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岡本多緒さんを深掘り|カンヌ最優秀女優賞の快挙!モデルからハリウッドを経て改名した理由

  • 2026.7.3
撮影=中西真基(AGENCE HIRATA)

2026年5月に開催された第79回カンヌ国際映画祭で、濱口竜介監督の最新作『急に具合が悪くなる』がコンペティション部門に出品され、最優秀女優賞をフランスを代表する俳優ヴィルジニー・エフィラさんと、日本の俳優・岡本多緒さんが受賞しました。日本人女性として初の快挙でした。

映画『急に具合が悪くなる』。2026年6月19日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショーにて公開中。 © 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

『急に具合が悪くなる』は、哲学者でがん患者だった故・宮野真生子さんと人類学者の磯野真穂さんによる往復書簡を原作に持つ作品です。介護施設で理想のケアを模索する施設長マリー=ルー・フォンテーヌ(ヴィルジニー)と、がん闘病中の日本人演出家・森崎真理(多緒)がパリで偶然出会い、心を通わせていきます。

上映時間は3時間16分ですが、体感としてはあっという間。互いの母語(フランス語と日本語)を流ちょうに使いながらの深い対話は大きな共感を誘います。

完成した作品を見たとき、多緒さんにはひとつの発見があったといいます。「“希望”というメッセージが散りばめられていたことに気が付いたんです。撮影中はとにかく無我夢中だったので、その時には感じ取れなかった発見がたくさんありました」

世界的トップモデルからハリウッド俳優に

トップス/44,000円 キャミソール/27,500円(ともにCFCL/CFCL Inc tel.050-1726-2002) ピアス 片耳/20,900円(MARIA BLACK/MARIA BLACK 表参道店 tel.080-4009-2020) リング55,000円(R.ALAGAN/R.ALAGAN DESIGN info@ralagan.com) 撮影=中西真基(AGENCE HIRATA)

多緒さんは1985年、千葉県に生まれました。14歳でモデルとしてデビューし、"TAO"の名でパリ、ミラノ、ロンドン、ニューヨークのファッションウィークで主要メゾンのショーや雑誌、世界的なキャンペーン広告に出演し、トップモデルとしての地位を築いていきます。

転機となったのは2013年。ハリウッド映画『ウルヴァリン:SAMURAI』で、ヒロイン・マリコ役に抜擢されたことでした。当時の彼女に取材した際、モデルとしての身体表現からさらにセリフを得て演じる面白さに出会えた手応えや喜びを語っていました。その言葉どおり、彼女はその後も『バットマン vs スーパーマン』『ハンニバル』『ウエストワールド』など、海外の映画やドラマを中心に出演を重ねていきました。

一方、ハリウッドでのキャリアを重ねる中である葛藤が育っていったそうです。2020年に始まったコロナ禍でのアジア人に対する差別や、自分がスクリーンの中で体現してきた日本人女性、アジア人女性のイメージが社会にもたらす影響について考えるようになったといいます。

ステレオタイプを助長しかねない役柄への違和感を率直に伝えたこともありましたが、業界の構造は簡単には変わりません。その経験を経て、2023年、彼女は活動の拠点を日本へと移す決断をしました。

共演者と支え合った難役への挑戦

映画『急に具合が悪くなる』 © 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

同じ年、彼女はもうひとつの挑戦を始めています。自ら企画し、監督・脚本・出演も務めた短編映画『サン・アンド・ムーン』が、東京国際映画祭のファイナリスト作品に選出。 その後も『EXHIBIT』(2024)、アメリカで暮らすチベット系移民の家族にフォーカスした『マイ・スウィート・パーラ』(2025)を手がけています。13年前の取材時に自身について「自分で作りたがるタイプ」と評した彼女はモデルから俳優、そして監督と表現の形を広げながら、自分自身の言葉で物語を語る術を獲得していきました。

そんな歩みの先に待っていたのが、濱口竜介監督との出会いであり、『急に具合が悪くなる』という作品です。

演じるのは、原作者の宮野真生子さんとは名前も職業も違うキャラクター。それでいて宮野さんの精神はその中にしっかり息づいています。実在した人物の輪郭をたどりながら役を作っていくのは、多緒さんにとって繊細な手探りの連続だったといいます。

「磯野さんはもちろん、宮野さんのご遺族のみなさんのためにも、原作の魂をどうすればこの作品に落とし込めるかということに日々試行錯誤していました」

宮野さんの実家を訪ね、お墓参りをして、ご遺族や磯野さんから話を聞いても、なお頭をかかえていた彼女に、濱口監督はこうアドバイスしたそうです。「迷ったときは、原作を読み返してください」。プレッシャーを一度手放し、多緒さんは繰り返し原作者の言葉に触れて自らに染み込ませ、真理という女性を表現しました。

そんな日々を支えたのが、共演者ヴィルジニー・エフィラさんとの関係です。ヴィルジニーさんは撮影開始のわずか2カ月前にチームに加わり、難解な役と不慣れな日本語のセリフという二重の課題に挑みました。

「限られた時間の中で、この難しい役と日本語のセリフの習得に挑んでくれるなんて、本当に感謝しかありません。マリー=ルーの資質をも持ち合わせていて、とても愛情深く、素晴らしい人です。

長いキャリアのなかでの葛藤もシェアしてくださいました。お子さんが2人いらっしゃいますが、撮影現場で家庭と仕事の両立も垣間見させていただいて、私自身の背中を後押ししてもらったというか。少し先輩の女性として、純粋にすごくかっこいいです」

画面の外側で育まれた信頼関係が、画面の中の2人の女性の関係性に確かな実感を与えていました。

「準備段階から、日々手と手を取り合うように歩んでいました。監督もこの関係性について『計算できるものじゃない』と仰っていましたが、本当にその通りです。

受賞の実感はいまだにないのですが、彼女じゃなかったら、これほどのケミストリーは生まれていなかったし、受賞もありえなかったのではないかと思っています」

“TAO”から“岡本多緒”へ改名─その思いとは

撮影=中西真基(AGENCE HIRATA)

ここで、彼女の名前について触れておきたいと思います。俳優業に進出後もしばらくは"TAO"という欧文表記で名乗っていましたが、現在は本名である"岡本多緒"として活動しています。

「父が道教(タオイズム)の本にインスパイアされてつけた名前です。もともと両親は男の子を想定して"タオ"という名を考えていましたが、生まれたのは私だったので(笑)、女の子らしい字をあてたのが"多緒"という漢字表記です」

幼い頃はこの名前を好きになれなかったそうです。「特に小学校や中学校ぐらいまではすごく嫌でした。『男の子みたい』とからかわれたり、『珍しい』と言われるだけでも嫌で、大人になったら改名したいと思っていたほどです」

ユニークな名前を持つことは、子どもにとってはときに居心地の悪さにもつながりますが、時間の経過とともにそれは変わっていきました。

「緒という字は"多くをつなげる"という意味にも取れると思って、そこは私も気に入っています」

実際、海外で仕事をするようになると、"TAO"という名前は覚えやすく、発音もしやすいという実利的な利点もありました。モデル時代はこの呼び名が大いに役立ったといいます。

2023年、日本に拠点を戻したタイミングでクレジット表記を改名したのは、「TAO」のままでは出演作のクレジットで妙に浮いてしまうから。モデルっぽさが抜けないという感覚もあったそうです。呼び名を変える選択の中にも、彼女がどんな表現者でありたいかという意志が滲んでいます。

"緒"は"端緒"など物事の始まりを意味する字でもあります。"多くが始まり、多くを結ぶ"という名前の意味は、彼女のこれまでの歩みと不思議なほど重なって見えます。

撮影=中西真基(AGENCE HIRATA)

モデルとして世界中のランウェイに立ち、俳優として国境を越えた現場に身を置き、自ら監督として物語を紡ぎ続けています。

さらに、つい最近まではポッドキャスト「エメラルド プラクティシズ」を通じて、気候変動などの社会問題を中心に様々な課題について発信を続けてきました。旺盛な好奇心と行動力をひとりで完結させることなく、他者と知識を分かち合い、小さな実践を積み重ねていく。それは『急に具合が悪くなる』の真理の生き方とも重なります。

俳優として誰かの物語を生き、監督として自ら物語を紡ぎ、発信者として他者と知識を結び、そして今回はヴィルジニー・エフィラさんとの協働によって、ふたつの国、ふたりの女性のつながりが世界を大きく広げる物語に結実しました。

岡本多緒という名前が持つ"多くを結ぶ"という意味は、偶然というより、彼女自身が選び取ってきたものなのかもしれません。

▶岡本多緒さんギャラリー

撮影=中西真基(AGENCE HIRATA) ヘアメイク=MICHIRU for yin and yang(3rd) スタイリスト=船越 綾 取材・文=冨永由紀 編集=井本茜(婦人画報編集部)

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