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『トロフィー』で夫婦役を演じた井浦新&市川実和子が30年の時を重ねて表現したリアリティ「時間の積み重ねが手助けしてくれた」

  • 2026.7.10

BTSのファン(ARMY)であることをきっかけに仲良くなった在日コリアンのソヒと日本人の未来。友情だけでは乗り越えられない、彼女たちが直面する現実の難しさを映画『トロフィー』(公開中)で描いたのは、是枝裕和監督が率いる制作会社「分福」の新鋭・孫明雅(そん・みょんあ)監督だ。

【写真を見る】30年来の友人である井浦新と市川実和子だからこそ表現できた『トロフィー』の夫婦像

そして、ソヒの両親であるサンジュとミリョンを演じたのは井浦新と市川実和子。朝鮮学校の校長として同胞たちに貢献したいと奮闘するサンジュと、洗濯機が壊れてもすぐに買い替えられないような経済的な厳しさを無視できないミリョン。家族でも、親子であっても、わかり合えないことはある。それでも、すべてを理解していなくても、わかり合えることはある。30年来の同志でもある井浦と市川だからこそ実現できた夫婦の形とは?

「当事者でなくても、演じられないわけではないのが、役者の仕事のおもしろさ」(井浦)

【写真を見る】30年来の友人である井浦新と市川実和子だからこそ表現できた『トロフィー』の夫婦像 撮影/JANG HOMIN ヘアメイク/山口恵理子(井浦)、茅根裕己(市川) スタイリスト/上野健太郎(井浦)、梅山弘子、Hiroko Umeyama(市川) 衣装協力/ジャケット、シャツ、パンツ/フランク リーダー(井浦)
【写真を見る】30年来の友人である井浦新と市川実和子だからこそ表現できた『トロフィー』の夫婦像 撮影/JANG HOMIN ヘアメイク/山口恵理子(井浦)、茅根裕己(市川) スタイリスト/上野健太郎(井浦)、梅山弘子、Hiroko Umeyama(市川) 衣装協力/ジャケット、シャツ、パンツ/フランク リーダー(井浦)

――在日コリアンとして日本で子どもを育てる夫婦の役を引き受けるにあたっては、どんな思いがありましたか?

市川「台本をいただいて、最初はなにも聞かずに、なにも考えずに読んだんです。役名がミリョンという韓国系の名前だったので、“在日”という背景があることは理解しながらも、ただただ物語の可愛さに魅了されて、ソヒの思春期のキラキラがとにかく眩しくて。彼らの複雑な境遇や感情を、私が演じて大丈夫かなという迷いは、後からついてきました」

井浦「僕は以前にも『かぞくのくに』で在日朝鮮人の役を演じたり、そうでなくても差別というものを描いた作品との出会いがあったんですけど、作品や監督が違えば描かれる家族も、それはもう全然別のものになります。俳優の経験としては、過去の作品や役を通して、そこにどういう現実的な問題が含まれているのかを考えたり触れたりするきっかけはあったけれど、今回はそれらを生かしてなにかをするということではないと思いました。

父親の大切な勲章を売ってBTSのコンサートに行こうとするソヒ [c]2026 K2 Pictures
父親の大切な勲章を売ってBTSのコンサートに行こうとするソヒ [c]2026 K2 Pictures

それに、自分の国籍は日本で、在日朝鮮人ではないですけど、だから演じられないというわけではないのが俳優の仕事でもあって。子どもがいなくてもお父さんを演じることはできますし、その逆もあります。そこは僕らの仕事のおもしろさの1つでもあるなと思うんです。リアリズムへの敬意はありますが、当事者じゃなくても表現することはできる。『トロフィー』は政治の歪みを訴える作品ではなくて、1人の少女の青春とそれを取り巻く家族の物語です。日本や韓国や朝鮮だけじゃなくて、ヨーロッパでもアメリカでもイスラムでも、どこにでもいるであろう家族の物語を描くのが自分の仕事ではないかと思って取り組んでいました」

――理想を追う父親のサンジュと現実と向き合う母親のミリョン、劇中では考え方の違いをめぐって夫婦間の対立も描かれています。お2人にとって彼らはどんな人たちに見えましたか?

井浦「1人では語れないものですよね、家族を描いているので。家族での撮影を積み重ねるなかでわかってきたこと、やってきたことが、例えばサンジュ1人で自分の学校を見ているシーンにも現れているんだろうなと思います。家族を演じた4人で過ごしながら、この家族としてのお芝居をしたり、シーンの合間に雑談するなかでの距離感だったり温度感だったりが、自分の役に返ってきて彩りを与えてくれたんです。それこそ夫婦喧嘩の度合いも、サンジュはミリョンに甘えてその優しさに胡座をかいていたんだなとか。井浦新はそこに気づいたけど、サンジュは気づけなかった。そういうことも少しずつわかっていった感じです」

市川「私もあまり頭では考えなかったです。監督から事前にミリョンの人物像のプロットをいただいていたし、それを基に想像できるすべてが台本にちゃんと描かれていたので、セリフの中からヒントだけもらって、とにかく日々を一生懸命生きればいいかなと思って。その日その日、その現場で過ごしていた時間の中で出来上がっていきました」

家事や日々の雑務に追われるミリョン [c]2026 K2 Pictures
家事や日々の雑務に追われるミリョン [c]2026 K2 Pictures

井浦「家族のシーンの撮影は意外と3~4日ぐらいしかなかったんです」

市川「そうですね。ただ、ここ(市川と井浦)の関係が長いので。お互いが10代だったころに知り合って、そこからずっとべったり一緒にいたわけじゃないけど、もう30年近く?」

井浦「うん。その時間を夫婦像に重ね合わせることはできたんです。ミリョンとサンジュも若いころに出会って、結婚して家族を持って、理想と現実との違いとかをきっと色々感じ合いながらいまの家族になったはずで。だから初めましてでいきなり夫婦を演じるのとは全然違うところからスタートできたのは、すごくありがたいなと思いました」

市川「なに事にも時の流れは変えられないんだなと」

井浦「本当に。もしセリフで『おーい」と呼ぶシーンがあっても、当たり前のように馴染みながら呼べるというか。いわゆるセリフを言っている感覚にならないのは、その時間の積み重ねが手助けしてくれているんだなって」

14歳のころはサッカーに夢中だったという井浦新 撮影/JANG HOMIN ヘアメイク/山口恵理子 スタイリスト/上野健太郎 衣装協力/ジャケット、シャツ、パンツ/フランク リーダー(井浦)
14歳のころはサッカーに夢中だったという井浦新 撮影/JANG HOMIN ヘアメイク/山口恵理子 スタイリスト/上野健太郎 衣装協力/ジャケット、シャツ、パンツ/フランク リーダー(井浦)

――キャスティングの時点ですでに大正解だったんですね。

井浦「逆にソヒ役の恒那(はんな)さんも、その弟役の千就さんも、子どもたちは2人とも初めましてでしたけど、彼らは時間の垣根をポンと飛び越えていきなりこちらに合わせてこられるんです」

市川「もう肝が据わっていて、大物ですよね(笑)」

井浦「あの姉弟の感じもすごくいいですよね」

「この映画に自分の思春期を肯定してもらえたなと思うんです」(市川)

孫明雅監督が描く物語の可愛さに魅力を感じた市川実和子 撮影/JANG HOMIN ヘアメイク/茅根裕己 スタイリスト/梅山弘子、Hiroko Umeyama
孫明雅監督が描く物語の可愛さに魅力を感じた市川実和子 撮影/JANG HOMIN ヘアメイク/茅根裕己 スタイリスト/梅山弘子、Hiroko Umeyama

――ソヒが日本人の友だちの未来(梨里花)を紹介する時、「この子も在日だよ」と言いますが、それを聞いているミリョンとサンジュの顔は映っていません。

井浦「孫明雅監督のスタイルは、人と人が対面になるシーンでも、両方向からカットバックで撮っていくものではなかったんです。それは監督と撮影監督の山﨑裕さんとで決めていて、あのシーンで映像に映るのはソヒと未来、僕らは声だけでそのお芝居につき合う形で最初から進めていました。あそこで大事なのはソヒがどんな顔でそれを言うかで、監督の中でははっきりと見えていたんだと思います」

――ソヒの顔を見ると同時に、2人がどういう顔でそれを聞いているのかを想像してしまいました。そういう見方ができたことも楽しくて。

市川「行間があるんですよね」

朝鮮舞踊を1年間稽古し、本番に臨んだ恒那 [c]2026 K2 Pictures
朝鮮舞踊を1年間稽古し、本番に臨んだ恒那 [c]2026 K2 Pictures

――これは14歳のソヒの物語ですが、お2人がその年ごろだった時を振り返っていかがですか?

市川「こうしてお話させてもらっていて気がついたんですけど、この物語に自分の思春期のころを肯定してもらえたなと思っていて。私も当時はまさにソヒみたいだったんですよ。毎日がぐちゃぐちゃで、暗闇にいるみたいな気持ちになるときもあれば、友だちといてキラキラ楽しい時間もあって。いま思えば青春時代って暗黒な時もあって、キラキラだけではない。自分がその当事者だった時は苦しい感情のほうが強かったんですけど、それを外から見たらこんなにも輝いていたんだなと思ったんです。それを可愛いと思えるようになっている自分も成長しているし、あのときの自分を肯定してあげられたからこそ、いまの自分はこんなに反応したのかなと」

――これまでにもそんなように実感したことはありましたか?

市川「なかったですね。自分のことだからおそらく地続きになっていて、時間が経っても客観的に見られていなかったんですけど、この作品で初めてそれができたんだなと思いました。そういう風に、誰もが心のなにかを重ねられる部分があるというか、この感情は普遍的なもので、国籍や時代も超えたキラキラを味わってもらえるんじゃないかな」

井浦「自分がその年齢のころはもうサッカーしかしていない人間だったから、正直それしか記憶がないんです。もちろんキラキラもしていないし、ひたすら汗くさいだけ」

小学校の校長を務めるサンジュ [c]2026 K2 Pictures
小学校の校長を務めるサンジュ [c]2026 K2 Pictures

市川「ドロドロはしてた?」

井浦「まったく。とにかくサッカーだけ。息苦しさみたいなものはまったくなかった」

市川「女子と男子の違いかな。女子は大体ソヒと同じなんですよ」

井浦「そこも女性監督ならではの表現になっているかもしれないですね」

市川「じゃあ男子としてこの映画を観たらどう思うの?」

250人のオーディションから選ばれた主演の恒那の演技を称える井浦と市川 撮影/JANG HOMIN ヘアメイク/山口恵理子(井浦)、茅根裕己(市川) スタイリスト/上野健太郎(井浦)、梅山弘子、Hiroko Umeyama(市川) 衣装協力/ジャケット、シャツ、パンツ/フランク リーダー(井浦)
250人のオーディションから選ばれた主演の恒那の演技を称える井浦と市川 撮影/JANG HOMIN ヘアメイク/山口恵理子(井浦)、茅根裕己(市川) スタイリスト/上野健太郎(井浦)、梅山弘子、Hiroko Umeyama(市川) 衣装協力/ジャケット、シャツ、パンツ/フランク リーダー(井浦)

井浦「ドロドロしているなとは思わない、キラキラして見える。恋愛とか家族の問題でどれだけ苦しいことがあったとしても、きっとそれは“命のきらめき”みたいなものですよね、そのときは気づいていなくても。後になってドロドロをありがたさや感謝に変えられたからこそ、『ごめんなさい』と『ありがとう』が生まれてくるんでしょうけど。でもそこまでキャッチできていなかったと思います、当時の自分は。高校も同じような感じだったし、いまだにドロドロの感じがわからないかも…ドロドロってなに?」

市川「そうか、それがいまにつながってるんだ。いや、すばらしいですね。男子ってすごい!」

取材・文/奈々村久生

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