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史上最年少、20歳で大河主演に大抜擢された“国民的女優”。クランクアップで泣き崩れた22歳

  • 2026.10.2
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宮﨑あおい-2006年5月撮影(C)SANKEI

20年前の2006年9月、NHK放送センターの記者会見場で、2008年放送の大河ドラマ『篤姫』の主演発表に臨んだ宮崎あおいは、まだ20歳だった。放送開始の時点でも22歳1カ月。大河ドラマの歴史において、史上最年少の主役への大抜擢である。

そのとき彼女は、同じNHKの連続テレビ小説『純情きらり』でヒロイン・有森桜子を演じ、その放送の真っ最中だった。会見で20歳の宮崎は、「この作品でも一人の女性をちゃんと生きることができるといいなと思います」と抱負を語った。

役を“演じる”のではなく、一人の女性の人生を“生きる”。20歳の若手女優が選んだその言葉は、20年後の彼女が語る言葉にも通じている。

台本にない涙がこぼれ落ちた『純情きらり』の10カ月

『純情きらり』で宮崎が演じた桜子は、愛知・岡崎から上京し、激動の戦中・戦後をピアニストへの夢とともに駆け抜けた女性だ。宮崎は朝ドラ恒例のオーディションを経ずに、ヒロインの座を射止めていた。

撮影を終えた翌月の会見で、宮崎は駆け抜けた10カ月間を、本当に幸せな時間だったと振り返っている。一人の女性の半生を10カ月もの長期間にわたって演じ続ける経験は、彼女にとって初めてのことだった。

そこで起きたのが、台本という設計図を超えていく現象だ。台本に“泣く”と書かれていないシーンであっても、桜子の心が波立てば、自然と涙が零れ落ちてしまう。宮崎自身、桜子として本当に“生きる”ことができたと感じていた。

大河の主役という次なる挑戦を前にしたとき、彼女の口からごく自然に出てきたのが冒頭の言葉だったのだろう。桜子の涙と、篤姫への決意。それは彼女のなかで、ひとつの確かな線で結ばれていた。

他の人には譲れなかった大役

当時の宮崎あおいの勢いは、まさに飛ぶ鳥を落とすものだった。『純情きらり』の好演に加え、前年に公開された主演映画『NANA』が興行収入40億円を超える大ヒットを記録。彼女は、最も注目される若手女優の一人に数えられていた。

朝ドラと大河ドラマの両方で主演を務めるのは、『ひまわり』と『利家とまつ』の松嶋菜々子以来の快挙だった。

この年の彼女はスクリーンでも輝きを放ち続けていた。6月に主演映画『初恋』、10月には玉木宏と主演した『ただ、君を愛してる』、12月には『純情きらり』で共演した西島秀俊との『海でのはなし。』と、主演作が相次いで公開される過密ぶりだった。

だが、そんな華々しい活躍の裏で、20歳の心は揺れていた。

『篤姫』の放送開始を間近に控えた2007年12月の合同会見で、宮崎は、『純情きらり』のころから成長していなければやってはいけないのではと思った、と当時の葛藤を率直に明かしている。大河の看板を背負う重圧と、自分自身の力量へのシビアな問いかけだった。それでも宮崎は、「他の人がやったら嫌だと思って」、前向きに考えるようになったと語っている。

大役の重さに怯む自分を認めつつも、篤姫という女性を手放したくないという強い執着と覚悟。宮崎あおいという女優の奥底にある、静かな炎が垣間見える言葉だった。

台本になくても家定を好きになっていた

こうして2008年1月に幕を開けた『篤姫』は、薩摩・島津家の分家に生まれ、徳川13代将軍・家定の正室となり、幕末の動乱期を生き抜いた天璋院篤姫の一代記だ。全50回の放送を通じて高視聴率を連発し、あまりの反響から本放送の期間中に第1回からの集中アンコール放送が組まれるという、大河ドラマとしては異例の展開となった。

2007年8月に始まった撮影は、2008年9月にクランクアップ。宮崎は可憐な10代の少女から、御台所、そして徳川の終焉を見届ける49歳までを演じ切った。

最後の収録を終え、これまでの歩みを振り返るVTRが流れると、宮崎は感涙した。夫・家定を演じた堺雅人から花束を渡されると、泣き崩れた。

印象的だったのは、堺との夫婦役についての宮崎の述懐だ。1年にわたり夫婦役を演じ、自然に感情を動かせたという。台本に好きになると書いてあってもなくても、好きになっているから演技が深くなる。そう語ったあと、彼女は「堺さん、大好きでした」と告白し、会場を沸かせた。

2年前の『純情きらり』では、台本に“泣く”と書かれていなくても涙が流れた。そして『篤姫』では、台本に指定されずとも、心から家定に惹かれていた。宮崎あおいにとって演技とは、あらかじめ決められた感情をなぞる作業ではなく、自らの魂を役に注ぎ込み、台本の“外側”で心を揺らすことなのだと思う。

18年ぶりの大河で重なるあの日

時は流れ、2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』に、宮崎あおいは織田信長の妹・市として帰ってきた。『篤姫』以来、実に18年ぶりの大河出演である。

出演にあたって宮崎は、18年ぶりの大河を本当に感慨深いと語った。『篤姫』で積み重ねた日々は一生の宝物であり、もう篤姫を演じられないと思うととてもさびしいと打ち明け、「今でも『篤姫』の話をすると、涙が出てきてしまうんです」と明かしている。彼女の役者人生において、それほどまでに深く刻み込まれた歳月だった。

劇中で市の娘・茶々を演じる井上和は21歳。宮崎が『篤姫』の撮影に入ったのも21歳のときで、当時の自分と同じ年齢の井上を見ていると、いろいろと感じることがあった。

長い期間ひとつの役を演じていると、どう演じようかと悩むことはある。けれど、感情の部分で迷うことは次第になくなっていく、と宮崎は言う。主演の仲野太賀が話していた、自分と役の境目がなくなってきているという感覚も、宮崎には本当によくわかるものだった。

20歳のあの日、記者会見の場で口にした、一人の女性をちゃんと生きたいという言葉。それは、若さゆえの純粋な憧れや理想だったのかもしれない。

だが、桜子と篤姫を魂ごと駆け抜けた今の宮崎あおいに宿っているのは、決して抽象的な理想論ではない。役と我が身の境界が溶け合い、感情の部分で迷わなくなる。あの現場で確かに掴み取った、かけがえのない“手触り”なのだ。


※記事は執筆時点の情報です

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