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人生のビジョンは描けないまま。「行き先未定」を楽しんでみる【#50代のリアル】

  • 2026.8.19

「ビジョンがない自分」にずっと引け目を感じていた

突然ですが、私、ほとんど流されるように生きてきました。50歳になった今も、明確なビジョンなんて何一つありません(笑)。誤解のないように言っておくと、別に「意図的に行き当たりばったりな生き方を選んできた」わけではないんです。昔から、どうしても先々の未来を具体的に思い描くことが苦手だったのです。

仕事の相談の場では、よくこんなアドバイスをされます。 「3年後、5年後のなりたい姿を描き、そこから逆算して今すべきことを実行しよう」と。未来から逆算してロジカルにステップアップしていく。ビジネス界隈だとそれは、当たり前のことなのかも知れませんけれどそんな話を聞くたびに、私は密かにざわつくのです。「逆算して計画を立てられない自分は、指導者として、一人の大人として、浅いんじゃないか……」と。ずっとそれが、私のコンプレックスでした。

コントロールを手放した先に広がる景色

50歳という節目を迎えて、しみじみと思うことがあります。「昔の自分がどれだけ頭を捻っても、今立っているこの場所は想像すらできなかったな」と。想像すらできなかった場所にたどり着くということは、描けないところに未来があるということだとも言えます。

私たちはつい、人生のすべてを自分の手でコントロールしようと力んでしまいがちです。自分の人生は自分でコントロール出来るのだと錯覚に陥ることがある。けれど、ヨガで「コントロールすること」を学ぶと同時に、「自分ではコントロールできない領域は、大きな流れに身を委ねること」も大切にするように、人生にもコントロールできない委ねるべき領域があるような気がするのです。

過去の私がどれほど計画を練ったところで、いま見ている景色や出会えた人々なんて、当時の私には1ミリも想像すらできなかったことばかりでした。だとしたら、ビジョンを描けない自分をそんなに責める必要はなかったのかもしれません。

「今の延長上」にしか、未来は存在しない

ビジョンがあろうと、なかろうと。 ゴールを決めていようと、行き先未定のままでいようと。結局のところ、「今の延長上にしか、未来は存在しない」ということには、変わりない真実なのでしょう。未来をコントロールすることにエネルギーを使うよりも、いま自分が立っている場所をしっかり確認しよう。正解に縛られず、両足で「今」という瞬間に立とう――。50歳になった今、私はそう思っています。

明確な未来を描けなくても、焦る必要なんてありませんよね? 今この瞬間を自分らしく、大切に重ねていくこと。その営みこそが、ちゃんと私たちらしい未来を作っていってくれるはずだから。

どこに辿り着くか分からない「行き先未定」の旅だからこそ、途中の景色を味わう余白がたくさんあります。コントロールしようとする手の力を少し緩めて、今目の前にあることに丁寧に向き合ってみる。もしも私と同じように行き先が見えないことに不安を感じている方がいたら、今の延長線上に広がるまだ見ぬ景色を、風に吹かれながら、軽やかに楽しんでいきませんか?

井上敦子

15年間の会社員生活を経てヨガ講師に転身。不眠症をヨガで克服した経験を持つ。リラックスが苦手だった経験から、ヨガニードラを通じてリラックスの本質を伝えるクラスを展開。週に8本のヨガニードラのレギュラークラスを持つ他、指導者養成講座やコラム執筆等ヨガニードラの普及に努めている。

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