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100年前の名車を”普通のバイク”として乗る──ブラフシューペリアSS80と生きる男

  • 2026.7.30

約100年前に造られたブラフシューペリアSS80を、休日になれば当たり前のように走らせる。「バイク・イズ・バイク」。そう笑うイギリス人のハンフリー・スミスさんにとって、この歴史的名車は博物館に飾る存在ではなく、人生をともに楽しむ相棒だ。12年をかけたレストア、大破事故からの復活、そして「所有ではなく預かっているだけ」という独自の哲学。その生き方は、ヴィンテージバイクとの向き合い方そのものを教えてくれる。

「バイク・イズ・バイク」──100年前の名車も、特別扱いはしない

福岡県・糸島の海沿いに、野太い排気音が響く。

低く力強いエキゾーストノートに、サイドバルブエンジンならではの軽快なメカニカルノイズが重なる。その独特なサウンドを奏でながら走るのは、1928年製のブラフシューペリアSS80。世界中のコレクターが憧れる、英国を代表するヴィンテージモーターサイクルだ。

ハンドルを握るのは、イギリス出身のハンフリー・スミスさん。

「バイク・イズ・バイク」

100年前の名車を”普通のバイク”として乗る──ブラフシューペリアSS80と生きる男
Brough Superior SS80

そう笑う彼にとって、このSS80は美術館に展示するための骨董品ではない。休日になれば糸島の海岸線を流し、気が向けばツーリングへ出掛ける。100年近く前の名車であっても、あくまで"走ってこそ価値があるバイク"なのだ。

その考え方は、世界中のヴィンテージバイク愛好家の中でも少し珍しいかもしれない。

レストアして磨き上げるだけでは終わらない。普通に走り、楽しみ、もし壊れれば直す。それがハンフリーさんにとって、ごく自然な付き合い方なのである。

英国から糸島へ──自然に惹かれ、人生を託した場所

ハンフリーさんが日本へやって来たのは34年前。

きっかけは、九州に住む友人を訪ねた旅行だった。

地図を眺めていて目に留まったのが、糸島の入り組んだ海岸線だったという。

「なんだか、すごくいい場所だなと思ったんです」

その直感は間違っていなかった。

ロンドンから北東へ車で約2時間半。人口約600人の小さな村、ウォータムで育ったハンフリーさんは、農場を営む父のもとで自然に囲まれて育った。

100年前の名車を”普通のバイク”として乗る──ブラフシューペリアSS80と生きる男
Brough Superior SS80

山があり、海があり、空が広い。

イギリスの故郷とどこか重なる景色が、糸島にはあった。

「もちろん、住めばいろいろありますよ」

流暢な日本語でそう笑ったあと、少し間を置いて続ける。

「でも、糸島の自然は本当に好き。それにイオンもあるからね(笑)。日本の田舎はイオンがあれば大丈夫ですよ」

冗談を交えながら語る姿は、どこか英国紳士らしいユーモアを感じさせる。

ヴィンテージに興味はなかった。それでもブラフシューペリアに惹かれた理由

意外にも、若い頃からヴィンテージバイクに夢中だったわけではない。

きっかけは、一人の友人だった。

興味を持って調べ始めるうちに、各メーカーが創業初期に造ったモデルには、後年のモデルにはない純粋さがあることに気付いたという。

「最初だからこその真面目なモノづくりがあるんです」

その中でも、1919年創業のブラフシューペリアは特別だった。

創設者ジョージ・ブラフが追い求めた性能と美しさ。

当時世界最高峰とも言われた性能。

100年前の名車を”普通のバイク”として乗る──ブラフシューペリアSS80と生きる男
Brough Superior SS80

そして、一台ごとに職人が仕立てるビスポークという考え方。

単なる旧車ではなく、一つの文化として存在していることに強く惹かれた。

そして2005年。

日本国内で一台の1928年式ブラフシューペリアSS80と巡り合う。

ほぼオリジナルパーツを残した奇跡的な個体だった。

しかし、その時はまだ走れる状態ではなかった。

だからこそ、彼は迷わなかった。

「直して、また走らせよう」

その決断が、12年にも及ぶレストアの始まりだった。

12年を費やしたレストア──「走る姿」を取り戻すために

手に入れた1928年式ブラフシューペリアSS80は、理想に近い個体だった。

ほぼオリジナルのパーツを残しながらも、自走できる状態ではなかったのである。

しかし、ハンフリーさんは落胆しなかった。

「いつか走らせる」

その思いだけを胸に、レストアを始めた。

イギリスにはヴィンテージバイク文化が深く根付き、ブラフシューペリアを知り尽くした職人や仲間がいる。必要な部品や修理は現地へ送り、国内でもできることは自ら手を掛けながら、一歩ずつ作業を進めていった。

完成までに費やした時間は、実に12年。

効率だけを考えれば決して合理的とは言えない。それでも、ブラフシューペリアという歴史ある1台を未来へ残すためには、その時間こそが必要だった。

そして完成したSS80は、再び糸島の道を走り始めた。

始動は儀式、走りは感動──100年前のバイクが教えてくれること

SS80のエンジンを始動させることは、現代のバイクのようにセルボタンを押すだけでは終わらない。

オイルタップを開き、燃料タップを開ける。

ティクラーを押して混合気を濃くし、点火時期を調整する。

チョークを操作し、スロットルをわずかに開けながら慎重にキックを踏み下ろす。

一つひとつの動作には意味があり、そのすべてを終えて初めてエンジンは目を覚ます。

「僕以外の人は、あまりやらない方がいいかな(笑)」

そう笑うハンフリーさんだが、その一連の操作もまた、このバイクを楽しむ時間の一部だ。

現代の電子制御車のような便利さはない。

だからこそ、ライダーは常にバイクと対話しながら走ることになる。

「私はバイクもクルマも、シンプルで軽いものが好きなんです。

もちろん最新技術を否定するつもりはありません。でも、操作を覚え、機械を理解し、自分で動かす楽しさは、昔のバイクならではですね」

複雑な操作は、決して不便ではない。

むしろ、それが走ることへの集中力を高めてくれるという。

1920年代に時速128km/h──世界最高峰と呼ばれた理由

ブラフシューペリアが「バイクのロールスロイス」と称される理由は、美しい外観だけではない。

1920年代当時、このSS80は世界最高峰の性能を誇るスポーツバイクだった。

搭載するのはJ.A.P.製998ccサイドバルブVツインエンジン。

約30馬力を発生し、「SS80」の"80"は時速80マイル(約128km/h)の最高速度を意味している。

当時としては驚異的な数字だった。

「1920年代のライダーからすれば、『そんな速度を出したら体がバラバラになる』と思われるくらい速かったんですよ(笑)」

さらに独創的なフレームやキャッスルフォーク、使い勝手を考えた格納式サイドスタンドなど、性能だけでなく実用性にも徹底してこだわっていた。

ジョージ・ブラフが目指したのは、単なる高性能車ではない。

世界最高のモーターサイクルだったのである。

大破したSS80。それでも「また乗ろう」と思えた理由

2018年7月2日。ハンフリーさんにとって忘れられない出来事が起きた。

いつものようにブラフシューペリアSS80で優先道路を走行していた時、左の路地から一台のワンボックスカーが近付いてきた。

「ドライバーとはしっかり目が合っていました。だから、こちらの存在には気付いていると思っていたんです」

しかし、車は止まらなかった。

SS80は激しく衝突し、大きな損傷を受ける。ハンフリーさん自身も足を骨折し、手術を受けることになった。

「医者には1カ月は入院した方がいいと言われました。でも、自分の足よりSS80の方が心配だったんですよ(笑)。早く退院して、バイクを見たかった」

結局、約2週間で退院。翌日には別に所有するヤマハSR400で走り始めていたという。

事故によってバイクに乗ることが怖くなることはなかった。

「もし自分の運転が原因だったら、しばらく乗らなかったかもしれません。でも、あの事故は明らかに私の責任ではありませんでした。だから精神的なダメージはなかったんです」

一方で、大破したSS80を目にした時の衝撃は大きかった。

12年という長い歳月をかけてレストアし、ようやく思い描いた姿を取り戻したばかりだった。それだけに、傷ついた愛車を前にした時の無念さは計り知れない。

それでも、ハンフリーさんが心を痛めた理由は、「自分のバイクが壊れた」という単純なものではなかった。

「ブラフシューペリアは、もともとオーナー一人ひとりの要望に合わせて仕立てられたビスポークのバイクなんです」

創業当時のブラフシューペリアは、一台ごとに仕様が異なる特別な存在だった。製造時の仕様だけでなく、歴代オーナーの記録まで受け継がれており、ハンフリーさんのSS80も1928年の初代オーナーから現在まで、その歴史をたどることができるという。

「その資料を見ていると、自分はオーナーというより、このバイクを一時的に預かっている管理者なんだと感じるんです」

100年前の名車を”普通のバイク”として乗る──ブラフシューペリアSS80と生きる男
Brough Superior SS80

だからこそ、壊れたままにはしておけなかった。

再びイギリスへ送り、修理とレストアを重ねること約3年。2021年、SS80は再び糸島の道へ帰ってきた。

「SS80に乗っていると、よく『見せてください』と声を掛けられます。信頼できそうな人には『乗ってみる?』と言うんですが、みんな遠慮するんですよ(笑)。でも、私にとっては特別な展示品じゃない。普通のバイクなんです」

100年近い時を生きてきた名車も、現代のバイクも、本質は変わらない。

走ってこそ価値があり、楽しんでこそ意味がある。

「バイク・イズ・バイク」

その一言には、ハンフリーさんがブラフシューペリアと歩んできた人生、そしてヴィンテージバイクと向き合う哲学が凝縮されていた。

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