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他者とどう向き合うか――医療と介護の現場に見つめる希望【映画『急に具合が悪くなる』レビュー】

  • 2026.6.24
映画『急に具合が悪くなる』メインビジュアル (C)2026 Cinefrance Studios ‐ Arte France Cinema ‐ Office Shirous ‐ Bitters End ‐ Heimatfilm ‐ Tarantula ‐ Gapbusters ‐ Same Player ‐ Soudain JPN Partners width=
映画『急に具合が悪くなる』メインビジュアル (C)2026 Cinefrance Studios ‐ Arte France Cinema ‐ Office Shirous ‐ Bitters End ‐ Heimatfilm ‐ Tarantula ‐ Gapbusters ‐ Same Player ‐ Soudain JPN Partners

哲学者・宮野真生子さんと人類学者・磯野真穂さんによる同名タイトルの往復書簡を原作に、濱口竜介監督が映画化した『急に具合が悪くなる』。フランスと日本が舞台というワールドワイドな設定に変更しているものの、原作のスピリットはそのままに、心の琴線に触れる多彩な人間模様が描かれている。

【写真】注目俳優・黒崎煌代が演じる智樹(右)

原作は、がんの転移を経験しながら生き抜く哲学者・宮野真生子さんと、臨床現場の調査を積み重ねた人類学者・磯野真穂さんが交わした20通の往復書簡。時に人生のタイムリミットが迫る恐怖を吐露するも、それを振り払うように最期まで“がん患者”ではなく“哲学者”として問い、語り続ける宮野さん、そんな彼女にさまざまなボールを投げて、宮野さんにしか見えない世界を引き出していく磯野さん。読んでいるとき、お二人の思考力や熱量あふれるやりとり、そして絆に圧倒され、読後はこれまでの人生で起きた“出会い”について改めて考えさせられた。

そしてこの宮野さんと磯野さんのソウルメイトとも言えるような関係性、スピリットは、映画の2人の主人公、介護施設ディレクターのマリー=ルーと、舞台演出家でステージⅣのがん患者である真理にも同じように宿っている。運命的に出会い、互いに影響し合う2人を軸に、ポジティブなコミュニケーションの輪がたくさん生まれていく。

そんな2人を取り巻くキャラクターたちも、それぞれ彼女たちに負けず劣らず強い存在感を放っている。

■智樹が運ぶ希望

中でも印象深いのは、自閉スペクトラム症の少年・智樹。智樹は真理が演出する舞台の主演俳優・清宮吾朗の孫だ。この原作には登場しない自閉スペクトラム症の少年は、言葉のコミュニケーションが不可能で常に動き回っている。時折登場し、真理とマリー=ルーの出会いのきっかけとなるなど、人と人をつなぐ役割を果たす、物語の重要なキャラクターだ。智樹が吾朗の一人芝居に乱入しても、劇場にいる誰も彼をとがめず、退場させようとする者はいない。通常はありえないことなので驚かされるが、やがて彼は芝居の内容とリンクして、舞台の登場人物のひとりのように思えてくる。

智樹は基本的にどこにいても、吾朗、真理、マリー=ルーに適度な距離で見守られながら、自由に過ごす。それは、マリー=ルーが介護施設で実践する、ユマニチュード(「人間らしさ」を表すフランス語)の精神と通じる。

ユマニチュードとは、フランスで生まれた、医療や介護の現場で行われるケアの技法。「見る」「話す」「触れる」「立つ」という4つの柱を組み合わせて、相手を大切に思っていることを伝える技術だ。ケアを受ける人を「対象」ではなく、感情や意志をもつひとりの「人間」として捉える。現在は教育や看護の分野でも徐々に普及している。

マリー=ルーらが施設のお年寄りたちに、ユマニチュードの技法で温かく接している様子は、コミュニケーション方法としてまさに理想的に映る。濱口監督は、認知症の高齢者や自閉スペクトラム症といった社会の片隅に置かれ、時にモノのように扱われてしまう人々とのコミュニケーションの在り方について、ユマニチュードを通して、静かに問いかけているように思う。

もちろんこういった人々に向き合うとき、現実はきれいごとだけでは済まない。吾朗の口から、智樹が両親との暮らしがうまくいっていなかったことを匂わせるセリフがあり、彼の人生の厳しさも垣間見える。それでも、智樹が自由に動き人々の間をつなぐとき、そこには希望がきらめいている。

そのほか、介護施設での人間模様もとても印象深い。レクリエーションで、ある認知症男性の入居者の家族がインタビューを受けた際、彼の息子が、元気だった頃の父について「高圧的だった」と恨みを吐露し、それまで和やかだった空気がピリッとするシーン。それを観た時、私の年老いた母が浮かんだ。働いて育ててくれたことは感謝してる。でも正直、恨み言もいっぱいある…。昔の元気で憎まれ口をたたき合っていた姿とはほど遠い、心身ともに衰え弱った親を前に抱える自分の中の複雑な感情が、彼の姿とリンクした。また、マリー=ルーがベテラン看護師ソフィと衝突し和解に至るプロセスも、今の介護業界が抱える人手不足の問題などが反映されていて心に残った。

おそらく観る人によってそれぞれどこか心に届くところがある、多彩なテーマを緻密に内包した本作。自分も今後は、なるべく真理のように世界に向けて“ラインを引く人”を目指し、能動的に人生を生きていきたい。

(文:古川祐子)

映画『急に具合が悪くなる』は公開中。

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