1. トップ
  2. エンタメ
  3. 中野量太監督「最後まで考え抜くことができた」早瀬憩「本当に貴重な経験」『私はあなたを知らない、』で向き合った“家族”と“赦し”

中野量太監督「最後まで考え抜くことができた」早瀬憩「本当に貴重な経験」『私はあなたを知らない、』で向き合った“家族”と“赦し”

  • 2026.8.29

『湯を沸かすほどの熱い愛』(16)の中野量太監督が、10年ぶりに完全オリジナル脚本で挑むヒューマンサスペンス『私はあなたを知らない、』(公開中)。そこに描かれるのは、決して交わることのなかったはずの2人が13年という長い時間を経て向き合う、魂の対話だ。母を殺した青年と対峙する娘を演じるのは、早瀬憩。複雑に揺れ動く感情を抱えた難役に挑み、スクリーンに鮮烈な存在感を刻んでいる。“家族”とは、そして“赦し”とはなにか。答えの出せない問いを突きつける本作だからこそ、撮影現場ではキャスト、スタッフが一つひとつの感情に向き合い、考え、語り合う時間を重ねていたという。中野監督と早瀬が振り返る、かけがえのない創作の時間。その先に見えたものとは。

【写真を見る】透明感あふれる凛とした佇まいに注目!早瀬憩の撮りおろし

「いままでにない作品にチャレンジしたかった」(中野監督)

『私はあなたを知らない、』は、“母を殺した男”と“被害者の娘”という、本来交わるはずのない2人の運命を映し出すヒューマンサスペンス [c]IDKYPs./Pyramide Productions
『私はあなたを知らない、』は、“母を殺した男”と“被害者の娘”という、本来交わるはずのない2人の運命を映し出すヒューマンサスペンス [c]IDKYPs./Pyramide Productions

本作は、日仏共同製作のヒューマンサスペンス。天涯孤独の身である西山夕平は、たった一人の環境を寂しいとも感じずに生きてきた。職場にやってきた新しいパート職員・紗月と出会い、彼の毎日が輝きだす。シングルマザーだった紗月、彼女の娘である朝子との生活で、これまで知らなかった“家族”という幸せの形に触れ、心を解放していく夕平。しかしある日、悲劇が起きる。それから13年後。唯一の身寄りだった祖母を亡くし、天涯孤独となった朝子は、母が殺された事件の真相を確かめるために刑務所に収監されている夕平のもとを訪ねる。

――本作は、中野監督にとって10年ぶりの完全オリジナル作品となります。どのような作品に挑みたいという想いがありましたか。

「みんなと一緒に作っていく感覚が、とてもおもしろかったです」と充実感を口にした中野量太監督 撮影/三角茉由
「みんなと一緒に作っていく感覚が、とてもおもしろかったです」と充実感を口にした中野量太監督 撮影/三角茉由

中野「いままでにない作品にチャレンジしたいと思っていました。僕がこれまでやったことがない“人を殺める”という行為を描き、さらに“赦しとはなんだ”という難しいテーマにも挑んでいます。脚本を書いている段階から、これは大変だぞと頭を悩ませていました。そこで8割は自分のなかでわかっているけれど、あとの2割は撮影現場の皆さんと一緒に作っていくしかないなと。オリジナルだからこそ、最後に出す答えを変えることもできる。一緒に作品に取り組み、一緒に考え、変えていってくれるような人と取り組みたいと思っていました。現場ではいつも以上に、皆さんとたくさんお話した気がします」

早瀬「みんなで考察したりしていましたね」

中野「スタッフのみんなも“夕平を赦すことができるか、赦せないか”と話し合ったり。そうやって一緒に作っていく感覚が、とてもおもしろかったです」

「常に監督がそばにいてくださった」と信頼感を吐露した早瀬憩 撮影/三角茉由
「常に監督がそばにいてくださった」と信頼感を吐露した早瀬憩 撮影/三角茉由

早瀬「私も、監督や皆さんと一緒に作っていったという感覚が強いです。脚本を読んだ時には、家族や愛の形について自分自身も考えさせられると同時に、とても複雑で深いお話だと思いました。何度も脚本を読んで、わからないところは監督に相談しながら、物語の世界に入っていきました。朝子はとても難しい役なので、苦戦することも多かったんです。でもそんな時にも、常に監督がそばにいてくださった。何度も励ましてくれましたし、奮い立たせてくれました。監督と信頼関係を築けたと思えたことが、とてもうれしかったです」

――中野監督は、早瀬さんをどのように奮い立たせたのでしょうか。

中野「お菓子をそっとあげたり…。それは冗談ですが(笑)、早瀬さんは朝子という役柄をきちんと捉えていたので、『ちゃんとできるよ』『あともう少し』『間違っていないから大丈夫』とお伝えしていました」

早瀬「撮影現場は中野監督の優しい人柄が伝染しているようで、ずっと穏やかな雰囲気がありました。とても愛情深く、懐の深い方で、本作もそういった監督だからこそ作れた映画、監督にしか作れない映画だと感じています」

「“朝子を演じたい”という想いが強かった」(早瀬)

――早瀬さんは今回、オーディションで朝子役に抜てきされました。朝子は、母を奪った男性と対峙し、心が揺れていくというとても難しい役どころです。オーディションにはどのような意気込みで臨みましたか。

13年前、朝子には父親のような人がいた…。幼少期の朝子を、倉田瑛茉が演じる [c]IDKYPs./Pyramide Productions
13年前、朝子には父親のような人がいた…。幼少期の朝子を、倉田瑛茉が演じる [c]IDKYPs./Pyramide Productions

早瀬「中野監督の過去作も観ていて、いつかご一緒させていただきたいと思っていました。オーディションは何度か回数を重ね、中野監督が実際に撮影現場にいるように演出をつけてくださったんです。その期待に応えたいという気持ちで演じるなか、オーディションを重ねるごとに“朝子を演じたい”という想いが強くなって。朝子の性格が自分に近い部分があることに気づいたり、いつの間にか感情移入していることも多く、朝子のことをもっと理解したいという気持ちも膨らんでいました。だからこそ合格の報せをいただいた時には、とても安心しました」

中野「朝子という役は、夕平と対峙する面会室のシーンを演じられるかどうかだと思っていたので、オーディションでも面会室のシーンを演じていただきました。朝子って、本当に難しい役だと思うんです。オーディションを進めるなか、早瀬さんからは“なんとしてもこの役をつかみ取りたい、この役に近づきたい”という想いがあふれていて。とてもいいなと思いました。僕は、映画の世界観に馴染む人が好きなんですが、早瀬さんはその雰囲気もしっかりと持っている。ぜひこの役は、早瀬さんにお任せしたいなと思いました」

――そうやって突き進んでいく力は、事件の真相に向かっていく朝子とも重なるように感じます。早瀬さんは、朝子を演じるうえでどのようなことを大切にしていましたか。

朝子は、母が殺された事件の真相を確かめようと当時の弁護士を訪ねる [c]IDKYPs./Pyramide Productions
朝子は、母が殺された事件の真相を確かめようと当時の弁護士を訪ねる [c]IDKYPs./Pyramide Productions

早瀬「一言で表すのはとても難しいですが、素直でまっすぐで純粋なところが、朝子のステキなところだと思っています。朝子は、過去に家族のように過ごしていた夕平という男性がいたことを知り、彼のことを調べながら、どんどんのめり込んでいく。そういった探究心や突き進むまっすぐな姿勢は、朝子らしさだと感じています。一方で朝子は両親、そして祖母も亡くしているので、彼女が抱えている孤独も大切にしたいなと思っていました」

中野「撮影が進むごとに、僕は早瀬さんが朝子にしか見えなくなっていました。脇目も振らず、のめり込んでいくところに一瞬、狂気まで垣間見えて。夕平との面会シーンは5回あるんですが、次第に朝子の心と表情に変化が見えていく過程を見事に演じてくれました。最初に感じた、“役をつかみにいく感覚が鋭い人だ”という直感は間違っていなかった。信じた甲斐があったなと思いました」

「坂口さんならば、夕平の繊細さや寂しさを体現してくれる」(中野監督)

――面会室のシーンでは、次第に夕平と朝子の表情に変化が生まれていきます。夕平を演じる坂口健太郎さんのお芝居から、引き出されたと感じることはありますか?

刑務所に収監されている夕平と対峙する朝子 [c]IDKYPs./Pyramide Productions
刑務所に収監されている夕平と対峙する朝子 [c]IDKYPs./Pyramide Productions

早瀬「本当にたくさんあります。面会室のシーンは、台本を読んだだけでは想像しきれず、やってみないとわからないという不安もありました。でも実際に撮影に挑んでみると、過去に愛してくれていたこと、そしていまも変わらずに愛を持って接してくれていることなど、夕平の発する言葉や表情の節々に朝子への愛情が感じられて。台本を読んだ時には想像もできなかった感情を、引き出してくれました。坂口さんに、とても感謝しています」

中野「一度、坂口さんも早瀬さんもお互いから出てくるものを受け止めすぎてしまって、感情があふれ出てしまったことがありました。それくらい、2人とも面会室のシーンにかけてくれていました。そのシーンはお二人の感情が出過ぎてしまったことから『もう1回』とお願いしたんです。実は、監督だって『もう1回』と言うのはイヤなものなんですよ(苦笑)。『OK』と言ってしまえれば、楽ですから。でもキャスト、スタッフのみんなが“もっといいものが出る”と信じられる現場だったので、気持ちよく進められました。坂口さんと早瀬さんも、『もう1回』とお願いすると『どうしたらいいか』と一緒に考えてくれるお二人です。だからこそ僕は“どうしてほしいのか”ということを、なるべく言葉にしてお伝えできたらと思っていました」

坂口健太郎が、家族という幸せの形を追い求め、 破滅へと向かっていく主人公の西山夕平を演じた [c]IDKYPs./Pyramide Productions
坂口健太郎が、家族という幸せの形を追い求め、 破滅へと向かっていく主人公の西山夕平を演じた [c]IDKYPs./Pyramide Productions

――中野監督は、人を殺めるという行為に向き合うことは「ずっと逃げてきたこと」とお話されています。その行為を背負ってくれる人として、坂口さんを抜てきしたのはどのような理由からでしょうか。

中野「夕平は孤独に生きていて、愛が足りなくて、愛がほしくて、愛に囚われて、その結果として罪を犯してしまいます。坂口さんならば、そういった夕平の繊細さや寂しさを体現してくれると思っていました。ご本人は、ものすごく明るい方なんですよ。でも彼からはどこか寂しさのようなものが垣間見えるし、それを夕平にしっかりと注いでくれました」

――夕平が涙する場面も多いですが、坂口さんは直前までリラックスして過ごされているそうですね。

早瀬「そうなんです。今回、初共演させていただいたんですが、坂口さんのイメージが変わりました。とてもユーモアにあふれた方で、現場では自然と坂口さんの周りに人が集まるし、自然と周りの人を笑顔にしてしまう。すごい力を持った方です」

「息の長い、唯一無二の俳優に」(早瀬)

――話題作への出演を重ねている、早瀬さん。本作は早瀬さんにとってどのようなチャレンジができた作品になりましたか。

【写真を見る】透明感あふれる凛とした佇まいに注目!早瀬憩の撮りおろし 撮影/三角茉由
【写真を見る】透明感あふれる凛とした佇まいに注目!早瀬憩の撮りおろし 撮影/三角茉由

早瀬「今回は役としても、自分にとって大きなチャレンジでした。朝子を演じることになって脚本を読んだ時、“いまの自分の力量では演じきれない”と思ったくらい、本当に難しい役で。だからこそ頑張れたというか、乗り越えてやろうという想いもあって。朝子という役を演じられて、朝子として生きられたこと。この作品と、中野監督に出会えたこと。撮影期間中、みんなでいい作品を作ろうと走り抜けた時間も、そのすべてが私の糧になっています。本当に貴重な経験をさせていただいたと感じています」

――難しいと感じるほど、挑戦したいという気持ちが湧いてくるのですね。

中野「早瀬さんは悩みながら、考えながら、その役をつかみに行こうとしている。“これでいいや”ということが、きっと許せないんだと思います。ずっと悩んでいますからね。そんなことはない?」

早瀬「そうだと思います(笑)。でもいまのお話を聞いていて、“それは監督のほうが当てはまるな”と思いました。妥協が一切、ないですから。撮影中、監督には“もっと行ける”と背中を押していただき、100パーセントではなく、120パーセントの力を出せるような環境を作ってくださいました。だからこそ私も途中で逃げ出さず、わからないことをわからないままにせず、作品や役と向き合い続けることができました。監督が私を信じて寄り添ってくださる姿勢に、すごく助けられていました」

――『違国日記』の舞台挨拶のなかで、新垣結衣さんへ宛てた手紙で「そのままの自分でお芝居を続けていきます」とお話しされていたことも印象的です。早瀬さんがいま目指す俳優像とは、どのようなものでしょうか。

撮影を通して信頼関係を築いた中野量太監督と早瀬憩。インタビュー中も笑顔が絶えず、息ぴったり! 撮影/三角茉由
撮影を通して信頼関係を築いた中野量太監督と早瀬憩。インタビュー中も笑顔が絶えず、息ぴったり! 撮影/三角茉由

早瀬「お芝居に対する考え方やモチベーションは、このお仕事を始めたころから変わっていません。やっぱりお芝居が大好きで、演じることがとても楽しいので、息の長い俳優になれたらいいなと思っています。そして唯一無二でありたいなと思っています」

中野「早瀬さんは決して器用なタイプではないと思うんですが、いい意味で、不器用なままでいてほしいなと感じています。芝居って慣れてしまうと、器用にできてしまうものでもあって。それが必要な時もあるかも知れませんが、苦しいけれど、探究することを諦めず、そこから役を作り出していけるというのは、早瀬さんの武器だと思っています」

――中野監督にとっても、新たなチャレンジが詰まった作品となりました。

「難しいテーマだったからこそ、考え抜いて作品を作り上げました」 撮影/三角茉由
「難しいテーマだったからこそ、考え抜いて作品を作り上げました」 撮影/三角茉由

中野「自分の中では、一段階ステップアップできたという実感があります。人を殺めるという行為に真正面から向き合うことは、脚本を書き始めた段階から本当に苦しい作業でした。途中でプロデューサーに『人を殺さない映画にしませんか』と相談したほどです。それくらい難しいテーマだったからこそ、考え抜いて作品を作り上げました。最後まで考え抜くことができた。その経験自体が、自分にとっては大きな前進だったと感じています。

“家族とは?”、そして“赦しとは?”という問いは、答えの出るものではありません。僕がやらなければいけなかったのは、夕平と朝子にとっての家族や赦しとは、どのようなものなのかを追求していくことでした。夕平を赦すべきなのかという大袈裟なことを言うつもりは、まったくありません。残された人は、どのように生きていくのか。夕平と朝子の人生は、これから先も続いていくんだということを感じていただけたらうれしいです」

取材・文/成田おり枝

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ