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【独占告白】乳がんリスク85%の宣告から予防切除へ。俳優ジャッキー・トーンが語る「遺伝子検査が私の命を救った理由」

  • 2026.7.6
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こんにちは! ニューヨークのロングアイランド出身の俳優、ジャッキー・トーンです。私には世界一可愛くて、私を全力で支えてくれる最高の両親がいます。元体育教師の母は、私が知る中で一番面白く、大の古着好き。そして父は、まるで映画のボスが高校のバスケ顧問になったような、渋い声を持つ現役のミュージシャンです。私のキャリアは、成功するのが極めて難しい俳優業。15年連れ添った愛車にガソリンを入れるだけで精一杯な、どん底の時期もありました。それでも「私にはこの仕事しかない」と信じ、がむしゃらに突き進んできたのです。

40代で訪れたブレイクと、突然の「父の異変」

すると40代になったある日、思いがけない奇跡が起きました。Netflixのシリーズ『Nobody Wants This(誰もそんなこと言わない)』で素晴らしい役を射止め、番組が大ヒットしたのです! 私生活でも最愛のパートナーであるジョーに出会い、保護犬を迎え、まさに人生の絶頂期を迎えていました。30年間の下積みが報われ、家族全員が健康で、これ以上の幸せはないと思っていたその矢先のことです。父の体に、突然「結節(しこり)」が見つかりました。母は怖い現実から目を背けるために、頑なにそれを「小さな結節」と呼び続けましたが、現実は残酷でした。

発覚した「がん」と、医師から告げられた遺伝子検査

父に下された診断は、転移性の悪性腫瘍、つまり「がん」でした。あらゆる検査を尽くしても原発巣(がんが最初に発生した部位)が分からず、医師は最終手段として海外の最新データに基づく「遺伝性腫瘍遺伝子パネル検査」を行いました。その結果、父が「BRCA1」遺伝子変異の陽性であることが判明したのです。これは乳がんのリスクを飛躍的に高める変異であり、父のがんも男性乳がんである可能性が高いということでした。医師は父に「お子さんたちにも、今すぐBRCAの検査を受けるよう伝えてください」と言い渡したのです。

軽い気持ちで告げた一言で、診察室の空気が一変

私は定期的なマンモグラフィ検診の際、放射線技師に「そういえば、父がBRCA1陽性だと分かったんです」と、特に深く考えずに世間話として話しました。すると、その瞬間に室内の空気が一変したのです。技師の表情は強張り、すぐに外科医を呼びに走りました。医師からは「父親が陽性の場合、あなたに遺伝している確率は50%です。もし陽性なら、乳がんと卵巣がんのリスクが跳ね上がります」と告げられました。私の直感(ユダヤの言葉で『キシュケ』)は「私は絶対に陰性だ」と叫んでいましたが、現実は違いました。

「85%」という数字に直面し、駐車場で泣き崩れた日

2週間後、私の直感は見事に外れ、「BRCA1陽性」という結果が出ました。パニックになる間もなく、病院から「手術のスケジュールをいつにしますか?」と電話がかかってきました。ボランティア活動の合間に駐車場のコンクリートの仕切りに座り込み、私はただ声を上げて泣き崩れました。「手術って何のこと? まだ何も心の準備ができていないのに」と。家を建てるための道具も知識もないまま、釘を一本だけ渡されて「家を建てろ」と言われたような、圧倒的な孤独と恐怖に襲われたのです。

仲間たちに支えられ、専門医のチームを結成

そんな私を救ってくれたのは、大切な友人たちでした。俳優のクリステン・ベルが信頼できる腫瘍医を紹介してくれたのをきっかけに、腫瘍内科医、婦人科腫瘍医、乳腺外科医、再建外科医、術前遺伝カウンセラーからなる、私だけの最強の医療チームを結成しました。ロサンゼルス中の医師に会いに行き、信頼できる専門家たちを厳選したのです。そこで遺伝カウンセラーから、私自身が乳がんになる確率が「85%」、卵巣がんになる確率が「65%」という、100%に近い驚愕の数字を突きつけられました。

華やかなエミー賞の裏で続いた、恐怖との戦い

私は乳腺の密度が高い「デンスブレスト(高濃度乳房)」だったため、マンモグラフィに加えてMRI検査も受けました。すると異常が見つかり、さらに生検を伴う3回目のMRIを求められたのです。その知らせを受けたのは、なんとクリエイティブ・アーツ・エミー賞の授賞式へ向かうリムジンの中でした。車を降りて泣き叫び、メイクを直して笑顔でステージに立ち、帰りの車内で再び泣き崩れる。そんな華やかなグラマラスと底知れぬ恐怖が同居する日々が、その年の7月から12月までずっと続いたのです。

「定期検診で怯える日々」を終わらせるための決断

海外の医療データでも、リスク発覚後に「高度な経過観察(定期的な精密検査)」を選ぶ人は多くいます。しかし、私は残りの人生で、常にがんの影に怯えながら後ろを振り返って生きていくのは嫌だと強く思いました。だからこそ、自分の意志で「おっぱいに別れを告げる(Ta-ta to my tatas!)」と決意したのです。2025年12月1日に両側乳房切除術を予約し、手術の直前には、友人たちを家に招いて「おっぱい、いってらっしゃい(Boob Voyage)パーティー」を開催しました。

Courtesy of Jackie Tohn

ネットで見つけたパーティーグッズが教えてくれた現実

インターネットの片隅には、不思議なことにこうしたお別れパーティー用のグッズがたくさん売られていました。胸の形をしたカップケーキトッパーやキャンドル、そして私がAmazonで9.99ドル(約1,500円)で購入した「Boob Voyage(ボブ・ヴォヤージュ)」のバナー。驚くほど安価で手に入るその事実は、それだけ多くの女性たちが、私と同じようにこの過酷な現実に直面し、戦っているという悲しい証明でもありました。そうして私は、未来の命を守るための手術室へと向かったのです。

同時再建手術の選択と、病理検査でもたらされた衝撃

私は乳房の切除と同時に、インプラントによる再建手術を一度に行う方法を選びました。医師によって「まずは体を休めるべきだ」という意見もあり、専門家の間でも推奨される治療法は分かれていましたが、私は信頼する医師を信じて決断しました。結果として、この選択は大正解でした。さらに手術後、切除した組織の病理検査を行った医師から、興奮した声で電話がかかってきました。「ジャッキー、やったわ! 手術をして大正解だった!」と。なんと、切除した組織からすでに「前がん細胞」が見つかったのです。

Courtesy of Jackie Tohn

 

遺伝子検査が私の命を救った。日本の読者へ伝えたいこと

もしあのタイミングで手術をしていなければ、私は今頃がんと戦っていたはずです。この経験は、私の人生観を180度変えてくれました。キャリアに執着するのをやめ、最愛のパートナーや両親との時間を最優先にするようになったのです。家族にがん患者が多い方、若くして発症した親族がいる方は、ぜひ遺伝子検査を検討してみてください。日本の医療現場でも、近年HBOC(遺伝性乳がん卵巣がん症候群)の遺伝子検査や予防切除に保険が適用されるケースが広がっています。自分のリスクを知ることは、未来の自分をエンパワーメントするための、前向きな一歩になるはずです。

※この記事はアメリカ版ウィメンズヘルスの翻訳をもとに、ウィメンズヘルス日本版が編集して掲載しています。

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