1. トップ
  2. エンタメ
  3. 「頑張れ」ではなく「もうすぐだ」と歌った うまくいかない夜に肩を組みにくる100万枚の逆転劇

「頑張れ」ではなく「もうすぐだ」と歌った うまくいかない夜に肩を組みにくる100万枚の逆転劇

  • 2026.9.16
undefined
1989年11月、「'89ひとめぼれコンテスト決勝大会」に出席したバブルガム・ブラザーズ(C)SANKEI

うまくいかない一週間の終わりに、誰かに肩を叩いてほしい夜がある。慰めの言葉はいらない。ただ、まだ終わっていないと言ってくれる声が欲しい。

そんな夜に、宴席の隅で誰かが歌い出すと、居合わせた全員がサビで声を合わせてしまう歌があった。歌詞を全部は知らなくても、あの掛け声のところだけはみんなが知っていた。

バブルガム・ブラザーズ『WON'T BE LONG』(作詞・作曲:Bro.KORN)ーー1990年8月22日発売

出た瞬間に日本中が振り向いた歌ではない。それなのに、気がつけば誰もが歌えるようになっていた。その転がり方の痛快さが、この曲を特別にしている。

憧れの映画をなぞるように本気で鳴らしたソウル

バブルガム・ブラザーズは、Bro.KORNとBro.TOMの2人組だ。どちらもお笑いの畑から出てきた人であり、結成の核にあったのは映画『ブルース・ブラザース』への憧れだった。黒いスーツにサングラスの2人組が、笑いを挟みながら本物のリズム・アンド・ブルースを鳴らす。あの映画の構えを、日本で本気でやろうとした。

ここで大事なのは、笑いに逃げなかったことだ。お笑いやコミックバンド出身の2人がソウルやファンクを冗談の道具として使うのではなく、真面目に、汗をかいて鳴らしたところに、このユニットのコンセプトの芯がある。見た目のギャップは入口にすぎず、いざ再生すれば、弾むリズムと厚みのある伴奏、そして合唱を誘うサビの高揚が、ちゃんと黒人音楽の文法で組まれている。

1990年前後の日本で、ソウルやファンクはまだクラブや一部の音楽好きの領分に置かれていた。そこへ、お笑いの人が真剣なソウルを歌いに来る。冗談だと思って聴き始めた人が、サビで一緒に声を出している。笑いを入口にして、黒人音楽の熱を一般の耳にまで運んでしまった手際こそが、この2人にしかできない仕事だった。

借り物ではない自前の歌が降りてきた

作詞と作曲はBro.KORN。誰かに書いてもらった歌ではなく、自分たちが日々鳴らしていた音の延長にこの曲がある。借り物の黒人音楽ではなく、自前で書いて自前で鳴らしたソウルだから、サビの高揚に嘘がない。その手触りが、聴いていて気持ちいい。

Bro.KORNの声は太く、朗らかで、押しつけがましくない。張り上げても暑苦しくならず、聴き手を叱咤するのではなく肩を組みに来る歌い口だから、酒の席でも路上でも、誰もが一緒に声を出せる。技巧の誇示ではなく、自分の声の太さをそのまま差し出す歌い方。その率直さが、この曲を「うまい人の歌」ではなく「みんなの歌」にした。

深夜の生放送で火がついた春から

発売直後の反応は、決して大きなものではなかった。火がついたのは、1991年春のことだ。フジテレビの『オールナイトフジ』最終回の生放送で、とんねるずがこの曲を2度オンエアした。番組が終わると、局には問い合わせの電話が鳴りやまなかった。

宣伝の仕掛けで火をつけたのではない。テレビの中で番組を作っている人たちが、自分たちの好きな歌として生放送でかけ、それを聴いた人がレコード店へ走った。誰かに押しつけられて聴いた歌ではなく、好きな人が好きだと言ったから広まった歌。

推定の累計は100万枚を超えた。笑いの人の本気のソウルが、日本中に届いた規模だ。折しもカラオケボックスが街に増えていった時期と重なり、この曲は「誰かが歌うと場が一つになる合唱曲」として定着していった。

発売から半年以上たってから火がつき、そこから1年近く聴かれ続けたという遅咲きの曲線は、この歌がテレビの露出で消費されたのではなく、歌った人の口から口へと運ばれたことの証だと感じる。流行の速度ではなく、歌の体温で広まった。

大晦日の幕開けを任された笑いの人たち

1991年の年の瀬、バブルガム・ブラザーズは第42回NHK紅白歌合戦に初出場する。しかも白組のトップバッターだった。春に深夜の生放送で火がついた曲が、年末には一番大きな舞台の幕開けを任される。この1年の転がり方には、痛快という言葉しか思いつかない。

1991年という年は、日本経済の浮かれた熱がゆっくりと引き始めた頃だ。派手な景気の話題が減り、なんとなく先が見えにくくなっていく。そんな空気の中で、大晦日の白組の先頭に立ったのが、前を向かせる歌を歌う2人だったことに、この年の気分の答え合わせを感じる。沈みかけた気分をもう一度持ち上げる歌が、いちばん大きな舞台の入口に置かれた。

『ブルース・ブラザース』に憧れて始めた冗談みたいな夢が、日本のいちばん大きな歌番組の幕開けで実現した瞬間だった。

挫折の先に置かれたもうすぐの合図

タイトルの『WON'T BE LONG』は、直訳すれば「そう長くは時間がかからない」。つまり、もうすぐだ、という合図だ。歌が描くのは、うまくいかない日々を経て、それでも前へ進もうとする決意で、その決意にこの一言が添えられる。うまくいっていない人に向かって頑張れと迫るのではなく、もうすぐだから、と隣で言う。この距離感が、この歌のやさしさの正体だと感じる。

1991年は『愛は勝つ』や『どんなときも。』のような前向きな歌が街に満ちた年でもあり、この曲もその系譜に並ぶ。ただ、この歌だけはソウルの弾むリズムで前を向かせる。うつむいて決意するのではなく、手を叩きながら決意する。しかもサビの頂点に置かれているのが日本語の説得ではなく英語の短い一言だから、意味を噛みしめる前に口が動く。歌詞の重さを、掛け声の軽さが運んでいる。

2006年にはEXILEと倖田來未がこの曲をカバーした。これもまたヒットしたため、「EXILEの曲だと思っていた」という若い聴き手もいるはずだ。その入口からオリジナルに戻ってくると、Bro.KORNの太い声と、あの弾むリズムのぬくもりに、あらためて驚くはずだ。

踏ん張りが要る週の終わりに、この曲を再生してみる。サビで自然と声が出て、もうすぐだ、と自分に言い聞かせている。36年前に笑いの人たちが本気で鳴らしたソウルは、いまも、うまくいかない誰かの肩を叩くために鳴っている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

(文・篝火花かほり)

の記事をもっとみる

注目コンテンツ