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モリワキから世界王者へ! ワイン・ガードナーを頂点へ導いた「恐れず挑む」ライディング

  • 2026.8.26

モリワキレーシングに見いだされ、日本のレースファンから愛されたワイン・ガードナー。豪快なパワースライドを武器に世界GPへと駆け上がった一方、意外にも高速コーナーを「怖い」と感じていた時期があったという。それでも恐怖から逃げず、挑戦を続けることで弱点を克服していった。イラストレーター松屋正蔵が、世界の頂点へ向かったガードナーの走りと、その人間味あふれるエピソードを振り返る。

※この記事は過去に掲載された内容をもとに、WEB向けに再構成しています。

時は1983~84年。当時の僕は、全日本ロードレースに出会ったばかりでした。モリワキレーシングを追ったテレビ番組がさまざまな局で放送され、白地に黄色、水色、青を組み合わせたモリワキカラーのカッコ良さは憧れの的でした。

全日本ロードレースを知ると、次は世界GPへと興味が広がっていきます。各国の国内選手権で活躍するトップライダーが集まる世界GPは、いわばバイクレースのオリンピックのような存在でした。

すでに1977年には片山敬済さんがGP350クラスで世界チャンピオンに輝いていましたが、僕自身は日本人チャンピオン誕生の瞬間をリアルタイムでは知りません。「いつか、その瞬間を見てみたい!」という気持ちでいっぱいでした。

当時の日本には福田照男さんや平忠彦さん、八代俊二さんなど多くのトップライダーがいました。それでも、最高峰クラスで世界チャンピオンに手が届くのかといえば、まだ半信半疑だったのです。

そんななか、モリワキレーシングの森脇護さんがオーストラリアで見いだしたのが、ワイン・ガードナーさんでした。

モリワキのマシンを与えられたガードナーさんは、イギリス国内選手権と掛け持ちしながら、積極的に日本のレースにも参戦。鈴鹿8耐にも出場し、その走りは日本のファンだけでなく、ホンダ関係者の目にも留まります。

やがてホンダ・ブリテンから世界GPへの参戦を開始。大きな事故にも直面しながら試練を乗り越え、1986年にはついにHRC入りを果たします。当時、世界GPの中心人物だったフレディ・スペンサーさんのチームメイトになったのです。

日本のロードレースファンにとって、モリワキ出身のガードナーさんは特別な存在でした。「まずはガードナーに世界チャンピオンを獲ってもらおう!」。そんな気持ちで応援していたファンも多かったと思います。

その豪快なライディングを象徴していたのが、パワースライドでした。

ガードナーさん自身、「曲がり方が足りなくても、アクセルをワイドオープンにしてリアを滑らせれば向きを変えられる」といった趣旨のことを語っていました。日本との関係が深かったガードナーさんだけに、こうした逸話も数多く残っています。

なかでも印象に残っているのが、目の前に切れた高圧電線が垂れ下がっていたらどうするか、という話です。ガードナーさんは、何も起こらないかもしれないのだから、まず触ってみる――という趣旨の答えをしたといいます。

もちろん文字どおり真似をするような話ではありませんが、これはガードナーさんの「うまくいく可能性があるなら、まず挑戦する」という考え方を象徴するエピソードだと思います。

そんな豪快なガードナーさんにも、苦手なものがありました。

意外にも当時は高速コーナーが苦手で、とにかく怖かったそうです。

その恐怖を乗り越えるきっかけとなったのが、鈴鹿サーキットの高速コーナー、スプーンでの転倒でした。派手に転倒したものの、幸い大きなケガには至らず、この経験によって、それまで抱えていた高速コーナーへの苦手意識が解消されたといいます。

恐怖があるから避けるのではなく、それでも挑戦する。

ガードナーさんのチャレンジャーとしての姿勢を感じさせる話で、「面白い選手だなぁ、しかもモリワキ出身だし!」と、ますます好きになったことを覚えています。

そして1986年の開幕戦スペインGPでは、ついに世界GP初優勝を飾ります。

ピットへ戻ったガードナーさんは、うれしさのあまりNSR500に跨ったまま号泣したといいます。

豪快なパワースライドを見せ、リスクを恐れず挑戦する一方で、勝利に涙するほど人間味にあふれている。そんなところも、ガードナーさんが日本のファンから愛された理由だったのでしょう。

モリワキから世界GPへ羽ばたき、世界の頂点を目指したワイン・ガードナー。その走りだけでなく、恐怖にも正面から向き合うチャレンジ精神こそ、彼の大きな魅力だったのだと思います。

それでは今月はこの辺で。ワイン・ガードナーファンクラブ会員番号1030番、松屋正蔵でした。

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