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斉藤壮馬の「ただいま、ゼロ年代。」第50回 古川日出男『サマーバケーションEP』

  • 2026.7.21
斉藤壮馬の「ただいま、ゼロ年代。」アイキャッチ

古川日出男『サマーバケーションEP』

古川日出男『サマーバケーションEP』
チェックシャツ47,000円、チェックシャツ50,000円 (共にFACETASM/R&Co.表参道ヒルズ TEL:03-6804-3393)、パンツ23,500円(entire studios/R&Co.表参道ヒルズ)、他スタイリスト私物

皆さまのお力をいただき、この連載も記念すべき50回目をむかえることができました。まずは心より御礼申し上げます。

連載のお話を頂戴したとき、いくつかプレゼン用に企画を考えたのだが、自分としてももっともしっくりきたのが「ゼロ年代(2000〜2009年)」について今語ってみる、というものだった。

1991年生まれのぼくが、9歳から18歳だった時期のことだ。まさしくそれは青春時代であり、そこで触れたカルチャーが今の自分の礎となっている。

毎回どんな題材にしようか考え、フォトグラファーの網中健太さんと相談しながら衣装を用意し、セッションするのは刺激的で、写真を見返すと、いずれの回も思い出がありありと蘇ってくる。

そんな連載の節目となる50回目、今回選んだのは、古川日出男さんの『サマーバケーションEP』。

夏になると読みたくなる大好きな本として今までもおすすめしてきたが、ちょうど夏休みに入ろうというこのタイミングに、なんともうってつけではないか。

斉藤壮馬

古川日出男さんといえば、『アラビアの夜の種族』や『LOVE』、『ベルか、吠えないのか?』など、そのグルーヴィな文体と圧倒的な物語の力で読者を惹き込む書き手である。

その意味では、今回紹介する『サマーバケーションEP』も、特異かつポップな語りの妙が存分に堪能できる一冊だろう。

人の顔がわからない「僕」は、夏の井の頭公園で青年・ウナに出会う。それから彼の、彼らの冒険が始まる。神田川沿いを歩き、海まで辿りつく、ひと夏の冒険。二度は訪れないサマーバケーションが始まる——

「僕」は顔がわからない代わりに、声の温度と匂いで、魂を見るように人を感じる。その「透明なまなざし」が全篇を通して夏の、原色の、心地よいムードを生き生きと伝えてくれる。

彼らは声の温度の低い女性「カネコさん」や夏休みの宿題のネタを探している子供たち3人組など、様々な同行者と出会い、そして別れながらも、ただ歩く。

物語中盤、彼らは高田馬場周辺に足を踏み入れる。そこで出会った「委員会」なる組織を結成する8人の中学生の自転車に乗り、新宿区や豊島区、文京区を行き来しながら、海へと近づいていく。

初めてこの本を読んだのは高校生のころだったと思うが、そのころは新宿や吉祥寺というのは、どこかフィクションの中だけにある幻想の街のように感じていた。

けれど大学進学と同時に上京し、それこそ高田馬場のあたりを中心に生活するようになってから読んでみると、ファンタジックな読み心地はそのままに、ああ、彼らは本当の道を、本当の場所を歩いて、感じているんだなとわかった。

そして川。川はいずれ海に流れつく。川は人生だ、と同行者の一人が言う。そのとおりだと思った。かつて誰かにそう言われ、ぼく自身も書いたことがある。川は人生なのだ。

だからこそ、途中で交わったり、分かれたりしながら、それぞれが流れ、歩くのだろう。彼らの旅はゆっくりと、しかし確実に終着点へと向かっていく。

切なさも寂しさもあたたかさも、あらゆるものが詰まったクライマックスは、しかしながらどこかからりとしていて、爽やかに身体を透過するようだ。

最後に、無数の美しくやさしい文章で満たされたこの物語の、とびきり好きな一節を引用して、筆をおくことにする。

やがて十時をまわります。

時間が氾濫しているのがわかります。

時間があふれて、永遠なのがわかります。

それが僕たちの夏休みなのがわかります。

皆さまもぜひ、この夏のお供にいかがでしょうか。

斉藤壮馬
斉藤壮馬
斉藤壮馬

profile

斉藤壮馬

さいとう・そうま/山梨県生まれ。声優。ゲーム『剣と魔法と学園モノ。2G』でデビュー以来、アニメを中心に活躍する。2017年に歌手デビュー。著書に『健康で文化的な最低限度の生活』(KADOKAWA)など。

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