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MITが磁石を使って人工血管を培養することに成功

  • 2026.7.23
MITが磁石を使って人工血管を培養することに成功
MITが磁石を使って人工血管を培養することに成功 / Credit: Courtesy of the researchers

人工の筋肉、肝臓、腎臓、皮膚──研究室の中で臓器を「育てる」技術は、私たちが思っているよりずっと進んでいます。

ところが、どの臓器をどれだけ精巧に作っても、そのままでは体の中で生きられません。

決定的に足りないピースが、たったひとつだけあるのです。

それは毛細血管です。

これを狙った場所に、狙った形で生やす方法が、どうしても見つかりませんでした。

ところがMIT(マサチューセッツ工科大学)の研究チームが、まったく違う方向からこの壁を突破しました。

組織を磁石で軽く揺することで血管の生える本数も、伸びる長さも、向かう方向さえも、研究者の思いどおりに変わりはじめたのです。

しかも途中で揺する向きを変えると、血管のほうもちゃんと曲がったというのです。

研究の詳細は2026年7月6日に『PNAS』に掲載されました。

目次

  • 人工臓器に足りなかったもの
  • 磁石の力で血管の伸び方を制御する
  • 細胞はどうやって「引っ張られた」と気づくのか

人工臓器に足りなかったもの

人工臓器に足りなかったもの
人工臓器に足りなかったもの / Credit:Canva

「たった1つの細胞から臓器を育てて、病気や事故で傷んだ本物と取り替える」というとSFの話に思えるかもしれません。

しかしこの「組織工学」と呼ばれる分野は現在、急速に発展しています。

心臓、肝臓、腎臓、胃、腸、皮膚、神経、さらには脳の一部まで、「オルガノイド」と呼ばれるミニ臓器や組織として育てることに成功しています。

ただ現在のところ、それらを体に入れても、そのままでは働いてくれません。

その主な理由は、栄養と酸素を配って回る血管の網が、通っていないからです。

私たちの体は、酸素や栄養を細胞のすみずみまで届けてくれる毛細血管によって支えられています。

この配送網がなければ、どんなに本物そっくりの人工臓器を作っても最後は壊死する、という悲しいことになります。

さらに毛細血管は恐ろしく細く、最も細いものは直径0.005mmと赤血球が一列縦隊でようやく通れるほどしかありません。

血管の代わりに極細のチューブを使えばいい、と思うかもしれませんが、毛細血管はただの配管ではありません。

届けるべきものは外へ通し、通すべきでないものは押しとどめるいわば関所のような働きをしています。

しかも炎症が起きれば緩んで免疫細胞を通し、脳では極端に締まって余計な物質の侵入を拒むという、場面に応じた選別機能まで備えています。

さらに周りの組織と「もっと血をよこせ」「ここはもう足りている」といったやりとりを交わし、傷口に向けて自分から血管を伸ばしていくこともできます。

このような生きている組織を、狙った場所に、狙った模様で張り巡らせるのは極めて困難でした。

細胞をインクのように発射する生体3Dプリンターを使えば、太い動脈や静脈くらいのサイズなら印刷できます。

しかし毛細血管のような髪の毛以下の管が複雑に絡み合ったネットワークとなると、まったく精度が足りません。

血管に「こっちに伸びろ」と命じる成長因子という物質をまいて、行き先を誘導してやる方法は毛細血管を作れますが、この物質は、すぐに拡散して薄まってしまううえ、分解も早くなっています。

そのため「ここに生えろ」という指示を正確に伝え続けることが、どうしてもできませんでした。

そこで今回研究者たちは、化学ではなく力学という、まったく別の道から毛細血管の制御を目指すことにしました。

磁石の力で血管の伸び方を制御する

磁石の力で血管の伸び方を制御する
磁石の力で血管の伸び方を制御する / Credit: Courtesy of the researchers

どうすれば毛細血管を制御できるのか?

研究者たちが選んだのは、超高性能3Dプリンターでも魔法の薬でもなく純然たる「物理」でした。

研究ではまず、コラーゲン(私たちの体そのものを組み立てているタンパク質です)でできたゼリーを用意して、内部に小さなトンネル状の空洞を作りました。

そしてトンネルの内側の壁に、生きた細胞(ヒトの血管内皮細胞)を流し込んで壁紙のように貼りつけました。

この細胞は放っておいても勝手に育ち、互いにくっつき合って血管の形になるという性質を持っています。

こうしてゼリーの中に人工の血管が一本通りました。

実は、ここまでは既存の多くの研究でも行われてきた手法です。

そしてこの状態でも、太い一本の血管を起点に新しい血管が枝分かれし、ゼリーの中を掘り進めるようにして作られることが知られています。

ただ困ったことに新しい血管たちが生えてくる場所はてんでばらばらで、統制がとれたものではなく、臓器に組み込むにあたり問題となっていました。

しかし今回、ゼリーの中の、血管のすぐ隣に磁石が1つ埋め込まれているという点が今までと大きく異なります。

研究者たちが外側の磁石を動かすと、ゼリーの中に埋めておいた磁石が、それに引かれて動きます。

すると、その磁石ごとゼリー全体が引っ張られ、中を通っている血管も一緒に伸び縮みします。

この揺さぶりを受けた血管から、新たな血管が生えやすくなることがわかったのです。

特別な成分や電気的刺激を与えなくても、細胞が物理的力に反応して、血管作りをスタートさせていたのです。

また研究では、この「揺すり方」と「引っ張る強さ」の両方にコツがあることが示されました。

たとえば血管の壁を5パーセントほど伸ばしながら1秒に1回ほどの揺さぶりをかけたところ、人工の血管からはたくさんの枝が生えてきました。

また1秒に1回というリズムはそのままに、15パーセントまで強く伸ばすと、枝の本数は5パーセントのときより減り、代わりに一本一本が長く伸びました。

一方で、15パーセントまで伸ばしても揺すらない場合は、枝の数こそ増えたものの、揺すったときほど長い枝は伸びませんでした。

この結果は「揺すり方」と「引っ張る強さ」の加減しだいで新たな血管の作り分けができることを示しています。

さらに研究チームが途中で引っ張る方向を切り替えたところ、伸びかけていた枝はその変化についていき、進路を変えることもわかりました。

植物が光のほうへ伸びていく途中で、光源を横へ動かしてやると、そこから先の茎だけが新しい方向へ育っていきます。

新たな血管たちも同じように、引っ張る方向に合わせて進路を操作できたのです。

実際に、刺激を始めて3日間ずっと同じ向きに引っ張ったあと、4日目から引っ張る向きを90度変えてみました。

すると伸びかけていた枝の67パーセントが進路を変えたと判定され、上から見るとL字型の血管ができあがりました。

そこで研究チームは、今度は横ではなく、引っ張る向きを真上に切り替えてみました。

結果、71パーセントの枝が進路を変え、上下どちらに振れたかを見ると、98.7パーセントが上でした。

つまり血管たちに「どれだけ枝を出させるか」と「どちらへ向かわせるか」をそれぞれ狙って、人工的に操作できるようになったわけです。

私たちは新たな血管が作られるとき、そこには複雑な命令系統が存在しており、その命令手順を正確に再現しなければならないと思い込みがちです。

しかし実際には複雑なお膳立てをしなくても物理刺激ひとつで、新しい血管を作る場所を指示できたのです。

さらに興味深い追加の発見もありました。

これだけ人間の都合で形を作り替えれば、血管の「漏れにくさ」のような質が劣化してしまいそうに思えます。

ところが小さな分子を使って調べたところ、揺すった血管のほうが、揺すらなかったものよりも2倍漏れにくくなっていました。

毛細血管がもともと持っている、通すものと通さないものを選り分ける関所としての働きが、むしろ強くなっていたのです。

研究を主導したMITのリトゥ・ラマン准教授は一連の成果について「力学的な力は、私たちの体の中で重要な役割を果たしています。ということはつまり、血管をもっと多く育てたいのか少なくしたいのか、短くしたいのか長くしたいのか、あるいは特定の方向に伸ばしたいのか、それをどうやれば実現できるか、私たちはもう知っている、ということです」と述べています。

しかし、操作が実際に上手くいくとして、細胞たちは自分が伸ばされていることをどうやって知ったのでしょうか?

細胞はどうやって「引っ張られた」と気づくのか

細胞はどうやって「引っ張られた」と気づくのか
細胞はどうやって「引っ張られた」と気づくのか / Credit:Canva

細胞には、目も耳もありません。

神経が通っているわけでもなければ、私たちが思い浮かべるような、圧力計の形をした装置が付いているわけでもありません。

ではいったい、どうやって「いま自分は引っ張られた」と気づいているのでしょうか。

答えは、細胞の表面にありました。

細胞をくるんでいる薄い膜には、小さな扉(PIEZO1)が用意されています。

この扉は、ふだんはぴったり閉じているのですが、膜が押されたり引っ張られたりして張力がかかると、ぱかっと開くのです。

玩具のカラフルなゴムボールを細い針で刺しても目立ちませんし、水に沈めても内部に浸水しないでしょう。

しかし思いっきり引っ張ると針の穴が目視できるサイズにまで広がり、水も入り込みやすくなります。

同様に細胞も引っ張られると、この普段は目立たない扉が開いた状態になります。

すると外側からイオンなどがどっと流れ込み、「いま引っ張られたぞ」という合図となって、細胞の中を駆けめぐるのです。

ちなみにこの扉を見つけたアルデム・パタプーティアン氏らは、2021年のノーベル生理学・医学賞に選ばれています。
私たちが指先で物の硬さを感じ取れるのも、膀胱がいっぱいになったことに気づけるのも、この手の門番が体じゅうで働いてくれているおかげです。

そして今回のチップの中にいる血管の細胞たちも、自分が引っ張られたことを、この扉などを通じて感じていたのです。

実際、遺伝子編集でこの扉がうまく働かないようにしたところ、揺さぶっても新しい血管がほとんど増えなくなることが確かめられました。

さらに研究者たちは、引っ張られた細胞の中で、どんな遺伝子のスイッチが入っているのかも調べました。

すると性格の違う4種類の信号(遺伝子活性度)が一斉に動いていたことがわかりました。

1つ目は「血管を作れ」という、工事そのものを始める号令。
2つ目は「いま引っ張られたぞ」という、外からの力を細胞の内側の言葉に翻訳する号令。
3つ目は「進むための足場を掘れ」という、周りのゼリーを作り替えて道をならす号令です。
4つ目は「血管の壁をしっかり締めろ」という、できあがった血管を漏れにくく保つための号令でした。

どれも、血管を作り、それを丈夫に保つのに重要な信号です。

引っ張るという単純な刺激ひとつが、細胞の中でこれだけの号令に翻訳されていたことまで見えてきたのです。

研究者たちはこの成果を応用して、血管ネットワークの周りに実際の臓器や組織を育てることを目指しています。

手はじめとして、まずは筋肉への応用が進められています。

論文の共同筆頭著者であるジェシカ・シャー氏は、血管の成長パターンを精密に制御することで筋肉の働きをどこまで改善できるか、現在研究を進めていると述べています。

必要な組織に必要とする血管を導くことができれば、将来的には医学の世界にも大きな貢献となります。

もしかしたら未来の病院や、人工臓器培養工場では、血管を導くために無数の磁石がせわしなく動いている光景がみられるかもしれません。

参考文献

MIT engineers find a precise way to grow artificial blood vessels
https://news.mit.edu/2026/mit-engineers-find-precise-way-to-grow-artificial-blood-vessels-0714

元論文

4D force patterning enables spatial control of angiogenesis
https://doi.org/10.1073/pnas.2532667123

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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