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初対面の日に両家へ…イケメン俳優とアイドルの電撃婚から28年。交際前に始まっていた家族との縁とは

  • 2026.9.9
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2000年6月、出産後に退院で取材に応じる松本明子(C)SANKEI

初めて会った日に、もうお互いの親と食事やカラオケを楽しんでいた。松本明子と本宮泰風の出会いは、両家の親を交えたにぎやかなものだった。交際を申し込んだのは松本だ。結婚を見据えたその申し出を、本宮は約1カ月後に受け入れた。恋人になる前に両家への紹介が済んでいた二人は、どうやって結婚へ進んだのだろう。

初めましての日から親も一緒

きっかけは、ドラマの撮影現場だった。松本と共演していた原田龍二のもとへ、弟の本宮が訪ねてきた。そこで原田から紹介され、二人は出会った。

その日はみんなで食事に行く話になったが、原田やほかの人たちには次の用事があり、残ったのは二人だけ。その二人が足を運んだのは、お互いの家族がいる場所だった。松本の家では両親と夕食を囲み、本宮の家族とはカラオケなどを楽しんだ。一日のうちに、双方の親と顔を合わせていたのだ。

この段階では、二人は知り合ったばかりの先輩と後輩。恋人を紹介するための訪問ではなかった。まず家族と食卓を囲む機会がやってきたところに、この出会いのおもしろさがある。

交際を申し込んだのは松本

松本の側には、初対面から本宮への好意があった。そして、自分から結婚を見据えた交際を申し込む。将来の結婚を考えられるなら付き合いたい。難しいなら早めに知らせてほしい。相手に求める関係を、はっきり示したのだ。

本宮はその場では答えを出さず、返事を保留した。申し出から約1カ月後、交際を受け入れた。この申し出と承諾が、二人で結婚を考える関係へ進んだ節目になる。

相手の家に行くことと、これからを一緒に考えること。その二つの間をつないだのは、松本からの働きかけと、本宮自身の返事だった。初日の展開がどれほど早くても、恋には二人で向き合う段階があったのである。

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1998年6月、松竹映画『ジューンブライド』初日舞台挨拶に登壇した本宮泰風(C)SANKEI

母のひと押しが指輪になる

交際が進んでも、デートの場所はお互いの実家だった。いつもどちらかの親がそばにいて、松本は本宮が留守の日にも両親に会いに行った。家族の集まりに恋人も加わる、という日常ができていた。

家を建てる際の地鎮祭には、松本も招かれて家族の席に座っていた。原田への交際報告はまだ済んでおらず、弟の恋人がそこにいることで、兄も二人の関係を知った。出会いをつないだ原田への報告より先に、松本の席が家族の中にできていたのが、なんともほほえましい。

結婚に向けては、本宮の母が具体的に動いた。息子の貯金額を確かめ、指輪の購入に充てるよう促したのだ。交際相手を迎えるだけでなく、指輪を用意する段取りにまで加わっていた。

実家へ通う松本がいて、結婚の準備を進める母がいる。家族の近さが、指輪の用意という具体的な動きになって表れている。二人が交際を始めた先で、親も結婚を支える役割を担っていた。

今度は妻の母と暮らす

二人が結婚したのは1998年。新婚生活の場所は、本宮の実家だった。出会いの日に訪れた相手の家が、今度は自分の暮らす家になる。家族との付き合いは、結婚後の生活にもつながった。

その後、松本の父が亡くなり、実母が一人で暮らすようになると、本宮から母との同居を提案した。息子の幼稚園入園を機に、松本の母との暮らしが始まった。

松本が夫の家で暮らし、今度は本宮が妻の母と暮らす。親と近い距離で過ごす二人の生活は、双方の家族に開かれていた。出会いの頃のにぎやかな交流は、こうして日々をともにする暮らしへと形を変えていく。

家族との縁を育てた二人

二人の歩みで目を引くのは、恋人として紹介する前に、家族と過ごす時間が始まっていたことだ。そこで松本が望む関係を示し、本宮が応じる。周囲のにぎやかさの中にも、二人の選択はきちんとある。

初対面の日から両家に迎えられ、交際を重ね、結婚後は互いの親とも暮らした。異例だったのは、その順番だ。家族との縁が先に生まれ、二人が意思を確かめることで、夫婦への道がつながっていった。


※記事は執筆時点の情報です

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