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「母さんに教わってきてよ」と通った義母の台所で、私が最後に教わったのは煮物ではありません

  • 2026.9.11
ハウコレ

義母は計量スプーンを使わず、出来上がった煮物の味も見ませんでした。3度目に通った日、鍋を見たままの義母が口にしたのは、作り方の話ではなかったのです。

夫に言われて、義母の台所へ通うことにしました

結婚して4年、私の作る煮物について夫が口にするのは、味が薄いという1点でした。ある日、

「母さんに教わってきてよ」

と言われたのです。その言い方に腹が立たなかったわけではありません。ただ、私の実家が薄味だったという話をしたところで、この件は終わらないとも思いました。断る理由を並べるより、教わってしまうほうが早かったのです。連絡すると義母はすぐに承知して、月に1度、実家の台所に立たせてもらうことになりました。エプロンは義母のものを借りました。

量らない砂糖と、味を見ない義母

義母は計量スプーンを出しません。鍋のふちから砂糖を落とし、醤油を回し入れ、それきり味を見ないのです。私が分量を控えると、横から足されました。出来上がったものは、私が家で作る煮物より2段階ほど濃い味です。夫が育った味というのは、この濃さのことだったのだと分かりました。砂糖は袋のまま台に置かれ、量が減っても継ぎ足されません。義母の手は、鍋のふちのどこから落とすかだけが毎回そろっていました。ノートに書き取れたのは、材料の名前と、火から下ろすまでの順番だけです。

「うちの人にも、おなじことを言われたのよ」

3度目に通った日、義母は鍋を見たまま言いました。

「うちの人にも、おなじことを言われたのよ」

義父から実家の味と違うと言われるたびに砂糖と醤油を足し、15年ほどかけて今の味にしたのだそうです。味を見ないのは、自分の舌を物差しにしなくなったからだと続けました。私が教わりに来たのは義母の味ではなく、義母が自分の味を手放していった順番でした。家に帰って教わったとおりに作って出すと、夫は1口で、

「これ、母さんのだ」

と言いました。私は、

「次からは、私の作り方に戻します」

と答えました。

そして...

夫はそれから、味の濃さについて何も言いません。私も、義母のノートを開かなくなりました。借りたエプロンは、畳んだまま棚に置いてあります。返しに行けば、また義母の台所に立つことになるからです。

(30代女性・会社員)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

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