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「その格好で大丈夫なのだろうか」私服で葬儀に来ていた女性。だが、服装だけを見ていた自分が恥ずかしくなったワケ

  • 2026.8.16

参列者は、ごく身近な人だけだと聞いた

1年ほど前、長く付き合ってきた友人が亡くなった。

知らせてくれたのはご主人だった。電話口の声は落ち着いていたけれど、ときどき言葉が途切れた。

「本人の希望もあって、小さな家族葬にすることにしました」

参列するのは、ご主人と息子さん2人、数人の親族。それに、生前親しくしていた人が何人かだけだという。私も、その中のひとりとして声をかけてもらった。

友人は明るくて世話好きで、知り合いも多い人だった。だから最初は、そんな少ない人数で見送ることに、少しだけ寂しさを感じた。

けれど、ご主人は静かに言った。

「大勢に来てもらうより、最後は身近な人たちと過ごしたいって、前から話していたんです」

その言葉を聞いて、私は何も言えなくなった。

服装よりも、そこに来たことのほうが大切だった

当日、会場には前のほうにだけ椅子が並べられていた。

参列者は本当に少なく、名前を確認しなくても、誰が来ているのか分かるほどだった。

その中に、喪服ではない人がひとりいた。暗い色の普段着に、黒いスニーカー。周囲が喪服だっただけに、最初はどうしても目に入った。

正直に言えば、一瞬だけ「その格好で大丈夫なのだろうか」と思った。

けれど、その人は席に着いてからずっと俯き、読経が始まると背筋を伸ばして手を合わせていた。

事情があって喪服を用意できなかったのかもしれない。急いで駆けつけたのかもしれない。そう考えると、服装だけを見ていた自分が少し恥ずかしくなった。

式が終わり、最後のお別れの時間になった。

ご主人が棺のそばに立ち、友人の顔をしばらく見つめていた。続いて息子さんたちや親族が花を手向けていく。

最後に息子さんのひとりが、静かに声をかけた。

「母さん、今までありがとう」

大きな声ではなかった。それでも、静かな会場だったからこそ、その一言がまっすぐ胸に届いた。

ふと見ると、黒いスニーカーを履いていた人も、少し離れた場所から深く頭を下げていた。

その姿を見たとき、人数が少ないことも、服装が揃っていないことも、もう気にならなくなっていた。

帰り際、ご主人が私に頭を下げた。

「来てくださって、ありがとうございました」

「こちらこそ、呼んでくださってありがとうございました」

立派な祭壇や大勢の参列者がなくても、見送る気持ちまで小さくなるわけではない。あの日の静かな式を思い出すたび、私はそう感じている。

※本記事は、GLAMが独自に実施したアンケートで寄せられた50代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています。

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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