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32年前、クレーンの先端に立つ映像が目に焼きついた 「足の裏がひやり」とする夏の終わりの疾走曲

  • 2026.8.25
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2000年11月、東京・日本武道館での氷室京介ライブより(C)SANKEI

地上数十メートル。そびえ立つクレーンの先端に、人がひとり立っている。まわりには空と鉄骨しかない、途方もない一枚絵。ミュージックビデオの中の光景だとわかっていても、見ているこちらの足の裏がひやりとする。あの高さの記憶とセットで思い出される曲がある。ソロの氷室京介が1994年の夏の終わりに放った、突き抜けるようなビートナンバーだ。

氷室京介『VIRGIN BEAT』(作詞:松井五郎/作曲:氷室京介)ーー1994年8月29日発売

真似されるほど強かった一枚の絵

この曲は、音より先に「あの絵」とともに語られることが多い。クレーンの先端に立つ映像の途方もなさは、曲名を忘れていても場面だけは覚えている、という形で回顧されることも珍しくない。

実際、あのシーンについては「本当にあの高さに立っていたのか」という問いが後年まで交わされ続けている。真偽の詮索ごと楽しまれるくらい、見た者の記憶に爪を立てた映像だったということだ。

歌番組の派手なセットでも、ライブの熱狂でもなく、たった一枚の視覚イメージが曲の看板として記憶される。これはヒット曲の残り方としてかなり珍しい部類だろう。

歌番組ではなくCMが顔と声を運んだ

もうひとつの入り口が、テレビCMだった。この曲は「カメリア・ダイヤモンド」のCMソングとして起用されている。宝石の輝きを映すきらびやかな映像に、鋭く駆け抜けるあの声。取り合わせとしては意外なほど硬質なのに、これが妙に噛み合っていた。

ダイヤモンドの冷たい光と、氷室の声の張りつめた質感。どちらも研ぎ澄まされたものだけが持つ緊張感でつながっていたからだろう。番組の合間に何度も流れ込んでくるうちに、氷室のファンではない人の耳にもサビの熱がいつのまにか刷り込まれていった、という回顧は少なくない。

思えば1994年は、ヒットの届き方が変わりつつある時代だった。みんなで同じ歌番組を見て一緒に歌う型ではなく、CMやラジオ、店頭で断片を浴びるうちに気づけば口ずさんでいる型。誰に教わったわけでもないのに、街を歩いているだけで曲が体に入ってくる。そういう空気の伝染が、まだテレビとラジオを中心に成立していた時期でもあった。

初登場でいきなり頂点に立った実勢

『VIRGIN BEAT』は1994年9月12日付の週間ランキングで、初登場のまま1位に立った。前触れの助走なしに、いきなり頂点である。発売を待ち構えていた人たちが、最初の1週間で一斉に動いた形だ。予約して、初日に買いに走って、その熱がそのまま順位に刻まれた。最終的な累計は50万枚超に達している

このシングルは、前作『KISS ME』から1年8ヶ月ぶりに届いたソロ通算10枚目の作品。シングルを次々に切るのが当たり前だった時代にあって、これはかなり長い間隔だ。待たされたファンの渇きは相当なものだったはずで、だからこそ、久々に鳴ったこの疾走感は、ただの新曲以上の解放として受け止められた。1年8ヶ月ぶんの飢えを一息で満たしにくる、そういう鳴り方をしていた。

あの高さがいまも目に浮かぶ

30年あまりが過ぎても、この曲のイントロが鳴ると、あのクレーンの上の一枚絵がよみがえる。危なっかしくて、大げさで、でも笑えないほど格好いい。考えてみれば、それはこの曲そのものの姿でもある。落ちる寸前の高さでしか出ない声の切迫と、それを平然と歌いこなす余裕。曲の疾走とあの高さは、記憶の中でもう分かちがたく溶け合っている。

音楽の聴き方がすっかり変わったいまも、耳にした瞬間に体温が2度ほど上がる感覚は当時のままだ。高いところから一気に駆け下りてくるようなあのビートは、32年経ってもまるで錆びていない。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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