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“意識を失うほどの難産の末に…”15年前、妊娠8か月でランウェイに立った【カリスマモデル】海外で育てた息子が選んだ道とは

  • 2026.9.30
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2012年4月、ライフスタイルショップ「Maison de Reefur」のオープン記念イベントに参加した梨花(C)SANKEI

15年前の2011年9月、雑誌『sweet』の読者イベント『sweet collection 2011』のランウェイに、シークレットゲストとして梨花が姿を現した。

妊娠8か月の梨花は、ファンの「おめでとう」のコールに、大きくなったお腹をさすりながら笑顔で応えた。同年6月に妊娠を発表して以来、これが初めてのイベント出演だった。

イベントのあと報道陣の取材に応じた梨花は、「私がママになれるの? って感じでまだフワフワしてる」と心境を明かしている。

33歳の頃にはすでに同誌の表紙に立っていた人である。それなのに、母になることに対して微塵も格好をつけない。立派な抱負を並べ立てるのではなく、等身大の戸惑いをそのまま口にする。その飾らなさに、読んでいるこちらの肩の力までふっと抜ける。

最初は「向いていない」と思った番組

1993年にモデルとしてデビューし、一時期はバラエティ番組にも積極的に出ていた。イベントのわずか2週間ほど前には、4年間司会を務めた『世界!弾丸トラベラー』の最終収録を終えたばかりだった。

その最後の収録で、梨花は、番組が始まったころはレギュラー番組に向いていないと思ったこともあったと明かし、「丸4年続けることができました」と涙を見せた。共に司会を務めた南海キャンディーズのしずちゃん、中川翔子とは、全然ばらばらでキャラクターの違う3人なのに、なんだか心地よかったと振り返っている。

葛藤を抱えながらも目の前の役目を走り抜け、ひとつの区切りをつけた、その直後のランウェイだった。人に会うのが久しぶりで、声援をもらえるのがうれしいと、梨花は満面の笑みを浮かべていた。

バッハで寝てしまう胎教

ランウェイを歩く感覚は、妊娠前とは違っていた。お腹の中で赤ちゃんがコロコロ動いていたからだ。出産の予定は11月中旬で、順調だと明かした。

母になる実感はまだフワフワしていても、精神的にはめちゃくちゃ強くなった気がしていた。夫にも絶対に負けない気がするほどだ。お腹の子が女の子ならモデルに、男の子ならモデルにはせず職人とかにさせたい、ときっぱり言い切った。性別はもう分かっていて、職人になってほしい方だった。

そして飛び出したのが、胎教の話だった。そろそろバッハあたりを、と言いながら、「私はバッハを聞くと寝ちゃうんですけどね」と付け加えた。お腹の子への英才教育のつもりが、母親のほうが先に心地よくなって夢の中へ落ちてしまう。完璧なプレママ像とは程遠い、けれどこれ以上なくチャーミングな告白だ。

命懸けの出産と代官山の店

だが、命を迎えるまでの道は決して平坦ではなかった。11月、梨花は待望の第1子となる男児を出産する。しかし数日後に更新したブログで梨花が明かしたのは、赤ちゃんの首にへその緒が巻きつき、自身は意識を失って生死の境をさまようほどの難産だったことだった。我が子を初めて抱けたのは、次の日だった。

翌年4月、梨花は出産後初の芸能イベントに立つ。東京・代官山に開く梨花プロデュースのショップ『MAISON DE REEFUR』のお披露目会だった。「緊張します」と苦笑しながら、息子は夫と自分の両方に似ていると、幸せそうに報告した。

店には、2階のカフェに加えて授乳室もあった。今までは女の子に向けて発信することが多かった梨花が、この店では家族やカップルも迎えたいと呼びかけた。

カリフォルニアで見送る息子の背中

息子が3歳を迎えたころ、一家はハワイへと拠点を移す。決め手は、息子に合う学校が見つかったことだった。島での暮らしは10年におよび、その後、生活の拠点はカリフォルニアへと移る。挫けそうになりながら、がむしゃらに重ねてきた月日だった。

そして2026年6月、梨花はInstagramで、14歳になった息子の中学卒業を祝った。

実は梨花自身には、高校はニューヨークかボストンへ、というプランがあった。けれど、息子は違った。自分の意思でカリフォルニアに残ることを決め、高校も母が勧めていたのとは違う学校を自分で選んで、申し込みまで済ませていたのだ。息子が自分のプランとは違う道を選んだことを受け、梨花は、あとは信じて見守るだけで、親離れ・子離れの始まりだと綴った。

続く8月には、いよいよ息子の高校生活が始まると報告した。アメリカの大学は寮に入る子がほとんどらしいから、一緒に暮らすのはこれで最後かも、と添えた一文には、将来の巣立ちを思う母親の切なさがにじむ。

15年前に梨花が職人にさせたいと言い切った男の子が、どんな道を選ぶのかはまだわからない。けれど、彼はもう自分の足で立ち、自分の意思で未来を選び取れる青年に育っていた。

大きなお腹をさすりながら「私がママになれるの?」とフワフワしていた15年前の彼女に、あなたの息子はこんなにたくましく自分の人生を歩き出している、とそっと教えてあげたくなる。


※記事は執筆時点の情報です

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