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60万枚超の代表曲、その直前に何があった? 名前を変えたユーミンが立ち上がるまで

  • 2026.9.16
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1991年3月、第5回「日本ゴールドディスク大賞」で対象を獲得した松任谷由実(C)SANKEI

誰かを支えたいのに、うまい言葉が出てこない夜がある。逆に、自分こそ支えてほしいのに、つい強がってしまう朝もある。

そういう時にそっと寄り添ってくるのが、この歌だ。慰めの言葉を並べるのではなく、「守ってあげたい」と先に言ってしまう。その一言の潔さに、聴くたび肩の力が抜ける。

松任谷由実『守ってあげたい』(作詞・作曲:松任谷由実)ーー1981年6月21日発売

いまや誰もが知る代表曲だが、この歌を書いた当時のユーミン自身は、じつは守られる側に近い場所に立っていた。そこから読み始めると、この曲の温度が少し違って聴こえてくる。

静けさの中に届いた大仕事

1976年に結婚し、荒井由実から松任谷由実へ名を改めたあと、ユーミンには商業的に振るわない時期があった。名前を変えるということは、それまでの名で積み上げた聴き手との約束を、いったん白紙に近い場所へ戻すことでもある。新しい名前の歌が、まだ誰の記憶にも定着していない。そういう時間が数年続いた。本人が後年、映画プロデューサーの角川春樹との対談でその頃を振り返り、この曲での再浮上と、依頼をくれた角川への感謝を語っている。

依頼が来た時の感覚を、本人は大きな仕事が舞い込んだ、という趣旨で回想している。この言い方に、当時の心細さがにじんで見える。名前を変え、生活が変わり、それでも歌を作り続けている最中に、映画の主題歌という大きな器が向こうから届いた。その手応えを本人が忘れていないことが、この曲の出発点を物語っている。

つまり『守ってあげたい』は、余裕のある人が誰かに手を差し伸べた歌ではない。立ち上がる途中の人が、それでも「守ってあげたい」と口にした歌だ。そう読むと、サビの明るさが、単なる優しさではなく、書き手自身への励ましにも聴こえてくる。

映画の依頼を自分の歌に変えるまで

依頼の中身は、角川映画『ねらわれた学園』の主題歌だった。1981年7月公開、主演は薬師丸ひろ子、監督は大林宣彦。シングルは映画に先立って6月に発売され、劇場より先に街で耳にした人も多かったはずだ。

作詞・作曲はユーミン自身、編曲は夫の松任谷正隆。夫婦で仕上げた一曲だが、正隆の仕事はあくまで歌を支える側にある。依頼仕事という枠の中で、映画の物語に寄せすぎず、かといって映画を無視もせず、自分の言葉で歌える一曲に落とし込んでいく。その距離の取り方に、ユーミンという作家の腕が出ている。

守る側に回った歌の主語

この歌の主語は、守られる女ではなく、守る女だ。男が女を守るのが当たり前の顔をしていた頃に、女の側から「守ってあげたい」と歌う配置は、当時の耳には新鮮に響いたのではないかと感じる。少なくとも、この歌に救われたという声が、女性だけでなく男性からも上がるのは、その配置と無関係ではない。

相手が何に悩んでいるのかを、歌詞は具体的に言わない。だから聴き手は、恋人にも、友人にも、家族にも、かつての自分にも、この歌を重ねられる。余白を残したまま「守ってあげたい」とだけ言い切る。その潔さが、40年を越えて歌い継がれる理由に映る。

英語で繰り返される「You don't have to worry」という一節も、聴き手を包む。心配しなくていい、と言われて心配が消える人はいない。それでも、そう言ってくれる人がいるだけで、夜は少し短くなる。作り手が歌い手でもあるからこそ、この主語は借り物にならず、本人の声のまま届く。

ユーミンの声は、甘く包み込む種類の声ではない。だからこの「守ってあげたい」は、涙声の慰めではなく、隣に並んで立つ人の宣言として聞こえる。

もうひとつ、題名の語尾に目を向けたい。守ってあげる、ではなく、守ってあげたい。約束ではなく願いの形で終わっている。守り切れる保証はどこにもないと知っている人の言葉だ。だからこの歌は重くならない。聴き手に何も要求せず、ただ願いだけを置いて去る。そこに、低迷のさなかで書いた人の誠実さを感じる。

映画館の暗がりから街へ染み出していく

この曲は1981年の年間ランキングで10位に入り、累計で60万枚を超える大ヒットになった。数字そのものより、その数字の中身を思い出したい。

映画を観に行く。予告編やCMで曲が流れる。街のレコード店で盤を手に取り、家に帰って針を落とし、歌詞カードを眺めながら何度も聴く。1981年の共有の型は、そういう手触りの連なりだった。誰かに勧められたわけでもなく、気づけば口ずさんでいた。そういう届き方をした曲だからこそ、記憶の中の情景と一緒に残っている。

歌い継がれて聴く側を守る歌に

2020年、第71回NHK紅白歌合戦の特別企画で、ユーミンはこの曲を紅白で初めて歌った。先の見えない年の暮れに、40年近く前の歌を本人が差し出した。この選曲の意味は重い。守ってあげたい、と歌う相手が、恋人から、画面の向こうの不特定多数へと広がった瞬間に映る。

歌い継ぐ人も絶えない。2022年にはJUJUがカバーアルバム『ユーミンをめぐる物語』でこの曲を歌い、2023年には乃木坂46が小室哲哉のプロデュースで新たなバージョンを届けた。世代も声質も違う歌い手が、同じ主語を引き受けて歌う。

低迷の底で「守ってあげたい」と口にした人が、まず自分を立ち上がらせた。その歌が、今度は聴く側の背中に手を当てている。誰かを支えたい夜に、この歌を流してみてほしい。言葉が出てこなくても、歌が先に言ってくれる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

(文・篝火花かほり)

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