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「誰かが噂してる」生理現象を歌った【美人女優】30年前、初主演に抜擢された“女子高生の物語”

  • 2026.9.25
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ともさかりえ-1996年7月撮影(C)SANKEI

「誰かが噂してる」。くしゃみが出た瞬間に、そう言って笑う人がいる。根拠なんてどこにもないのに、この一言だけは妙に信じたくなる。噂と、くしゃみ。どちらも自分の意思では止められず、出るときは勝手に出てしまう。

その二つを、片想いの真ん中に並べて置いた歌がある。好きな人に立った噂を確かめたい。でも、噂に振り回される自分にはなりたくない。平気な顔をしていても、胸の内では風に揺れる木のように落ち着かない。そんな心の動きを、くしゃみという誰にでも起きる小さな出来事に重ねた一曲だ。

ともさかりえ『くしゃみ』(作詞:秋元康/作曲:山口美央子)ーー1996年8月7日発売

歌うのは、若手女優として人気を集め始めた頃のともさかりえ。夏の入口、初主演映画の公開と足並みをそろえて世に出たこの歌は、噂と一緒に暮らす片想いの温度をそのまま閉じ込めている。

止めたいのに止まらない噂と心

詞の入口は、よく知られた迷信だ。風が吹けば、どこかで誰かがくしゃみをする。噂もそれと同じで、本人の知らないところで勝手に立ち、勝手に広がっていく。秋元康はその迷信を、恋の噂が耳に入った女の子の目線に置き換えた。

主人公は、好きな人と別の誰かの噂を聞いてしまう。信じない、と自分に言い聞かせる。けれど太陽を見上げてもまぶしいだけで、答えはどこにも書いていない。悔しさも嫉妬もある。それでも、これは自分を鍛えている途中なのだと言い聞かせて、平気な顔を選ぶ。

面白いのは、この詞が噂の真偽をひとつも明かさないところだ。確かめたい衝動と、確かめない意志。その揺れを、くしゃみのように自分では制御できないものとして描いている。抑えようとして抑えられない感情を責めるのではなく、生理現象と同じ扱いにしてしまう。この視点のやさしさが、片想いの歌を湿らせすぎずに済ませている。

ともさかりえの歌い口も、その設計によく合っている。飾らず、まっすぐで、悲しみを大げさに演じない。だからこそ平気な顔を選ぶ主人公の強がりが、聴き手には少しだけ透けて見える。透けて見える強がりほど、胸に残るものはない。

修学旅行前夜の空回りが同じ夏に重なる

発売の3日後、8月10日に映画『友子の場合』が公開された。本広克行監督の「ぼくたちの映画シリーズ」の一本で、ともさかりえにとっては映画初主演作。『くしゃみ』はその主題歌として、スクリーンと同じ夏に届いた。

物語の主人公・友子は、友人たちとの旅行で電車に乗り遅れてしまう女子高生。次から次へと災難に見舞われ、一人で空回りを重ねる。その姿と、噂に振り回されながら平気な顔を選ぶ歌の主人公は、どこか地続きに映る。どちらも、自分ではどうにもならないものに巻き込まれながら、それでも前を向こうとしている女の子だ。

1996年は、女優ともさかりえが歌う年でもあった。1992年に女優としてデビューし、1995年の『金田一少年の事件簿』で全国区の顔になった彼女は、この年の春に『エスカレーション』で歌手デビュー。本作の4週間前には別名義「さかともえり」でも1曲を出している。その流れの上に、映画とセットで世に出たのが『くしゃみ』だった。

落ち着かない詞を軽やかに運ぶメロディ

詞は落ち着かないのに、曲は軽い。この歌のいちばんの妙はそこにある。山口美央子のメロディは中速で軽やかに弾み、噂に揺れる心を重たく沈めない。強がりを歌う声が、ふわりと浮いたまま進んでいく。西平彰の編曲も、その軽さを損なわずに歌を前へ出している。

もしこの詞を重いバラードに乗せていたら、主人公の強がりは嘘になっていたはずだ。軽い曲だからこそ、平気な顔が本当に平気に聞こえ、そのぶん胸の内の揺れがかえって切なく響く。詞と曲の温度差そのものが、この歌の仕掛けになっている。

その旋律を書いた山口美央子は、もともと80年代初頭にテクノポップ系のシンガーソングライターとしてデビューした「シンセの歌姫」と呼ばれる人物だ。1983年のアルバム『月姫』は、シティポップ再評価の流れの中で2017年にCD化され、あらためて聴き直されている。85年以降は職業作曲家に転じ、CoCoや今井美樹らに曲を提供してきた。『くしゃみ』は、その提供曲の一つにあたる。

詞はプロデューサーである秋元康が手掛け、この頃のともさかりえに書かれた歌には、少女の嫉妬や噂といった口に出しにくい感情を素直に歌にしたものが目立つ。その時期の代表格として、『くしゃみ』を数えたい。

誰かのくしゃみで思い出す夏の揺れ

くしゃみは、今も誰かの隣で出る。電車の中で、教室で、まぶしい日差しの下で。そのたびに「誰かが噂してる」と笑う人がいて、この歌の一節を思い出す人もいる。

噂を確かめたい気持ちと、確かめない自分でいたい気持ち。その揺れは、30年前の夏に閉じたわけではなく、片想いをしたことのある人なら誰の中にも残っている。この歌が愛おしいのは、その揺れを「止めなさい」と言わないところだ。くしゃみと同じで、出るものは出る。だったら、平気な顔をしながら揺れていればいい。ともさかりえの飾らない声が、そう言っているように聞こえる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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