに障害を背負った娘さんを持つ家族のお話です。母親はお食い締めをしようとする牧野先生に「何をしてもムダじゃないか。この子は死んだほうがいいんじゃないか」と話していました。

牧野日和先生(以下、牧野):自他へのネガティブな感情が日常化した方でしたが、私のところに来るという点では前を向いている気がしました。まず私が小さくてもできることを見つけ、母親に気づいてもらえるよう進めていきました。

——小学3年生で病気になり、寝たきりになった女の子のお話もありました。「今娘が死んだとしても最後の願いを叶えてあげたい(食べさせてあげたい)」という母親の言葉は衝撃的でした。子どもの死を覚悟している親には、第三者には想像できないような苦悩があるのだな、と。

牧野:子を先に見送るという苦しみは、母にとって痛恨の極みだと思います。子どもの願いを汲み取って、たとえ危険でも食べさせてあげたいと考える方もいるでしょう。そこには、その親子がどのように生きてきたかという歴史があるんだと思います。

——このときは「プリンを与える」という、先生曰く危険な選択をされましたが、プリンを受け入れた本人は涙を流して喜んでいました。先生の覚悟も相当のものだったのではないでしょうか。

牧野:通常は、タンパク質を含まないスライス状のゼリーか、同じくタンパク質を含まず付着性をおさえたトロミから始めるのですが、この子は最後のワンスプーンのあとに亡くなる可能性を感じていました。プリンは母と子の大切な思い出。母や医師らの覚悟を確かめてから実行しました。

——娘さんが亡くなったあと、心のトゲが取れたかのように笑顔を見せるお母さんの姿がありました。ご家族が満足できる見送り方は、どのように探していくのがいいと思いますか?

牧野:たとえ本人が亡くなったとしても、あとに残されたご家族が「十分にやれた」「(亡くなった方が)最後まで幸せだったはずだ」と思えること、心に折り合いをつけること。そのためには、いたるところで本人のことをたくさん語ってもらうことが有効だと思います。

——祖母を亡くした小学生の男の子が「生の中にある死」を見いだすお話もありました。死との向き合い方について、子どもや若年層に伝えたいことはなんでしょうか。

牧野:死生観の育成は、人それぞれに適切なタイミングがあると思います。無理に教える必要はないと思いますよ。近親者の死に際したときには、過度に隠すのではなく向き合う機会を与えて、よく語ってもらう場を設けてはいかがでしょうか。

取材・文=吉田あき

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