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もうコンビニに行くのが怖くなる――染谷将太主演のホラー映画『チルド』が「観る前に戻れなくなる傑作にして問題作」であるワケ【レビュー】

  • 2026.7.17

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映画『チルド』が7月17日より劇場公開中だ。先に申し上げておくと、本作は「観る前に戻れなくなる傑作にして問題作」だ。

「刺激の強い殺傷流血の描写がみられる」という理由でR15+指定がされており、数は少ないながらも突発的にショッキングなシーンがある、ということも注意点だが、本作はただグロくて残酷なだけではない、「普段の世界の見え方が変わってしまう」ことこそが恐ろしいのだ。

「もうコンビニに行くのが怖い」ほどにじわじわと生活を蝕んでいく恐怖

実際に筆者個人は、本作を観た直後には、舞台であるコンビニに行くことが冗談抜きで怖くなった。それどころか、ただ歩いている時にあたりを見回してビクついてしまったし、誰かと何気ない会話をしている時にすらこの映画のことを思い出してしまうほどだった。

さらに、監督・脚本を手がけた岩崎裕介は本作で目指したものについて、「本当に怖いホラーとは、映画館を出た後もじわじわと鑑賞者の生活を蝕んでいくもの」だと考えた上で、「そのためには私たちが生きる社会と密接であること、そして批評性を切り離さないことが重要だと思っています。そうした“新しい恐怖体験”をつくることに挑みました」とも語っている。

その目論見は完全に達成できたと言っていい。本作で描かれる恐怖は心霊ではないし、大きな音で「ワッ」と驚かせるジャンプスケアにも頼っていない。それでも、描かれる恐怖に「思い当たる節がある」「この世のどこかに偏在する」と実感させるからこそ、本当に生活を蝕まれる、観る人によっては(良い意味で)本気で後悔してしまうほどの恐怖体験ができたのだ。それでいて、その恐怖と相対化させる形で、この社会で生きる希望をも逆説的に訴えかけてもいた。

「目が死んでいるコンビニ店員」にハマりまくりな染谷将太

その上で、本作はぜひ映画館で観てほしい。ショート動画として公開されている劇中のシーンだけでも“禍々しさ”の一端を知ることができるが、88分の映画として連続で観てこそ、それらの1つ1つの不穏な事象が“歪(ひず)み”のように膨らんでいき、ラストへと昇華されることが、重要だったからだ。俳優陣の表情や、映り込んでいるものの不穏さも、閉ざされた環境かつ“逃げられない”映画館で観てこそ、真に脳裏に焼き付くような体験になるだろう。

そして、「生気がない店員」役に染谷将太という配役が完璧だ。彼はどこか冷めたような、または斜に構えたようなクセの強いキャラクターを体現できる個性があり、かつ綺麗な目をしている一方で、その目が“死んでいる”さまにも説得力を持たせる俳優だからだ。この2026年に公開されたばかりの映画『廃用身』もそうだが、「客観的にはごく普通の人」であるけれど「少しだけ普通から逸脱した狂気に足を踏み入れる」危険性のある役にもピッタリだと、改めて実感させられた。

これ以上の予備知識はなくても良いのだが、ここから本編の内容に触れる形で、知っておけば映画がもっと面白くなる、さらなる魅力を紹介していこう。

※以下、映画『チルド』本編の決定的なネタバレは避けていますが、一部の展開に触れています。

異常な事態が徐々に“侵食”していくことが怖い

あらすじはこうだ。都内の某コンビニ「エニーマート」の店員・堺(染谷将太)は、マッチングアプリで出会った女性と会話をして孤独を紛らわせたりはしているものの、無味乾燥なまま仕事を続けていた。そんな中、アルバイトとして採用された美容専門学校生の小河(唐田えりか)は仕事に前向きだったが、店の異様な秩序に疑問を持ち、同時期に異常な事態が徐々に“侵食”していくことになる。

その異常な事態には、例えばコンビニ内に、おそらくは「松戸の妖怪」が元ネタと思われる「全身タイツのコスプレをしている客」が出没し、「自分らしくいたいじゃないですか〜!」と主張される、といったことがある

さらには、昨日開店したばかりというキッシュ屋の店主が卵を買いにやってきて、「ちょっと思った以上にお客が入って、卵切れちゃって」「いつもはちゃんと平飼い(の卵)なんですよ」などと、若干ウザさのあるアピールをされたりする。

さらには、面接で「どうしてうちで働こうと思ったんですか?」と聞かれた骨折した赤髪の青年が、ガムを噛みながらの不遜極まりない態度で「それはそこにあったからですね」と平然と答える場面があったりする。

そうした要素を取り出せば、本作はシュールなブラックコメディーにも思えるし、クスッと笑える場面もある。だが、それぞれが居心地の悪さや不快さを伴うものであり、そうしたことの“積み重ね”が、人の精神を少しずつ、あるいは急激に蝕んでいくのではないか?という疑問と不安が徐々に増していく。

その中でも注目してほしいのは、コンビニの店主(長島竜也)の「満面の笑みが急に消える」場面だ。それは、それは、部下たちとの食事で「給料が少ない」ことを軽くなじられたことや、店員の堺からとある「そっけないリアクションをされた」ことが原因なのだが、それらの「些細なこと」さえも人の精神を崩壊させる原因になり得るのだと、その後の悲劇を持ってして、痛感させられるだろう。

監督の父親がモデルの西村まさ彦がいちばん怖い

そんな風に種々の出来事がシュールである以上に不穏で恐ろしいのだが、その中でも“最恐”と言えるのが、西村まさ彦が演じるコンビニのオーナーだった。彼は廃棄弁当の扱いなどの“規律”をあまりに重んじており、その度を越した姿勢は、新人アルバイトの小河から疑問を呈されてもするが、一向に改める気配はない。

それは“頑固”や“融通が利かない”というレベルをとうに超えており、秩序の乱れを1つとして許さない、機械的な印象がある。もちろん極端にデフォルメされてはいるが、この社会のどこかに存在し得る人間性であると思える。何より西村まさ彦が、特徴のある声質とトーンを活かし、さらに厳格を絵に描いたような表情で、反論をいっさい受け付けないような“非人間的存在”を体現しているので、もうトラウマ級だった。

なお、この西村まさ彦のオーナーのモデルは岩崎裕介監督の父であり、岩崎監督いわく「父から愛情を取り除くとこうなる、というイメージです(笑)」とのことだ。さらに、「実体験」が与えた影響について、岩崎監督はこうも語っている。

引用----

父は17年前からコンビニを経営しており、私はその場所が持つ独特の“異常性”をずっと間近で見てきました。子どもの頃に父の職場へ遊びに行くと、規律に従う大人たちがいて、普段は普通に会話できる人たちが、制服と朝礼という儀式を通すことで個性を剥奪され、店の一部へと変わっていく。その光景がどこか面白く感じられたのです。父自身も例外ではなく、もともと活気がありフレンドリーだった“町の酒屋”の彼が、コンビニを始めてからはどこか無機質で、人間味の薄い存在へと変わっていったように感じました。この変化は、私自身の人格形成にも強い影響を与えたと思っています。

さらにある日、仕事の合間に無意識のままコンビニへ入り、無表情でサラダチキンを食べている自分に気づき、ぞっとしました。サラダチキンを食べたかったわけではなく、ただ “そこにあって” “効率が良かった”から手に取っただけ。自分が思っている以上に、効率や利便性のシステムに支配されているのではないかという恐怖がありました。その“生きている実感のなさ”を映画として形にしたいと思ったことが、この作品の出発点です。(プレス資料より一部抜粋)

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この感覚は、家族にコンビニ経営者がいる岩崎監督に限ったことではないだろう。コンビニの店員がどこか無機質な存在に思える、その存在からただ効率や利便性を享受している、その過程に気づいて自分が生きている存在に思えなくなる、という考えは極端ではあるだろうが、それに近い漠然とした不安は、誰もが抱え得るものだと思うのだ。

「あり得ないとは言い切れない」“発露”と“渦”がある

この『チルド』で描かれる本質的な恐怖は、岩崎監督が手がけた2024年の映画『VOID』にも、以下のようなセリフとしてはっきりと表れていた。同作はYouTubeで観ることができ、好評を博して2026年9月末まで期間限定公開が延長されている。

「不吉なものって、さそもそもどういうところを訪れるんだと思う?」「“発露”があってはいけないんだよ。負の感情が極限まで抑圧されている必要がある。疎外、後ろめたさ、憐憫(れんびん)、そういった感情が行き場を失った結果、“渦”となって、良くないものを呼び込む流れを生み出すんだよ」

今回の『チルド』では、前述したコンビニの店主の笑顔の消失などに、その“発露”があるというわけだが、さらには関係ないと思われた出来事それぞれが飲み込まれるような“渦”を発生させ、とてつもない事態へとつながっていく。それは突拍子もない、極端なもののようで、同時に「あり得ないとは言い切れない」ことが本当に恐ろしい。本作で描かれている恐怖は、やはり現実に存在している、と断言していいだろう。

また、岩崎監督は「生きているのか死んでいるのかわからない状態が延々と続く──。その“終わりのない、ぬるま湯のような地獄”を、この映画では新たな恐怖として描きました」と語っているが、その地獄から抜け出すための、ささやかなヒントも本作では描かれているように思える。終盤での堺(染谷将太)と小河(唐田えりか)の会話は特に象徴的であり、そうしたところに希望を見出すことは可能だろう。

しかしながら、全体的な印象としては岩崎監督の言う「映画館を出た後もじわじわと鑑賞者の生活を蝕んでいく本当に怖いホラー」を本気で達成していたので、「達成すんなよ!」と良い意味で文句を言いたくなった。ぜひ、劇場で目撃し、やはり良い意味で後悔していただきたい。

文=ヒナタカ

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