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麻薬王がMF!?世界のサッカーで本当に起きた「奇妙すぎる事件20選」

  • 2026.9.4

世界には数え切れないほどのサッカークラブがある。それだけあれば、我々の常識では考えられないような出来事も起きる。

「麻薬密売組織の首謀者」として追われた男がプロクラブの中盤でプレーしたり、代表チームそのものが“偽物”だったり、フェリーの甲板でダービーマッチが開催されたり……。作り話のようだが、いずれも実際にサッカー界で起きたエピソードだ。

英誌『FourFourTwo』は8月30日、ジャーナリストのポール・ワトソン氏による著書『Around the World in 80 Clubs』から、世界各地の風変わりなサッカーストーリー20件を紹介している。

「麻薬王」がプロクラブのMFに

舞台は2021年のパラグアイ。デポルティーボ・カピアタの中盤に、ひときわ異色の選手が加入した。それはウルグアイ出身のセバスティアン・マルセットだ。彼はもともとサッカー選手を志していた人物だったが、その一方で、世界でも最も悪名高いコカインや違法薬物の密売人でもあった。

高級車で練習場に現れ、チームメイトに金銭を渡して自らの先発起用を支持させた。そして本名で試合に出場し、プロサッカー選手になるという夢を叶えた。

しかしその後、マルセットは国際的な逃亡生活へ。2026年3月にボリビアで拘束され、その日のうちに米国へ移送された。

相手はトーゴ代表…と思ったら全員偽物だった

2010年、バーレーン代表は親善試合でトーゴ代表と対戦し、3-0で快勝した。ところが、バーレーンのヨゼフ・ヒッケルスベルガー監督は試合後に違和感を覚えたという。

W杯にも出場した国の代表とは思えないほど相手の動きが悪く、エマニュエル・アデバヨールら有名選手の姿もない。

バーレーン側がトーゴサッカー連盟へ問い合わせたところ、衝撃の事実が判明した。なんとトーゴはA代表チームをバーレーンへ派遣していなかったのである。実際にプレーしたのは“偽トーゴ代表”。試合は八百長に関与したマフィアの一員によって仕組まれ、元トーゴ代表監督が偽チームを率いていたという。

フェリーの甲板で行われた「島ダービー」

ホーム&アウェイという概念を、誰よりも公平に解決したのがエストニアのサーレマー島とヒーウマー島。両島には昔からライバル意識があり、2013年にサッカーで決着をつけることになった。

双方がホームアドバンテージを譲らなかった末に決まった会場は、なんと両島を結ぶ旅客フェリー「M/S Muhumaa」の甲板だった。船上に人工のピッチを設置。ただし通常の11人制を行える広さはなかったため、5人制で対戦した。

なお、結果はヒーウマー島が4-1で勝利。文字通りの“中立地開催”となった。

300試合以上連続の敗北…弱すぎてリーグ追放に

普通、クラブがリーグから追放されるとなれば、不正や規則違反を想像する。しかし、スペインのスエカ・ユナイテッドは違った。その理由は「弱すぎた」ことだった。

俳優パウ・コディナによって設立されたクラブは、通常なら出場機会を得られない人々にもサッカーを楽しむ場所を提供するというユニークな理念を持っていた。

しかし、当然ながら競技レベルでは苦戦。11シーズンで300試合以上連続で敗れ、失点は4000以上。その平均スコアは「0-24」だったという。そして2023年9月、40-0という敗戦を受けてバレンシア州サッカー連盟から大会を除外された。

試合前に選手が「海難救助」へ…8人で30失点

南大西洋に浮かぶ英国海外領土セントヘレナ島。ナポレオンが晩年を過ごした島として知られるが、ここにもサッカーリーグが存在する。

2020年、クリスタル・レンジャーズはローヴァーズに0-36、ベルボーイズに0-30という猛烈なスコアで敗れた。ただし、そこにはまっとうな事情があった。

いずれの試合も出場できたのはわずか8人。島で海難救助が発生し、試合前のウォーミングアップ中に複数の選手が救命艇へ向かわなければならなかったのだという。

世界最高のピッチ!?酸素ボンベが必要な試合

南米ペルーのセロ・デ・パスコは標高4000mを超える鉱山都市である。そこを本拠地としていたウニオン・ミナスの武器は、選手でも戦術でもなく、「標高」であった。

本拠地エスタディオ・ダニエル・アルシデス・カリオンは標高4300m。訪問チームにとってはサッカー以前の問題で、ハーフタイムのロッカールームでは酸素マスクが頻繁に使われたという。

この圧倒的ホームアドバンテージもあり、ウニオン・ミナスは1998年に一時ペルー1部の首位に立ったことも。

リーグ優勝すると「ライバルの葬式」を開催

マルタの名門ヴァレッタFCは、国内リーグを25回制覇している強豪だ。2000-01シーズンには国内大会でなんと「6冠」を達成した。

ただし、このクラブがライバルから嫌われる理由は強さだけではない。リーグ優勝を果たすと、サポーターたちは敗れた相手の“葬式”を街中で開催するのだ。ライバルのエンブレムを付けた棺まで用意し、優勝パレードならぬ「葬送行進」を行う。

そんなヴァレッタが2023-24シーズンに史上初の2部降格を経験した際には、他クラブのサポーターたちが大いに喜んだという。

フランス杯のアウェイが「タヒチ」

フランスにおける天皇杯のような大会「クプ・ドゥ・フランス」には本土のクラブだけが参加しているわけではない。フランス領ポリネシア、ニューカレドニア、レユニオンなど、世界各地のフランス海外領土のクラブにも出場資格がある。

その結果、とんでもないアウェイゲームが生まれる。2024-25シーズン、フランス4部のUSアヴランシュはタヒチのASドラゴンとのアウェイゲームを引き当てた。その遠征距離はおよそ1万6000km。

もちろん移動費はフランスサッカー連盟が負担するものの、アマチュア選手たちは仕事を休んで太平洋の楽園まで向かわなければならない。結果は2-2からPK戦で敗退。アヴランシュにとっては信じられないような旅になった。

C・ロナウドと戦いたくて移籍→「違うクラブでした」

コンゴ共和国代表FWティエヴィ・ビフマは2024年、イランのエステグラル・フーゼスターンへ加入した。移籍を決めた理由は明確だった。「クリスティアーノ・ロナウドと対戦したい」というものだ。

スケジュールを調べると、「エステグラル」がACLでロナウド擁するアル・ナスルと対戦する予定になっていたからだ。

ところが加入後、同じコンゴ民主共和国代表選手のガエル・カクタから電話を受ける。そのカクタが所属していたのはテヘランの名門エステグラルFCである。

しかしビフマが契約したのは、数百km離れた別クラブ「エステグラル・フーゼスターン」だったのだ。本人は後に「エステグラルという名前のクラブが2つあるとは知らなかった」と明かしている。

アウェイに行けない「刑務所チーム」

ウェールズの下部リーグには、「HMP Prescoed」という異色のクラブが存在する。「HMP」はHer Majesty's Prison、つまり刑務所だ。しかも選手は刑務官ではなく、実際に収容されている受刑者である。

彼らが抱える問題はアウェイゲーム。当然ながら、選手たちを刑務所の外へ遠征させることはできない。そのためアウェイ扱いの試合も自分たちのグラウンドで行うが、規定上は0-5の敗戦扱いとなり、さらに勝点3を減点される。

つまり、どれだけホームゲームで勝ってもシーズンの理論上最高勝点は「0」。実際、あるシーズンには14試合で5勝1分を記録しながら、最終勝点は「-5」だったという。

全26試合で敗戦…ホテルの駐車場で練習したクラブ

カリブ海の島国アンティグア・バーブーダから、米国リーグへ挑戦した「アンティグア・バラクーダ」。
当初は夢のようなプロジェクトだったが、2013年には財政難から本拠地を離れざるを得なくなり、米国本土でシーズンを戦うことになる。

選手たちはフロリダ州タンパのホテルで共同生活。狭いミニバスで10時間規模の移動を繰り返し、練習場すら確保できず、ホテルの駐車場でトレーニングしたこともあった。

結果は26試合26敗。一度も勝点を得られないままシーズンを終えた。

FC琉球の背中に「うんこミュージアム」

世界の奇妙なクラブを紹介するこの記事には、日本からもFC琉球が登場している。理由の一つは、沖縄という特殊な地理条件だ。日本列島から離れた沖縄を本拠とするため、アウェイゲームのたびに長距離移動が必要になる。

しかしさらに注目されたのは、2025年のユニフォームスポンサーだった。背中に入ったのは「うんこミュージアム」。

文字通り「うんこ」をテーマにした日本の体験型施設であり、海外のメディアから見ても相当なインパクトだったようだ。世界を探しても、「UNKO」を背負って戦うプロサッカークラブはそう多くはない。

試合後のバスに「かゆみ粉」を散布

西アフリカ・ベナンで起きたのは、聞いているだけで体がかゆくなりそうな事件。バニ・ガンセはロト・ポポとのアウェイゲームを終え、約10時間のバス移動で帰路につこうとしていた。

ところが車内に入った選手やスタッフが一斉に激しいかゆみを訴えた。その原因は座席に散布された工業用の「触ると痒くなる粉」だった。

ロト・ポポのファンは、バニ・ガンセ側がピッチ上に「怪しい物質」を撒いたと信じていたという。そして、その仕返しとして行われた嫌がらせだったそうだ。

しかもロト・ポポ側は、「バニ・ガンセが撒いた怪しいものは、我々の聖水によって無力化させたんだ」と主張していたとか。サッカーというよりも「呪術対決」だった。

アウェイ往復1万4000km!世界屈指の超長距離対決

ロシアのSKAハバロフスクは、中国や北朝鮮に近いユーラシア大陸の極東部に位置する。そして、一方のバルチカ・カリーニングラードは、ポーランドとリトアニアに挟まれたロシアの飛び地を本拠とするクラブ。

同じ国のリーグに所属しているが、その距離はとんでもない。両クラブが同じカテゴリーに所属すると、往復で1万4500kmの遠征が発生していた。そして、ロシアリーグのクラブの大半はモスクワ付近にあるため、SKAハバロフスクはシーズンで地球約3周分を移動することもあるという。

人違いで「代表監督」に就任しかけた男

2010年、ユース年代を指導していたアンドリュー・アマーズ=モリソンは、セーシェルへ休暇に出かけた。そこで突然、驚くべきオファーを受ける。「セーシェル代表監督になってほしい」と。本人も驚いたが、喜んで受諾した。

ただし、セーシェルサッカー連盟には大きな勘違いがあった。彼らが招聘したかったのは、元マンチェスター・シティ選手のアンディ・モリソンだったのである。

そして、記者が本物のアンディ・モリソンへ代表チームについて問い合わせたことで間違いが発覚。連盟は責任をとってアマーズ=モリソンに「半年間だけチャンスを与える」という異例の決定を下したものの、最終的には契約を撤回している。

ちなみに本物のアンディ・モリソンはその後実際に指導者となり、スリランカ代表などを率いている。

バルセロナ、アウェイゲームへ「ヘリ3機」で移動

スペイン2部に所属するADセウタは、スペインのクラブでありながら本拠地は北アフリカにあるスペイン領セウタに置く。この地域には空港がないため、通常はスペイン南部アルヘシラスからフェリーで向かうことになる。

そして、2023年のコパ・デル・レイでバルセロナがセウタとのアウェイゲームを引き当てた際、クラブはより確実な方法を選択。選手団を3機のヘリコプターに分乗させたのである。

さらにセウタはリーグ戦でFCアンドラとも対戦。なんと「アフリカ大陸にあるスペインリーグ所属クラブ」と「アンドラ公国にあるスペインリーグ所属クラブ」が戦うという、不思議なカードまで成立した。

最終ホームゲームは観客が「リス」になる

人口わずか8万人ほどの小国アンドラには、とても奇妙なサポーター文化がある。UEサンタ・コロマの愛称は「Esquirols」。カタルーニャ語で「リス」という意味である。

そこでサポーターたちは、シーズン最後のホームゲームになるとリスの着ぐるみを着てスタジアムへ集まる。これはクラブがあるサンタ・コロマ周辺にリスが多いことから生まれた伝統だという。

軍隊に入ったらプロサッカー選手になれる?

韓国には、世界でもかなり特殊なクラブがある。それは金泉尚武FCだ。韓国では男性に兵役義務があり、プロサッカー選手も例外ではない。

そこで誕生したのが、韓国国軍体育部隊に属する尚武のサッカーチーム。毎年プロ選手を受け入れ、選手たちは約18か月の兵役期間をプロサッカーを続けながら過ごす。そのため選手の保有権を持つわけではなく、毎年メンバーが大きく入れ替わる。

金泉尚武は2024年、2025年とKリーグ1で3位に入るほどの強さを見せたが、軍クラブという特殊な立場から、AFCのクラブ大会には出場できない。国内で好成績を収めてもアジアへ行けないという、世界的にも珍しいクラブである。

「2シーズンで3か国のリーグ王者」になったクラブ

スーダンの名門アル・ヒラルは近年、サッカー史でも珍しい道を歩んだ。内戦の影響によって国内でリーグ戦を開催できなくなり、ライバルのアル・メリーフとともに2024-25シーズンはおよそ4800km離れたモーリタニアリーグへ参加した。

そこでアル・ヒラルは首位。ただし招待クラブだったため、正式なリーグ王者はFCヌアディブとなり、アル・ヒラルは「名誉王者」とされた。

その後スーダンへ戻り、国際大会出場クラブを決める短期大会「エリートリーグ」で優勝。さらに2025-26シーズンにはルワンダの国内リーグに参加し、そこでも首位に立った。わずか2シーズンでモーリタニア、スーダン、ルワンダの3か国で頂点に立つという、通常なら絶対に起こり得ない記録を達成している。

モアイ像の横で「イースター島代表」がコロコロと対戦

画像: (C)Getty Images
(C)Getty Images

モアイ像の存在によって世界で最も有名になっている絶海の孤島の一つ、イースター島。チリの国内カップ「コパ・チレ」では、遠隔地のチームにも出場機会を与える試みが行われてきた。

2009年には、「ラパ・ヌイ」と呼ばれるイースター島選抜がチリ屈指の名門コロコロをホームへ迎えた。なんとピッチのすぐ近くには、あの有名なモアイ像が鎮座していた。

試合前には選手たちがポリネシアの伝統的なウォーダンスを披露し、コロコロと対戦した。試合は0-4で敗れたものの、その光景は世界でも類を見ないものだった。

また2024年には、さらに沖合にあるロビンソン・クルーソー島のフアン・フェルナンデス選抜がコパ・チリへ参戦。その対戦相手サンティアゴ・ワンダラーズは通常の航空便だけでは選手団を運べず、チリ海軍の補給艦まで利用して島へ向かったという。

フアン・フェルナンデスの選手たちは普段それぞれ別の仕事を持ち、ロブスター漁のため練習を欠席する選手までいた。それでもプロクラブを相手に1-2まで追い詰めるなど健闘した。

筆者:石井彰(編集部)
画像提供:Getty Images

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