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東直子さんが選ぶ「令和の短歌」|テーマは「運ばれていく時間」

  • 2026.7.26
mutarusan / Getty Images

日本では古くから、人々が日々の気持ちを短歌に託して表現してきました。ここでは、現代の感性で日常を切り取った「令和の短歌」を、歌人の東直子さんが選び、毎回さまざまなテーマに沿ってご紹介します。今回のテーマは「運ばれていく時間」です。

下くちびるゆつくり出して目を閉ぢる昼の電車の中の赤子は

栗木京子『夢のあとさき』(2026年)

【東直子さんの講評】

電車で偶然見かけた赤ちゃんのことを詠んでいるのだろう。「下くちびるゆつくり出して目を閉ぢる」と、じっくり観察している。赤ちゃんのこんな表情を確かに見たことがある。「昼の電車」ならではの平和の象徴のようだ。

歌集では、この歌の直前に「来世紀のロボットたちは息絶えるとき祈るのか立ち上がるのか」、直後に「身体が上下に裂かるる恐怖もてクリミア橋の爆破を見たり」と不穏な歌に挟まれている。

世界が荒めば、公共の空間に於いてこんなふうに無防備に眠ることはできないだろう。つやつや光る赤ちゃんの愛らしい唇のイメージが、その反転として残酷さを強く訴えかけてくる。作者の平和への祈りが込められた一首でもあるのだ。

鳥の名の新幹線の窓に射すひかりがきみの手のひらに乗る

水須ゆき子『風の心臓』(2026年)

【東直子さんの講評】

ハヤブサ、ツバメ、カモメ、トキと、鳥の名前がついた新幹線はいくつもある。この歌ではあえてそれを特定しないことでさまざまな方向に想像が広がっていく。鳥の背中に乗って空をすいすいと飛ぶイメージも連れてきて、楽しい。

そんな新幹線の「窓に射すひかり」は、清々しい。しかもその「ひかり」について、「乗る」という動詞を使って軽く擬人化していることもポイントだろう。

鳥のような自由な存在が、窓からふっと入ってきて「きみの手のひら」にちょこんと乗ったようで、ファンタジック。新幹線の中で何もせず、手持ちぶさたにしているようで、なんだか充足している。「きみ」への愛情の深さもさりげなく伝わる。

この日最後の一輛列車がやがて着く波音をのせ西へゆくべく

寺井淳『埒(らち)にいる鳥』(2024年)

【東直子さんの講評】

この歌で描かれた「最後の一輛列車」は、都心の最終列車とは異なる穏やかな風情がある。夜もそれほど深くはなく、乗客もまばらだろう。海沿いを走っていて、波音が窓から聞こえてくる。「波音をのせ」とあるので、波音も乗客の一人のようだ。

どこへ行こうとしているのか。もちろん終点へ向かっているのだが、「西へゆくべく」としか書かれておらず、どこまでも西へ西へと進んでいきそうである。

西といえば仏教用語の西方浄土を思い出す。西へ進めば辿り着くという安楽の世界、極楽浄土のことである。一輛きりのこころもとなさと、ごくわずかな人間だけが乗っている特別な心地と共に列車は進んでいく。胸に広がる景色が神秘的で美しい。

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ひがしなおこ◯歌人、作家。広島県生まれ。1996年に第7回歌壇賞、2016年には小説『いとの森の家』(ポプラ社)で坪田譲治文学賞を受賞する。歌集『春原さんのリコーダー』(ちくま文庫)、小説『ひとっこひとり』(双葉社)、エッセイ集『魚を抱いて 私の中の映画とドラマ 』(春陽堂書店)など著書多数。最新刊は掌編『フランネルの紐』(河出書房新社)。

文=東 直子 編集=吉岡博恵

『婦人画報』2026年8月号より

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