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蘭越の森の奥に誕生した新しい酒蔵。「森ノ醸造所」が描く“Sparkling Sake”の未来

  • 2026.9.9
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2025年末、北海道・蘭越町の森に誕生した「森ノ醸造所」。醸造家・北原亮庫さんが、土地の米や冷涼な気候、木桶や微生物の力を生かしながら、これまでにないSparkling Sake(スパークリング・サケ)を生み出しています。森と酒造りがひとつに繋がる、この場所ならではの営みをご紹介します。

ニセコから30分、蘭越の森へ

CEDRIC DIRADOURIAN

世界的なスノーリゾートとして知られるニセコから、車を走らせること約30分。ホテルやコンドミニアムが建ち並ぶエリアを離れると、車窓は次第に田んぼと深い緑に変わっていきます。向かうのは、ニセコ連峰の麓に位置し、良質な米の産地として知られる蘭越町。町に入る頃には風はひんやりとして、空気までひときわ澄んで感じられます。その田園地帯からさらに森へと入った先、木々の間に淡い木肌の建物が姿を現します。白い暖簾に記されているのは「森ノ醸造所」の文字。

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2025年10月に完成したばかりのこの酒蔵を立ち上げたのは、20年近く日本酒造りに携わってきた醸造家・北原亮庫(きたはら・りょうご)さんです。40歳を前に新天地として蘭越を選び、森の木々、土地の米、微生物、北海道の冷気までを酒造りにつなげようとしています。目指すのは、「Sparkling Sake(スパークリング・サケ)」を日本酒の新たな選択肢として根づかせること。Sparkling Sake第一弾の「UPAS(ウパシ)」が発売されたのは2026年1月。醸造所の完成からまだ1年にも満たないいま、蘭越の森の奥で、新しい酒造りが始まっています。

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建物も、森の中で存在を主張しません。「自然界にあるものって、不揃いでしょう。そして、過度に目に入ってこない、気づかないくらいであることも自然だと思うんです」と北原さん。均一に整えすぎず、森の中で建築だけが突出しないようにする。森を眺めながら建物へ入り、室内の窓の向こうには再び森が広がります。この控えめな建築にも、森と醸造所を切り離さない北原さんの考えが表れています。

酒蔵をつくる前に、森を育てる

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「森ノ醸造所」では、酒蔵を建てる以前に「この森をどう扱うか」を考えるところから始めました。土地に出合った当時、森では笹が繁茂し、林床に光が届きにくくなっていました。そこで適切に手を入れて陽光を取り込み、植生が再び育つ環境を整備。醸造所建設のために伐採が必要となった木々も、できるだけこの場所で生かす方法を考えました。木こりに伐採してもらい搬出には厚真町から馬を呼び、抜根した切り株も捨てずに斜面へ植え替え。「芽吹けば再び木として育ち、そうでなければ朽ちて土へ還るでしょう」。

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木に包まれたショップ「森ノ環」では、カウンターや、販売している器にも、この森で育った木材が使われています。伐採した木を外へ運び出して終わりにするのではなく、この土地で新たな役割を与える。「森から何も持ち出さないし、持ち込まない」という北原さんの言葉は、そんな考えの証。この森が健やかでなければ、ここで酒を造り続けることもできない。森を守ることと酒造りは、「森ノ醸造所」では切り離せないのです。

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その考えは、醸造所内でも一貫しています。空調設備に頼らず、北海道の冷涼な外気を取り込み、外の気温を読みながら酒を醸す。「何にも逆らわない。抗わない。受け入れる」。とはいえ、自然に任せているわけではありません。北原さんには、老舗酒蔵で培ってきた確かな醸造技術があります。もろみの状態を見極め、狙う酒質へと導く術を知っているからこそ、どこまで人が介入し、どこから自然や微生物の力に委ねるかを選ぶことができるのです。麹も昔ながらの方法で一から造りますが、それを毎日続ければ造り手の負担は大きい。そこで仕込みは週に一度のサイクルに。「生産量を2倍にする」のではなく、「日本酒の価値をどれだけ高められるか」を考える。自然環境だけでなく、造り手自身が無理なく続けられることまで含めて、酒造りを持続可能な形に整えています。

蘭越の米だからこそ、技術を惜しまない

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北原さんは1750年創業の山梨銘醸の次男として生まれ、東京農業大学で醸造を学んだのち、20年近く日本酒造りに携わってきました。転機となったのは、蘭越町で行われていた酒米の試験栽培との縁です。町には、おいしい食用米の産地として知られる蘭越の米に、さらに新たな価値を加えたいという思いがありました。一方の北原さんも、自身の次のステージと、日本酒造りそのものの未来を重ねて考えていた時期。長く醸造の現場に身を置くなかで、これから何をつくり、どんな価値を提示するのかを模索していました。双方の思いが重なり、2022年に独立を決意。土地探しなどの準備を経て、2024年に蘭越へ移住しました。

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使う米はもちろん蘭越町産。この土地で食用米として親しまれてきた「ななつぼし」で、有機栽培されたものを用います。食べておいしい米と酒造りに適した米は同じではありません。食用米は酒造好適米に比べてデンプンを糖に変えにくく、醸造の難易度は高くなりますそこで生きるのが、北原さんが積み重ねてきた経験と技術です。食用米の性質に合わせ、麹菌メーカーと1年をかけて独自の麹菌を開発するなど、蘭越の米を狙った酒質へと導くための工夫を重ねています。

当初、地元の生産者たちがすぐに有機栽培米に賛同したわけではありません。有機栽培は、除草や病害虫への対応など、慣行栽培に比べて時間も労力もかかります。北原さんは何度も足を運び、米農家の会合にも顔を出し、時間をかけて関係をつくりました。日本酒はワインと違い、乾燥した米を遠くから運ぶことができます。それだけに原料の産地と醸造地との関係が希薄になりやすい。だからこそ、「ここでは地域の生産者の米しか使わない」と決めたのだといいます。森を守ること、有機栽培の米を買い続けること、農家と一緒に酒を造ること。それぞれが独立した活動ではなく、蘭越で価値ある酒を造り続けるためのひとつの循環として繋がっています。

「80点のおいしい酒」の先にある“Sparkling Sake”

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「いまは、ある程度の経験があれば80点のお酒を造れる時代」と北原さん。酵母や精米、衛生管理をはじめ、日本酒の醸造技術は飛躍的に進歩しました。それによって安定しておいしい酒を造れるようになった半面、誰もが同じ尺度で完成度を高めれば、似た味わいの酒も増え、一杯ごとの価値は相対的に薄くなっていくのではないか。北原さんは、そんな問題意識をもっています。「森ノ醸造所」が価値を求めるのは、有名な酒米の名前や精米歩合、華やかな吟醸香とは違うところ。蘭越の米、森、北海道の寒さ、微生物、木桶、そして時間。そのすべてを酒の個性へとつなげます。

木桶を発酵に使うのも、そのため。搾った酒を木の容器に入れて香りを移すのとは異なり、発酵中のもろみでは微生物が木の中へ入り、また木からもろみへと行き来します。その有機的な動きが、木の香りだけを強調するのではなく、酒に柔らかさや複雑さをもたらし、さまざまな味を調和させる、そう北原さんは考えています。とはいえ、昔の酒造りの再現を目指しているわけではありません。「古いものをふんだんに入れてはいますが、それを現代の自分の感覚や技術と融合させたい」。伝統的な技術や道具を、現代の感性と醸造技術でどう生かすか。その両方を知る北原さんだからこその酒造りです。

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「森ノ醸造所」は、発泡性の日本酒に特化した酒蔵。北原さんが目指しているのは、既存の“スパークリング日本酒”の延長ではありません。“Sparkling Sake”を、ワインに対するスパークリングワインのような、ひとつの独立したカテゴリーに育てることです。「ワインとスパークリングワインは、飲み手がそれぞれ違う判断基準で選ぶでしょう。その概念を日本酒にも持ち込みたい」。だからこそ、時間も資本もSparkling Sakeへ集中させ、その存在を日本酒の新たな選択肢として定着させる。「森ノ醸造所」は、そのフロントランナーを目指しています。

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限定流通の「森ノ酒 2025」は、搾った翌日にボトリングする1本。酒に溶け込んでいたガスによるごく軽い刺激に、やわらかな旨味、酸、ほのかな苦味が重なります。木桶由来のニュアンスをもちながら木香が突出することはなく、複雑さと清らかな透明感を備えた味わいです。北原さんが木桶について語る「いろいろな味を調和させるための容器」という考えが、その酒質にもつながっています。

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「UPAS(ウパシ)2025」は、アイヌ語で「雪」。細かな澱をあえて残し、ボトルをゆっくりと返すと、泡とともに粉雪のように舞います。細やかに立ち上る泡、口に含むとみずみずしい酸、後アフターにほのかな苦味。アルコール度数12%の軽やかさをもちながら、複雑な味わいが透明感のある酒質の中に広がり、雪が溶けるようにふわりと消えるフィニッシュが印象的。はかない粉雪を口にしているかのようです。

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続いて3月に発売された「APE(アペ)2025」。テーマは「火」。火山群であるニセコ連峰が秘める地熱のエネルギーから着想し、バーボン樽で熟成させます。樽由来の香ばしさと厚みを伴う複雑な味わい。甘やかなニュアンスをもちつつ、うま味の中にビターさが見え隠れし、静かに、けれど長く続く余韻。まさに地中に秘められた動のエネルギーを思わせます。北原さんが目指す、ガストロノミックなSparkling Sakeの方向性を示す1本でもあります。

この先には、「星」を意味する「NOCIW(ノチウ)」、「海」を意味する「ATUY(アトゥイ)」と、「森」を意味する「NITAY(ニタイ)」も控えています。ATUYは日本海の海底で熟成させ、NITAYはフレンチオーク樽と瓶内で長い時間を重ねる計画。雪、火、星、海、森という蘭越の自然を、それぞれ異なる醸造や熟成によって表現していきます。

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「森ノ醸造所」が完成して、まだ1年にもなりません。けれど、UPASやAPEにはすでに、蘭越の米、北海道の気候、木桶や微生物、そして北原さんの技術が重なった、これまでにない酒のかたちが表れています。その先に、さらにどんなSparkling Sakeの世界が広がっていくのか。「森ノ醸造所」の歩みは、まだ始まったばかりです。

問い合わせ先
「森ノ醸造所/森ノ環(もりのわ)」
所在地/北海道磯谷郡蘭越町吉国7-8
時間/10:00〜15:00
定休日/水曜日
TEL/080-1986-6048
URL/morino-brewery.jp

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