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出産と育児で8年、ドラマから離れた“知性派女優”。“すっぴん”で演じた20年前

  • 2026.10.2
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2006年11月、「GQジャパン メン・オブ・ザイヤー」でプレゼンテーターをつとめた菊川怜(C)SANKEI

20年前の2006年9月、菊川怜は松本清張原作のドラマ『松本清張スペシャル・蒼い描点』(フジテレビ系)で主演を務めた。放送を前に、菊川は犯人について、この人だと思ったら全然ハズレだったと明かしている。前年の『黒い樹海』に続く清張作品での主演。にもかかわらず、主演自ら白旗を揚げ、やはり清張さんはすごい、と原作者を称えたのだ。

そのうえで、視聴者に向けて放った言葉が小気味いい。皆さんにはだまされてほしいと呼びかけ、「勝負」を挑んだ。

手の内を明かして先に完敗を認めつつ、視聴者には挑戦状を叩きつける。主演作が続き脚光を浴びていた彼女は、その後いかにして松本清張の重厚な世界と対峙し、俳優としての表現を深めていったのだろうか。

複雑なパズルを解くように

『蒼い描点』で菊川が演じたのは、編集者の典子だ。担当する女性作家・阿沙子(黒田福美)の原稿を受け取りに箱根へ赴くが、原稿はまだ出来上がっていない。東京への帰途、以前阿沙子の文学賞のパーティーで見かけたジャーナリスト・田倉(大杉漣)が身を投げた現場に遭遇してしまう。やがて田倉が「盗作」をネタに阿沙子を恐喝していた事実が浮上し、典子は事件の暗部へと足を踏み入れていく。

サスペンスを演じる難しさは、非日常を自然に、あるがままに演じるところにある、と菊川は語っていた。原稿の受け取りという日常業務の延長線上で、突如として人の死に直面する。典子はまさに、日常と非日常の境界線をふと越えてしまう普通の女性だった。

とりわけ清張の原作は緻密を極める。台本は一度読んだだけでは全貌を掴めず、菊川自身「複雑なパズルのよう」と表現していた。何度も読み返し、組み直しながら登場人物の感情を考えていく。その微妙なさじ加減に苦心した。

刑務所の春とサスペンスの秋

この2006年という年は、菊川にとって役の振り幅を大きく押し広げた時期でもあった。

1月からのNHK金曜時代劇『出雲の阿国』に始まり、8月には『林家三平ものがたり』(テレビ東京系)、11月には『警視庁鑑識課<第9班>ミッドナイトブルー』(日本テレビ系)と、秋の清張ドラマを挟むようにジャンルを問わず出演が相次いだ。

とりわけ目を引くのが、5月に放送された主演作『塀の中の懲りない女たち〜宇都宮女子刑務所2006』(日本テレビ系)だ。「勝ち組」と称される人生から、ふとしたことで罪を犯し、受刑者となる曜子の役。閉ざされた女子刑務所の中で、女性同士の確執にさらされる役柄だった。こんなにいじめられる役は初めてかもしれない、と菊川は語っている。

その一方で、劇中はほぼ全員がすっぴん。菊川本人はそれも全然平気で、共演者たちとは女子高のような雰囲気で恋バナに花を咲かせていたのだから頼もしい。

理不尽ないじめに耐え忍ぶ春の受刑者から、死の真相を追う秋の編集者へ。どちらも、ふとしたきっかけで平穏な日常から奈落へと足を踏み外すヒロインだった。

10年で辿り着いた割り切れない人生

その後も菊川と清張作品の縁は切れることなく続いていく。『殺人行おくのほそ道』『山峡の章』とフジテレビのスペシャルドラマに名を連ね、2016年には清張作品5作目となる『一年半待て』で主演を務めた。

演じたのは、夫を殺した容疑で逮捕された妻・さと子(石田ひかり)を弁護する弁護士・高森滝子。これまで何度もドラマ化され、多くは容疑者であるさと子の目線から描かれてきた名作を、本作では弁護士・滝子の目線から描き直した。

発表にあたり菊川は、この作品を通じて「人生は割り切れないことだらけ」だと改めて感じさせられた、とコメントした。

10年前、台本を複雑なパズルに見立て、何度も組み直していた人が、5作目にして辿り着いたのは、割り切れないという認識だった。パズルなら、どれほどピースが複雑でも最後にはひとつの絵に美しく収まる。だが、清張が描く人間の情念や弱さは、整然とした論理の枠組みには収まらない。清張の世界に通い続けた10年が、菊川の視座を深めていったのだと思う。

謎を追う側から秘める側へ

『一年半待て』をひとつの節目として、菊川のドラマ出演は小休止に入る。出産と育児に追われ、気付けば8年という月日が流れていた。2024年の『買われた男』でドラマに戻り、2025年秋には映画『種まく旅人〜醪のささやき〜』で主演を務めた。役は、日本酒をこよなく愛する農林水産省の官僚だ。

そして今年2026年4月からの連続ドラマ『エラー』(テレビ朝日系)で、菊川は近藤紗枝という妻を演じた。紗枝は、ある女性の転落現場に居合わせて意識不明となった夫を、献身的に看病する妻だ。だがその裏で、損害賠償の請求を着々と進め、相手を追い詰めていく。何より彼女自身、夫がなぜその場にいたのか、心当たりを抱えている。

出演発表のコメントで菊川は、この役をいわゆる善人ではなく「毒や癖がある人物」と説明し、演じたことのない役なので自分でもとても楽しみだと続けた。思えば20年前の『蒼い描点』で演じた典子は、他人の秘密に翻弄されながら真実を追い求める側だった。対して2026年の紗枝は、献身的な妻の姿のまま、胸の内に心当たりを抱え込んでいる。

かつて犯人を当てられなかったと敗北を認め、視聴者に勝負を挑んだ菊川怜。20年後に演じたのは、物語そのものを不穏に揺らす、謎の発生源のような妻だった。


※記事は執筆時点の情報です

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