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藤原かんいちのドリーム・ジャーニー|vol.03 夫婦で挑んだ地球縦断――スーパーカブで北南米を走る

  • 2026.7.9

原付バイクによる世界5大陸走破。その最後の舞台に選んだのは南北アメリカ大陸だった。妻ヒロコさんとともにスーパーカブで挑んだ北南米大陸縦断。地球の果てを目指した夫婦の旅は、一生忘れることのできない体験の連続だった。

夫婦のスーパーカブで北南米大陸縦断へ

最後の地となる南米は、妻のヒロコとふたりで行くことにしました。さらに壮大な旅にしたいと考え、北はカナダのイヌビックから、南はアルゼンチンのウシュアイアまでを走り抜ける「北南米大陸縦断の旅」を計画。バイクは、運転が得意ではないヒロコの身を案じ、クラッチ操作がなく、タイヤが大きくて扱いやすいスーパーカブを選びました。

1997年7月、カナダのバンクーバーをスタート。まずはバイクで行けるカナダ最北の地・イヌビックまで北上、そこからアメリカ、メキシコへと南下していきました。

中米では、マヤ遺跡を巡り、ルチャリブレ(プロレス)を観戦、スペイン語学校に通うなど、これまでの過酷な旅とは一味違う、体験を楽しみました。

パナマからは飛行機にバイクを載せて南米コロンビアへ。赤道を越えて、ついに南半球へと突入します。

ペルーではナスカの地上絵やマチュピチュ遺跡に感動し、アンデス山脈の標高4,000m地帯では激しい高山病に苦しみました。

しかし、念願だったボリビアのウユニ塩湖でキャンプは、一生忘れることのできない宝物となりました。

アルゼンチンでは、現地の人々と何度もジューシーなバーベキューを囲みました。

旅は決して順調なことばかりではありません。

標高の高いアンデスでは息苦しさとの戦いが続き、強烈な向かい風や荒れた路面に苦しめられることもありました。

それでも、夫婦ふたりで力を合わせながら、一歩ずつ南を目指して走り続けました。

藤原かんいちのドリーム・ジャーニー|vol.03 夫婦で挑んだ地球縦断――スーパーカブで北南米を走る
北南米大陸縦断の旅。バイクで行けるカナダ最北端の地・イヌビックから、ひたすら南へ。目指すは地球の果て、南米最南端のウシュアイア。
藤原かんいちのドリーム・ジャーニー|vol.03 夫婦で挑んだ地球縦断――スーパーカブで北南米を走る
ボリビアのウユニ塩湖でキャンプ。360度見渡す限り白い塩の大地が広がっている。夢に見ていた景色、こんな場所はほかにはない。

パタゴニアに入ると、今度は猛烈な強風が待ち受けていました。

スーパーカブが横風で押し流されそうになりながらも、必死にハンドルを握り続けます。

そして1999年1月。

ついに南米最南端の街・ウシュアイアが見えてきました。

北米最北部から南米最南端まで。

長い時間をかけて走り続けてきた旅の終着点です。

その景色を目にした瞬間、熱い感動が込み上げてきました。

原付バイクによる「世界5大陸の旅」を果たした私は、それまでのデザイナーの職を辞し、旅を職業とする“旅行家”へと転身しました。

ちなみに、この「旅行家」という肩書きは、自分で考えて作ったものです。

旅を続けているうちに、旅そのものが人生になっていました。

2000年には、毎日現地からインターネット生配信をしながら日本一周をする、当時としては最先端の旅を実現。

2001年には「三輪の原付バイクで、国道を一切走らずに日本縦断ができるか?」という風変わりなチャレンジ旅。

2002年にはホンダ・APE100に夫婦ふたりでタンデムして日本を縦断するなど、新しい旅のスタイルにも挑戦していきました。

そんな時、次の人生を変える出会いが訪れます。

それは、まだ世の中にほとんど知られていなかった「電動バイク」でした。

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