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東大がヒト遺伝子の93%をマウスに“まるごと”移植できる技術を開発

  • 2026.1.16
東大がヒト遺伝子の93%をマウスに“まるごと”移植できる技術を開発
東大がヒト遺伝子の93%をマウスに“まるごと”移植できる技術を開発 / Credit:あらゆるマウス遺伝子を”ヒト遺伝子全長”に置き換える ――汎用的遺伝子全長ヒト化技術「TECHNO」の開発――

日本の東京大学医科学研究所(IMSUT, 東京大学医科学研究所)で行われた研究によって、マウスのほとんどの遺伝子をまるごと人間の遺伝子に置き換えられる大胆な技術が開発されました。

研究チームはゲノム編集(DNAを自由に改変する技術)を2段階組み合わせた新手法「TECHNO」により、理論上、ヒト遺伝子の約93%にあたる大部分をマウスで全長ヒト化の対象にできると見積もっています。

ヒトのタンパク質をつくる遺伝子はおよそ2万個とされ、単純計算では、約1万8,500個のヒト遺伝子をヒトに近いかたちでマウスの体内に持ち込める計算になります。

さらに今回の研究では実際の置き換えも行われており、免疫や生殖に関わる3つの遺伝子座でマウスの遺伝子をヒト版に「まるごと」置換することに成功。

そのうち一つではヒトの病気の主要な特徴のまでマウスで再現してみせました。

この技術によって遺伝子をヒト化されたマウスの臓器や細胞を調べれば、ヒトの病気の理解がより進むと期待されています。

研究内容の詳細は2026年1月14日に『Nature Communications』にて発表されました。

目次

  • ヒトの設計図を“使い方ごと”マウスに移植したい
  • ヒト遺伝子93%をマウスにまるごと持ち込む技術「TECHNO」誕生

ヒトの設計図を“使い方ごと”マウスに移植したい

私たちがニュースでよく見る「マウス実験」は、いつもどこかで「でも人間とは違うよね」と心の中で但し書きがつきます。

また「マウスではうまくいったのにヒトではダメだった」──新薬のニュースなどで、そんな残念な話を耳にしたことがあるかもしれません。

病気の研究や治療法の開発には実験用マウスがよく使われますが、私たちヒトとまったく同じというわけではないため、マウスで得られた成果が人間にそのまま当てはまらないことも多いのです。

その大きな理由のひとつは、意外なことに「遺伝子(設計図)の中身」ではなく、各遺伝子たちの前後に存在する「スイッチ部分」にありました。

このスイッチ部分は各遺伝子たちがいつどこで働くかを決める役割を持っており、この部分がヒトとマウスでかなり違うのです。

遺伝子部分を曲の小節だとすれば、スイッチ部分はその小節が曲全体のどの部分に入るかを決めていると言えるでしょう。

遺伝子そのものが似ていても、演奏するタイミングや音量が違えば別の音楽に聞こえてしまうように、同じ遺伝子でも使われ方が違えば生体内の振る舞いが変わってしまうのです。

この問題を解決するため、生物学者たちは「ヒト遺伝子を組み込んだマウス」、いわゆるヒト化マウスの作製に取り組んできました。

これまではヒトのDNAをマウスのゲノムに一部追加したり、小さな断片だけ置き換えたりする方法が主流でしたが、それでは肝心の「遺伝子のスイッチ部分」がマウスのまま残ってしまいます。

そこで今回、東京大学医科学研究所の小沢学准教授らの研究グループは、マウスのゲノム上で特定の遺伝子座(遺伝子のある場所)を丸ごと対応するヒト版に置き換えるという汎用的な手法に挑みました。

開発された汎用的なゲノム編集技術「TECHNO(テクノ)」は、プラモデルのパーツを差し替えるようにマウスの遺伝子をヒトのパーツに入れ替えてしまう仕組みです。

もしこの手法を使用すれば、ヒトの難病で起きる遺伝子の「設計ミス」を、あらかじめマウスの体でリハーサルし、薬の候補をふるいにかけることが、今よりかなり“ヒト寄り”の条件でできるようになるかもしれません。

あるいは、「マウスでは安全だったけれど、人では危なかった」タイプの薬を、早い段階でふるい落とせるかもしれません。

そんな未来を見すえた第一歩として、TECHNOが登場したのです。

ヒト遺伝子93%をマウスにまるごと持ち込む技術「TECHNO」誕生

ではTECHNOは、どうやって「マウスの設計図をヒト仕様に着せ替える」のでしょうか。

手順は大きく二段階です。

まず特定のDNAを狙って切り取る技術「CRISPR-Cas9」を使用して、マウスのDNAから特定の遺伝子がある領域を切り出します。

次にその場所に「足場」となる短いDNAを入れます。

この足場には、ヒト遺伝子の両端と似た配列がついており、後から来るヒト遺伝子がここにピタッとはまるように設計されています。

次に組み込むヒト遺伝子全長+前後のスイッチ部分を用意し、足場の助けを借りて入り込ませることを目指します。

では、この新技術の威力は実際にどれほどなのでしょうか。

研究チームはまず、c-Kit遺伝子と呼ばれるマウスの遺伝子座(約10万塩基対)を選び、そこをヒト版c-KIT遺伝子に置換する実験を行いました。

c-Kit遺伝子は血液の形成や生殖に必須の遺伝子です。

すると、マウス本来のc-Kit遺伝子の跡地をヒトc-KITで埋めた場合も、マウスはきちんと生まれ、血液細胞の数や造血の働き、オスでは精子の産生などが概ね保たれている一方で、一部の個体では軽い貧血や精巣の変化も見られていることが示されました。

ヒトのc-KIT遺伝子がマウス体内でしっかり働き、血液を作ったり生殖機能を維持したりする“本来の役割”をかなりの部分で果たしたと考えられます。

次に研究チームは、この手法がどこまで大きな遺伝子に通用するかを試しました。

対象として選ばれたのは、全長約20万塩基対にも及ぶ巨大な遺伝子群(APOBEC3遺伝子クラスター)です。

その結果、TECHNOはこの巨大遺伝子クラスターのヒト化にも威力を発揮し、10~15%という高い効率で組み込みに成功しました。

従来、ES細胞を用いた方法で20万塩基を超える大きなDNA断片を入れようとすると、効率はごく低い値(0.2%ほど)にとどまることが多く、TECHNOはその点で大きな改善だといえます。

またヒト化遺伝子を持つマウスが生まれるとすべてのAPOBEC3遺伝子群がきちんとスイッチオンになっていることが確認されました。

さらに興味深いことに、それぞれの遺伝子が臓器ごとに示す発現バランス(どの遺伝子がどれくらい活動するかの割合)がヒトの場合と非常によく一致していたのです。

特に肺の中で7種類のAPOBEC3遺伝子が発現する割合を比べると、ヒト化マウスと本物のヒトの肺とでほぼ同じパターンになっていました。

これはマウスという小さな体の中に、人間のAPOBEC3遺伝子ネットワークがかなり近いかたちで再現されたと考えられます。

さらに極めつけの実験として、研究者たちはヒト化した遺伝子に病気の変異を加えればマウスで人間の病気を再現できるのか?という問いに挑みました。

標的となったのはX連鎖性慢性肉芽腫症(CGD)というヒト指定難病の原因遺伝子であるCYBB遺伝子です。

この遺伝子が壊れると免疫の白血球(好中球)が活性酸素(ROS)を作れなくなり、細菌などを十分に殺せなくなってしまいます。

研究チームはまずマウスのCybb遺伝子座(約5.5万塩基対)をヒトCYBB遺伝子に全長ヒト化し、さらにヒトで報告されている2つの疾患変異をその遺伝子に導入したマウスを作製しました。

こうして生まれたマウスの白血球を刺激してみると、正常なマウスでは大量に発生する活性酸素が、変異を持つヒト化マウスではほとんど発生しないことが確認されたのです。

言い換えれば、ヒト患者で見られる「白血球が活性酸素を十分に作れず感染症に弱くなる」という病気の核心的な特徴の一つがマウス体内で再現されたことになります。

これはTECHNOによるフルセットのヒト化マウスが病気のモデル動物として有用であることを強く示す結果となりました。

今回の研究により、少なくとも本研究で試した範囲では、大きなヒト遺伝子領域でもマウスで丸ごと機能させられることが示されました。

理論上、この手法でヒト全遺伝子の約93%(およそ18,500個)に相当する遺伝子群をヒト化できると試算されています。

これにより一つひとつのヒト遺伝子が「本気で働いたとき」体に何が起こるのか――これを小さなマウスの体で確かめられる道が大きく広がったと言えます。

そして今回作製されたヒト化マウスは、臓器や細胞のレベルでヒトと類似した反応を示す次世代モデル動物として、新薬のテストや難病の解明など、多様な医学・生命科学研究の飛躍的な効率向上に貢献すると期待されています。

もしかしたら未来の医療研究では、マウスの体内に「人間の臓器」や「人間の病気そのもの」を再現して、安全かつ効率的に治療法を試せる時代が来るのかもしれません。

参考文献

あらゆるマウス遺伝子を”ヒト遺伝子全長”に置き換える ――汎用的遺伝子全長ヒト化技術「TECHNO」の開発――
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00370.html

元論文

A scalable two-step genome editing strategy for generating full-length gene-humanized mice at diverse genomic loci
https://doi.org/10.1038/s41467-025-67900-4

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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