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鎮痛薬アスピリンが太ったマウスの「うつ状態」を改善した――体重は1グラムも減らないまま

  • 2026.7.24
鎮痛薬アスピリンが太ったマウスの「うつ状態」を改善した――体重は1グラムも減らないまま
鎮痛薬アスピリンが太ったマウスの「うつ状態」を改善した――体重は1グラムも減らないまま / Credit:Canva

中国の西安交通大学(XJTU)で行われた研究によって、脂っこい食事で太ったオスのマウスに現れたうつ病のような行動が、アスピリンを与えると改善することが示されました。

驚くべきは、その改善の仕方です。

アスピリンを与えたマウスの体重は、1グラムも減っていませんでした。

体脂肪も血糖値もコレステロールの数値も悪いままでした。

それなのに「うつ病のような状態」が改善したのです。

私たちは長らく、太るから気分が落ち込むのだと考えてきました。

ところがこの結果は、体重を経由しない別の道が、食事と心のあいだに通っている可能性を示しています。

なぜアスピリンは、太ったマウスのうつ病のような状態を改善したのでしょうか?

研究内容の詳細は2026年7月15日に『Molecular Psychiatry』にて発表されました。

目次

  • 脂ぎった食事でマウスはうつ病のような状態になる
  • アスピリンでマウスのうつ病のような状態が改善した

脂ぎった食事でマウスはうつ病のような状態になる

脂ぎった食事でマウスはうつ病のような状態になる
脂ぎった食事でマウスはうつ病のような状態になる / Credit:Canva

揚げ物、菓子パン、締めのラーメン。

食生活が乱れたとき、私たちが真っ先に気にするのは体重計の数字です。

しかし体重計には映らないもう一つの変化が、体の奥で静かに進んでいるかもしれません。

それは、気分の落ち込みです。

太っている人ほどうつ病を抱えやすいことは、疫学の世界では以前から知られていました。

けれど、その理由は意外なほど分かっていません。

太ったから動きづらくなって気分が沈むのか。

それとも、太ることと気分が沈むことの間には、もっと別の配線が隠れているのかは不明でした。

そこで今回研究者たちは、その原因をマウスを使った実験で調べることにしました。

調査に当たってはまず、生後3週のオスのマウスに、カロリーの60%が脂肪という極端な餌を与え続けました。

すると予想通りマウスは太り始め、やがて行動にも変化が起こりました。

マウスに甘い水と普通の水を並べて与えると、普通は好物の甘い水を好んで飲みます。

しかし脂肪食ばかり食べていたマウスは、甘い水を選ぶ割合が下がっていきました。

人間でいえば、好きだったことが楽しめなくなる状態です。

もう一つは「諦めずにもがく粘り強さ」の低下が起こりました。

マウスを足がつかない水槽に入れると、抜け出そうともがきますが、やがてもがくのをやめ、諦めたように浮いているだけになってしまいます。

そして脂肪食ばかり食べていたマウスでは、普通のマウスに比べて諦めている時間が長くなっていたのです。

そして三つ目が、「初対面の相手への興味の低下」でした。

初対面のマウスと顔なじみのマウスを並べると、普通のマウスは初対面のほうに強い興味を示します。ところが高脂肪食のマウスでは、その差が消えていました。

さらに研究では、興味深い時間差もみられました。

実は6週間の時点で、マウスはすでに太り、血糖値なども悪化していました。

それなのに、この時点では行動はまったく正常だったのです。変化が現れたのは、11週間を過ぎてからでした。

体の異常が先に完成し、行動の変化は、そのあとから遅れてやってきたことになります。

では何が原因で太ったマウスたちの心まで変わってしまったのでしょうか?

答えを得るため研究者たちはマウスの血液や大腸の中身を網羅的に分析しました。

すると体の中で炎症を起こす物質の材料になる脂肪酸「アラキドン酸」が大幅に増えていることがわかりました。

そこで研究者たちは、「アラキドン酸」の影響力を確かめるために、高脂肪食ではない通常のエサに、アラキドン酸だけを混ぜた特製のエサを用意し、別のマウスたちに8週間食べさせてみました。

結果、そのエサを食べたマウスたちは脂まみれの食事をとっていないにもかかわらず、甘い水を選ぶ割合が下がり、水中で諦めている時間が長くなる「うつに似た状態」になることがわかりました。

(※初対面の相手への興味の低下までは、アラキドン酸で起こせませんでした。これはアラキドン酸が主犯であるものの、全てを支配しているわけではないことを示します)

では、増えたアラキドン酸は、何をしているのでしょうか。

謎を解明するため研究者たちは高脂肪食を食べたマウスの脳を調べることにしました。

すると「脳の管理人」とも言うべき細胞(ミクログリア)に大きな変化が起きていることがわかりました。

この「脳の管理人」ミクログリアは、普段は静かに掃除をしています。

神経どうしのつなぎ目のうち、使われなくなったものを「食べて」片づけ、脳の中を整理整頓しておくのが仕事です。

ところが異常を察知すると、まわりに向かって「敵がいるぞ」と伝える炎症物質をまき散らします。

短期間なら、これは脳を守るための正しい反応です。

しかし警戒態勢が続くと、厄介なことが起こり始めます。

これまでの研究では、警戒状態が長引くと、掃除の手が止まらなくなり、本来なら残しておくべきつなぎ目まで刈り込んでしまうことが示されていました。

今回の研究においても、高脂肪食のマウスの脳では、まさにその警戒態勢が見つかりました。

判断や感情に関わる前頭前皮質と、記憶に関わる海馬の2つの場所で、ミクログリアの数そのものが増え、しかも「食べている最中」の目印(CD68)をつけた細胞まで増えていたのです。

さらに培養した神経細胞を使用した実験では、アラキドン酸で刺激したミクログリアから放出された成分には、神経を育て、つなぎ目を強くするための遺伝子(BDNFなど)の働きも弱める効果があることがわかりました。

暴れる管理人が残していった液に浸かるだけで、神経はつながりを保つ力を落としていったのです。

そこで研究者たちは、アラキドン酸に対抗する手段として、古くから頭痛をはじめとした鎮痛薬として使われてきたアスピリンに着目しました。

アスピリンでマウスのうつ病のような状態が改善した

アスピリンでマウスのうつ病のような状態が改善した
アスピリンでマウスのうつ病のような状態が改善した / Credit:Canva

研究者がアスピリンに目をつけたのには、理由がありました。

実はアラキドン酸は、鎮痛薬にとって古い馴染みの相手だったからです。

そしてアスピリンが痛みを抑えるのは、このアラキドン酸を痛みの物質へと加工する酵素を止めるからであることが知られていました。

1971年に示されたこの発見を含む一連の研究は、1982年のノーベル生理学・医学賞につながりました。

もしアラキドン酸から始まる炎症の連鎖が本当にうつのような状態の原因なら、その連鎖を薬で断てば行動は改善するはずです。

そこで研究者たちは、高脂肪食で11週間育てたオスマウスに、高脂肪食を続けたままアスピリンを8週間投与し続けました。

結果、甘い水を選ぶ割合は再び上がり、水中で諦めている時間も短くなり、初対面の相手への興味も戻ってきたことがわかりました

加えて、脳のミクログリアの数も「食べている最中」の目印をつけた細胞も減り、血中のアラキドン酸の量も低下していました。

驚くべきことに、この間に「体重、体脂肪量、血糖値、コレステロール値」は、どれも有意な変化は起きていませんでした。

それでも、うつのような三つの変化がが、三つとも改善したのです。

この毛結果は、太ることと気分が沈むことは、高脂肪食という一本の火から立ち上がった別々の煙だったことになります。

だから肥満を消さなくても、うつのような状態だけを鎮めることができたのです。

ただし、今回の研究結果はあくまでマウスを対象にしたもので、ヒトの臨床試験の結果ではありません。

そして重要な点として、普通のエサを食べていたマウスにアスピリンを与えても、これらの行動は変わりませんでした。

少なくともマウス実験では、アスピリンは気分を上げる薬ではなく、下がったものを元に戻す働きをしたことになります。

コラム:うつ病とアスピリン
アスピリンとうつ症状の関係については、ヒト研究でも結果が一枚岩ではありません。
今回の論文でも、抗炎症薬やアスピリンの抗うつ効果した報告がある一方で、アスピリンの有効性を認めなかった研究もある、とかなり慎重に書いています。
たとえば2019年に発表された系統的レビューでは、3件のコホート研究を統合したところ、まだうつ病ではない段階でアスピリンを服用していた人のほうが、その後にうつ病または抑うつ症状を示すリスクが低い、という関連が報告されました(Ng et al., Brain Sciences, 2019)。
一方、2020年に発表された健康な高齢者1万9114人を対象とする大規模ランダム化比較試験では、低用量アスピリン群とプラセボ群の間に、抑うつ症状の新規発生率の有意な差は認められませんでした(Berk et al., JAMA Psychiatry, 2020)。
さらに、すでに抑うつ症状があった高齢者1879人を対象にした2021年の別解析では、アスピリン群で抑うつ症状スコアがむしろわずかに上昇し悪化したことが報告されています(Berk et al., Molecular Psychiatry, 2021)。
このように現時点では人間においてアスピリンを「飲めば気分が良くなる」「うつ病を予防できる」と言える段階ではないことがわかります。

(※今回のマウス研究を根拠にアスピリンを自己判断で使用するのは絶対にやめてください)

元論文

Aspirin alleviates long-term high-fat diet-induced depressive-like behavior in male mice via suppressing arachidonic acid-mediated microglial activation and neuroinflammation
https://doi.org/10.1038/s41380-026-03752-8

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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