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27年前、150万ヒットを達成。バブル期の「24時間戦えますか」から一転…無欲な【癒しの代名詞】ソング

  • 2026.9.27
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坂本龍一-2005年12月撮影

夜のテレビから、ふいに騒がしさが消える。バラエティの笑い声も、次々に切り替わるCMの音の洪水も途切れて、ピアノだけが鳴る。低い音が静かに揺れ、その上に短い旋律がひとつずつ置かれていく。歌はない。派手な展開もない。それなのに、ソファに沈んでいた身体が、少しだけ軽くなる。

1999年、この一瞬を家のなかで何度も味わった人は多い。あの旋律はCMから聞こえてきて、やがてシングルとして世に出た。そして、歌のないピアノ曲が大ヒットするという出来事を起こした。

坂本龍一『energy flow』(作曲:坂本龍一)ーー1999年5月26日発売

遠くへ行かずに同じ場所へ戻る旋律

『energy flow』の旋律は、短い。ひとつの節を言い終えると、少しだけ高いところへ登り、また同じ場所へ降りてくる。遠くへ行かない。急に高い音へ飛んで驚かせることも、サビで一気に開くこともしない。数小節の動きを、ほとんど同じ姿のまま繰り返す。

この「戻ってくる」感じが、曲の芯だ。ポップスの多くは、聴き手をどこかへ連れていこうとする。Aメロで溜め、サビで解き放ち、最後に一段高く持ち上げる。『energy flow』はその逆で、聴き手を動かさない。同じ高さへ、同じ速さで、何度も帰ってくる。だから聴いているうちに、次にどう動くかが身体でわかるようになる。先が読める安心が、そのまま心地よさになる。

坂本龍一といえば、映画音楽の壮大さや、YMO時代の尖った電子音を思い浮かべる人が多い。その人が書いたにしては、ここには難しいことが何ひとつない。単純だから凡庸、ではない。単純な動きをこれ以上削れないところまで整えたうえで、ただ置いている。

狙わなかったからこそ力みのない音になって

成り立ちを知ると、この佇まいの理由が見えてくる。『energy flow』はもともと、『リゲインEB錠』のCMのために書かれた短い曲だった。CMが評判を呼び、CD化が決まり、坂本本人がその短い曲に続きを書き足して、一曲として仕上げた。ヒットを狙って作り込まれた曲ではない。だから、ポップスの型が最初から入っていない。

坂本にとってCM音楽は、慣れた仕事でもあった。代表的なところでは日立やサントリーのCMなど、映像に寄り添う短い音楽を長く手がけてきた人だ。CMの音楽は画面の邪魔をせず、それでいて短い時間で印象を残さなければならない。『energy flow』は短い節で完結し、何度繰り返しても飽きない造りだ。その造りは、その仕事で磨かれた感覚の延長線上にある。

ただ本人は、ポップな曲を書こうという意識をまったく持っていなかった。それがキャリアでいちばん売れた曲になったことを、本人が驚きとともに振り返っている。狙わなかったからこそ、聴き手を動かそうとする力みが音に入らなかった。当時よく使われた言葉を借りれば「癒し」で、この曲がその代名詞として語られることもある。けれど曲そのものは癒そうともしていない。ただ流れている。その無欲さが、いちばん遠くまで届いた。

音の渦のなかで疲れた耳が選んだ速さ

シングルは6月の終わりに週間シングルランキングの1位へ上がり、そのまま4週連続で首位を守った。歌のないインストゥルメンタル曲が週間1位に立つのは史上初のことで、累計は150万枚超のミリオンに達し、1999年の年間シングルでも4位に入った。

歌もダンスもある華やかなヒット曲が並ぶなかで、ピアノだけの曲が4週も1位に居座った。この事実を、時代の空気で説明することはできる。長い不況のなかで、人々が疲れていた。同じブランドのCMがバブルの頃に「24時間戦えますか」と呼びかけていたことを思えば、10年後に同じブランドが静かなピアノを流したこと自体、時代の変わり目を映している。

けれど、時代の説明だけでは足りない。決め手は、旋律そのものが疲れた身体にちょうど合う速さと形をしていたことにある。テレビから流れる音の渦のなかで、ひとつだけ違う速さで鳴っている音があれば、耳はそこへ向く。『energy flow』はその「違う速さ」を、この上なく美しい形で持っていた。

形を変えても息づかいは変わらない

この旋律は、発売のあとも姿を変えながら生き続けた。2018年、『BTTB』の20周年再発を機に、発売以来初めてのミュージックビデオが作られた。同年にはタブラ奏者のU-zhaanが、この曲の冒頭部に太鼓の反復を重ねた『energy flow – rework』を坂本とともに完成させている。太鼓が加わっても、旋律の速さは変わらない。むしろ、あの静かな揺れの上に別の鼓動が乗ることで、もとの旋律がどれほど自然な脈を持っていたかが、はっきり聞こえてくる。

2023年3月に坂本龍一が世を去ったあと、Spotifyのバイラルチャートでは『Merry Christmas, Mr. Lawrence』が1位、『energy flow』が2位に並んだ。世界に向けて書かれた映画音楽と、日本の夜のテレビから流れた短いピアノ曲が、同じ人の同じ指から生まれて、同じ時期に聴き返された。

疲れて帰った夜に、ひとりで再生してみるといい。左手が揺れ、右手が旋律を置き、少し登って、また戻ってくる。その往復に付き合っているうちに、肩の力がどこへ抜けたのか、わからなくなる。言葉で励まさず、速さを変えずに、ただ隣で鳴っている。それが、この曲がずっと持ち続けている優しさの正体だと感じる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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