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84歳の私が“はるか昔の私”へ宛てた手紙——「あっという間だったわ」毎日、声を上げて笑うといい

  • 2026.8.3

84歳の私が“はるか昔の私”へ宛てた手紙——「あっという間だったわ」毎日、声を上げて笑うといい

21年後の未来の自分へ手紙を書く——。そんなユニークな試みをしたのは、88歳のニューヨークのベストセラー作家です。人生後半で見つけた幸せをつづった『老いることの驚きと幸せ これから年を重ねていくあなたへ、88歳の作家からの手紙』(アスコム刊)から一部抜粋して、その興味深いやり取りをご紹介します。第4回は、「84歳のわたしからわたしへ」。

84歳のわたしからわたしへ

(105歳時に開封のこと)
2020年12月12日


おそらくこれが、21年おきに自分へ宛てて書いてきた手紙の4通目で最後のものになるだろう。今回わたしは、未来の自分に宛ててではなく、はるか昔の自分に向けて書いているのだと思う。来週やってくる自分の誕生日を前にして、祖母の80歳の誕生祝いの集まりを思い出す。家族が農場に集まったあの日、祖母は感慨深げにこうつぶやいた。「あっという間だったわ」。まだ少女だったわたしは笑いをこらえるのに必死で、祖母の言葉をまったく理解できていなかった。というのも、わたしの人生はまだまだゆっくりと進んでいる最中で、胸躍る瞬間のひとつひとつが心と記憶に深く刻まれる日々を送っていたからだ。

でも今ならわかる。あっという間だった。そして、さまざまなことがあった。

なんという人生だったろう。なんという世界だったろう。豊潤で、多彩で、そして充実していた。抗い難く、避けられないこともあったけれど、それでも恵みに満ちていた。

20歳か21歳の頃に人生の夢を描いたとして、どんなに破天荒な未来図を想像したところで、自分を見くびる結果となっていただろう。あのときには到底思いつかなかった歓びと幸せに満ちた奇跡のような人生が、実際には目の前に広がったのだ。人生にはさまざまなものが満ちていた。味覚や聴覚を愉しませてくれるもの、悲しみや嘆き、希望や慰め、人からの励まし、体験の数々、そして愛。その愛はただ恩寵によって惜しみなく注がれたものだ……。これを書きながら涙がこぼれている。胸の奥が謙虚と感謝の念でいっぱいだ……。

この年齢に達した今、高みから広い地平を見渡すように振り返ると、言ってしまったこと、やってしまったこと、あるいは言うべきときに言わず、すべきときにしなかったことへの悔いや自責の念で胸が詰まる。それに加えて、無知で不器用なくせに、自分はうまくやれていると思い込んでいた少女に対する、不思議なほどの同情も湧き上がってくる(もっとも、今だって大して器用ではない。ただ歳月を重ねれば、いやでも人は多少なりとも学ぶものだ)。もしかすると、この手紙の宛て先はあの頃の自分なのかもしれないし、あるいは今の自分なのかもしれない。

要はこういうことだ——わたしは何ひとつわかっていない。

大好きだった義母のドーシーが以前こう小声で言っていた。「昔はね、何でも知っているつもりだった。でも今は、何ひとつわからないの」

まさに今のわたしの気持ちそのものだ。こんなに年月を重ねてなお、どうしてこれほど学ぶべきことが多いのだろうか。


<中略>

愛しい人よ、かつてわたしだった小さな少女よ、伝えたいことがある。聞いてもらえるだろうか。

完璧である必要はない。わたしたちは皆、ただの人間なのだ。自分はまだまだだと、人はいつから思い込むようになったのだろう。完璧でなければいけないと、いつ刷り込まれたのだろう。あるいは、何かを成し遂げなければ(本を執筆したり、発明や発見をしたり、家や土地を手に入れたりしなければ)人から愛されないと、いつから信じ込むようになったのだろう。そしてなぜ、愛されることのほうが、自分自身を愛で満たし、その愛を滝のようにあふれさせて——世界に——注ぐことよりも大切だと思い込んでしまったのだろう。

......ただ幸せであればいい。悪いことが起こるのではないかと心配するのは、その悪いことが本当に起こるように祈っているのと変わらない。 どんな思いも、考えること自体が祈りになる。だから、愛しい人よ、自分の考えを静かに見つめてごらん。そしてこう自問してみるといい。自分は今、求めているのか、それとも与えているのか、と。

正真正銘の祈りは、幸せを願う祈りだけだ。まだ到来していない未来という池に、釣り糸を垂らしてはならない。無用な恐れを抱いたり、過去の過ちを必要以上に悔いたりして、自分を苦しめてはならない。失敗はただのメッセージだ。次はどうすればもっと首尾よくできるかを教えてくれているにすぎない。

毎日、声を上げて笑うといい。

モリーはインドに暮らす友人のダイアンから今日こう言われたそうだ。「わたしは『安らかに眠れ』なんて決まり文句が大嫌い。死ぬときに静かに永遠の眠りに身をゆだねるなんてだめ。安らかに眠るなんて考えず、問題や困難を克服し続ける人生を選ぶべきよ」

モリーからこの話を聞いて、思わず声を出して笑ってしまった。憂鬱だった気持ちもすっかり消えた(今日はつらい1日だったのだ)。そう、怖がらずに、良いことも悪いこともすべて受け入れて、豊かに生きていけばいいのだ。

わたしはこんなに贈り物を授かってきた……おそらくあと10年くらいしか残されていないだろうけど、この地球、このエデンの園、苦しみと歓びの学び舎(や)、愛を注ぐこの場所を、心ゆくまで愛でることができるだろう。

未来のわたしよ、幸せで健やかであれ。あなたは充実した人生を歩んだのだ。

愛をこめて
ソフィ

著者紹介

ソフィ・バーナム

1936年生まれ。アメリカの作家、劇作家、エッセイスト、詩人。著書16冊を刊行している作家であり、そのうち3冊は「ニューヨーク・タイムズ紙」のベストセラーとなっている。作品は26言語に翻訳されており、ノンフィクション、小説、短編、詩、戯曲、ドキュメンタリー映画、児童文学、ラジオドラマなど、多岐にわたるジャンルで執筆活動を行っている。世界各国で配信された記事やエッセイも数百本にのぼる。日本で翻訳されている著書に『天使の本』(ジャパン・タイムズ)がある。

この記事は『老いることの驚きと幸せ これから年を重ねていくあなたへ、88歳の作家からの手紙』ソフィ・バーナム著・柴田幸裕訳(アスコム刊)をウェブ記事用に再構成したものです。

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