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「涙が止まらない」「放心状態」13年前、“電撃引退”に騒然…『NHK紅白』の大舞台を彩った【国民的グループの創設者】

  • 2026.9.5
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EXILEが09年オリコン上半期ランキングトータルセールス1位 HIRO (C)SANKEI

長く芸能界で活躍しながら、ある日静かに表舞台を離れていく人がいます。今回は“引退を決断した芸能人”をテーマに、5名をセレクトしました。

本記事では第2弾として、20歳でダンサーとしてデビューし、自ら立ち上げたグループを国民的な存在へと押し上げながら、43歳で勇退を決断し、同年末に24年間のダンス人生に幕。以降はプロデュース業に軸足を移して新たな道を歩み続ける人物をご紹介します。

※本記事は、筆者個人の感想をもとに人選・制作された記事です
※一部、経歴やエピソードに関するネタバレを含みます

“ZOO”でのデビューから…24年間駆け抜けたダンス人生

今回ご紹介するのは、EXILE HIROさんです。

HIROさんは神奈川県の出身。1990年に「ZOO」のメンバーとしてデビューし、1995年の解散後もダンサーとして活動を続けます。ダンスへの情熱を絶やさず、次の場所を自ら切り拓いていく姿勢が、後のキャリアを形づくっていきました。そして1999年に「J Soul Brothers」を結成、2001年に「EXILE」と改名して再始動しました。

パフォーマー兼リーダーとしてEXILEを国民的グループへと押し上げたHIROさん。SNSには「ZOOの時代から知っていて、EXILEのパフォーマーの中でいつもひときわキレのあるダンスだった」「ZOOに憧れてダンススクールに行きましたよ」と、デビュー当時から見守ってきたファンの声も寄せられています。1990年代から2010年代まで、日本のダンスシーンの最前線を走り続けた存在でした。

「一区切りをつけ、新たなステージへ」43歳で下した決断

2013年4月、HIROさんは所属事務所LDHを通じて1通の文書を公開します。そこには年内でのパフォーマー引退が記されていました。

当時43歳、キャリア24年目の節目における決断であり、グループには在籍したまま役割を移行するという選択でした。

突然の発表にファンからは「ダンスしてるHIROさんみれなくなるなんて絶対ムリ」「いつかはこうなるってわかってたけどやっぱ信じられない」「涙が止まらない」「放心状態」と、惜しむ声が相次ぎました。

紅白のステージで飾ったラスト…拳を突き上げた最後の瞬間

パフォーマーとしての最後の舞台となったのは、2013年12月31日に放送された『第64回NHK紅白歌合戦』でした。

EXILEにとって9回目の出場となるステージで、HIROさんは以下のようにコメント。

「本当にたくさんの方に支えられて今の僕らがあると思っています」
出典:第64回NHK紅白歌合戦 (2013年12月31日放送)

曲の最後には天高く拳を突き上げ、24年間のダンス人生に幕を下ろしました。長年ステージを支えてきた背中が、最後まで力強く輝いた瞬間でした。

パフォーマー勇退後はプロデュース業に専念…文化庁長官表彰にも輝く

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Dリーグへの参画を発表したLDH JAPANの代表取締役会長兼社長CEOのEXILE HIRO (C)SANKEI

パフォーマー勇退後、HIROさんはプロデューサー業と経営に専念します。もっとも、経営者としての顔はこのときが初めてではありません。2002年にはEXILEのメンバーで出資し合って有限会社エグザイル・エンタテインメントを立ち上げ、2003年には有限会社スリーポイントとの合併を経て株式会社LDHとなりました。その功績は表現者としての枠を超えて評価され、2015年12月には文化庁長官表彰を受賞。ダンスパフォーマンスとボーカルを組み合わせた活動や、プロデューサーとしての活躍が、日本の芸術文化の振興に貢献していると認められました。

2017年からはLDH WORLDのチーフ・クリエイティブ・オフィサーとして世界基準でのエンタテインメント創造に情熱を注ぎ2023年10月にはLDH JAPANの代表取締役会長兼社長CEOに復帰しました。ダンサーとして始まった人生は、いま多くの後進の夢を支える立場へと形を変えています。表舞台に立つことだけが表現ではないと、その歩みが静かに証明しているのかもしれません。

※記事は執筆時点の情報です

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