1. トップ
  2. エンタメ
  3. 22年前、【17歳の歌姫】が放ったディスコナンバー タイトルの由来になった“巨匠の名前”とは?

22年前、【17歳の歌姫】が放ったディスコナンバー タイトルの由来になった“巨匠の名前”とは?

  • 2026.9.26
undefined
2004年3月、さいたまスーパーアリーナでのBoAのライブより(C)SANKEI

歌番組とテレビのCMが、新曲の入り口だった頃の話だ。夕方から夜にかけてテレビをつけていれば、見慣れた顔が新しい曲を歌い、深夜には同じサビが15秒のCMに切り取られて流れてくる。ダンスナンバーは、踊りに行く場所の音楽である前に、家のテレビから日常へ流れ込んでくる音楽だった。

2004年の秋口、その回路の真ん中に、聴いた瞬間に体の重心が少し下がる一曲が置かれた。頭で聴く曲ではない。腰の位置で拍を受け取り、肩がそれに遅れてついていく。そういう種類の気持ちよさを、日本のテレビの前に運んできた曲である。

歌っていたのは当時17歳のBoA。彼女はこの曲に、自分が敬愛するソウルとディスコの巨匠の名前を、そのまま題として掲げた。

BoA『QUINCY』(作詞・作曲:Samuel Waermo/Marcus Dernulf/Jan Lysdahl/Harry Sommerdahl/日本語詞:康珍化)ーー2004年9月1日発売

巨匠の名前をそのまま看板にする大胆

『QUINCY』という題は、クインシー・ジョーンズから取られている。70年代から80年代にかけて、ソウルからディスコ、ポップスまでの音の中心にいた名プロデューサーの名前だ。BoA本人が、ディスコをやるなら真っ先に浮かぶのはこの人だ、という発想で名付けたと説明している。

名付けの理屈は単純である。だからこそ、その単純さに驚く。ダンスナンバーの題に、踊りの相手や夜の街の名前ではなく、音を作った側の巨匠の名前を置く。それは「この曲はあの時代のソウルとディスコの手触りでできている」という宣言であり、同時に自分の好みを隠さない表明でもある。

土台は昔の匂いで声は現在形

音の作りは3層になっている。旋律と原詞を書いたのは、Samuel Waermo、Marcus Dernulf、Jan Lysdahl、Harry Sommerdahlの4人。そこに康珍化が日本語詞を当て、h-wonderの編曲がソウルとディスコの路線で全体を仕上げた。海外で書かれた旋律に日本語を乗せ、日本で音に仕立てる。この時期のBoAが得意にしていた作り方が、ここでは題名の宣言どおりの方向へ振り切られている。

聴こえてくるのは、一定の拍で足元を刻み続けるビートと、その上で弾むように動く低音、そしてサビで一気に視界が開ける高揚の組み立てだ。難しいことをしていない。けれど、拍の刻みが揺れないからこそ、上に乗る声の跳ね方が際立つ。ディスコの気持ちよさとは、この「動かない土台と、動く上物」の関係のことだと、この曲を聴くとよくわかる。

BoAの声は、その土台に対して少し前のめりに乗る。語尾を伸ばして酔うのではなく、拍の頭に言葉を置きに行く歌い方で、聴き手の肩を先に揺らしにくる。康珍化の日本語詞は、そのリズムの上で言葉が踊りの一部になるように、短く区切られて聞こえる。詞の中身を追わなくても、音の一部として耳に残る。それがこの曲の詞の性格だ。

ここに、この曲が古びない理由がある。ソウルとディスコの型は、それだけなら懐古の音になりやすい。ところが、その型の上に乗っているのが若い声で、しかも拍に対して攻めている。下は往年の手触り、上は今の声。二つの時間が一曲のなかで同時に鳴るから、聴くたびに懐かしさと新しさの両方を受け取れるのだと感じる。この曲は、コーセー「Fasio」のCMソングにも起用された。

同じ年の冬の名バラードに続くタッグ

『QUINCY』で日本語詞を担った康珍化との仕事は、この一曲で終わらなかった。同じ2004年の12月、BoAは『メリクリ』を出す。冬の空気に寄り添うバラードで、作詞を担当したのが康珍化である。秋にディスコで腰を揺らした彼女が、冬には同じ作詞家の言葉でしっとりと歌う。ひとつの年のなかに、正反対の温度の2曲が、同じ日本語の書き手を挟んで並んでいた。

その年末、第55回NHK紅白歌合戦で彼女が歌ったのは『QUINCY』だった。第46回日本レコード大賞では金賞に選ばれている。

題に掲げた巨匠の名前に、音がきちんと応えた。宣言と実体がずれないからこそ、聴くたびに曲の狙いが伝わってくる。聴けば腰が先に動く。その一点で、17歳の大胆な名付けは正しかったのだと、いま聴き直しても感じる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

の記事をもっとみる

注目コンテンツ