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衝撃作『ドラマなふたり』、真の悪役は誰なのか?【ネタバレ】

  • 2026.8.21
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※この記事は映画『ドラマなふたり』のネタバレを含みます

A24による最新作『ドラマなふたり』が、ついに日本でも公開された。アリ・アスターとラース・クヌードセンがプロデュースし、クリストファー・ボルグリがメガホンをとったこの映画は、アメリカでもさまざまな議論を巻き起こしたが、多くの人の話題に上ったのが、「この物語の真のヴィラン(悪役)は一体誰なのか?」という問いだ。

予告編ではゼンデイヤ演じるエマがヴィランだと示唆しているように描かれているが、本作を観た人は、ここで少し立ち止まって考えてみてほしい。

多くの人は、アラナ・ハイム演じるブライズメイドのレイチェルこそ、本作の“真のヴィラン”だと結論づけている。確かにそう考える理由は十分にある。彼女は若い頃にひどい悪事を働いており、彼女が実際に「実行した」事実の方が、エマが「実行しなかった」事実よりも悪質だという見方もできる。

さらに彼女は、他人に「逃げないで」と最も深い恥部を告白させるようけしかけておきながら、いざ打ち明けると突き放すというひどい手のひら返しで場をかき乱す。おまけに音信不通になり、結婚式当日は酔った状態で皮肉たっぷりのひどいスピーチまで披露する。体調不良などの適当な理由で式を欠席することもできたのに、だ。

ママドゥ・アティエとアラナ・ハイムが演じる、マイク&レイチェル夫妻 © 2026 Dramatic Movie Rights LLC. All Rights Reserved.

なおレイチェルは、自身の悪事――近所の子を森の奥の物置に閉じ込め、逃げたこと――について告白したあと、「その子はどうなった?」とチャーリーに聞かれたとき、最初は「知らない」と答えている。だが、話を続けるうち「大丈夫。生きて発見されたから」と付け加えており、彼女の話がどこまで本当なのかも、正直なところ不明だ。

しかし、筆者はそれでもレイチェルはこの物語の真のヴィランではないと主張したい。なぜなら、暗い過去を打ち明けた結婚相手を見捨てるのは、彼女ではないから。その不名誉な称号は、ロバート・パティンソン演じる新郎のチャーリーに与えられるべきではないだろうか。

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チャーリーの罪は、生身の人間ではなく、幻影に恋をしているように見えること。結婚式のスピーチを考えながら、彼はエマの魅力をひとつずつ挙げていく。例えば、どんなに“耳障り”でもかわいい彼女の笑い声。初めてエマと出会ったときは、彼女と話すきっかけを作るため、彼女が読んでいた本を知っているフリをして、初デートまでその嘘を突き通したとも白状する。さらには2人のセックスライフもスピーチに盛り込みたいと言いだし、そこにベッドシーンのフラッシュバックが重なり合う(ママドゥ・アティエ扮する友人マイクは賢明にも、スピーチでその話題は避けるようチャーリーに忠告するが……?)。

チャーリーは確かにエマを「愛して」いたのだろう。しかしそれは、彼女の人間性や過ちを受け入れる余地を残さないものであり、本当の愛とは到底呼べないものだった。なぜなら、彼女が心の奥底にある最もダークな部分を明かした途端、彼は耐えられなくなってしまったから。完璧な人生と完璧な未来の妻という理想にヒビが入るやいなや、彼は冷静さを失い、あろうことか浮気にまで走ってしまう。自分の感情を整理するため? それとも復讐? 一体どんな言い訳ができるというのだろう。

告白ゲームの最中、エマが「悪い事したことないの?」と聞くシーンがあるが、エマは正しい。彼女が学校での銃乱射事件を計画していたと打ち明けたのと同じテーブルで、チャーリーはかつて同級生に対し激しいネットいじめを行い、ターゲットの家族を引っ越しにまで追い込んだと告白しているのだ。彼も、決して聖人君子ではない。しかも彼は嘘をつき続けるうえ、共感性に欠けてもいる。

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ただ、誤解のないように筆者が伝えておきたいのは、決してエマの計画を擁護しているわけではないということ。映画の中でエマは、いじめられ、その反動で恐ろしいプランを思い描いた悲しい女子高生から脱却すべく、懸命に努力を重ねて生まれ変わった人物として描かれている。

ただ、エマが本当にあの恐ろしい行為に踏み切る人物だったと、この映画が十分な説得力をもって描けているかについては疑問が残る。何かを想像することと、それを実行することは同じではない。たとえその想像が、どれほど不穏で不快なものだったとしても、だ。それは本作の描き方における欠点なのかもしれないが、エマがあの衝動を行動に移していたとは、どうしても信じがたく感じられる。

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結婚とは本来、相手を自分の想像上の存在としてではなく、ありのままの姿で受け入れることのはず。エマとチャーリーの結婚式が地獄絵図のような状況になったのは、結果としては良かったとも考えられる。というのも、チャーリーは「良きときも悪いときも、病めるときも健やかなるときも」という誓いの意味を、まったく理解していなかったようだから。

恐ろしいことを計画していた人物に同情しながらこの映画を観終えるとは、驚くべき経験だが、もしかするとこれこそが本作の真の狙いなのかもしれない。少なくとも、エマは正直だった。

From COSMOPOLITAN US

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