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70年にわたり日本のビューティ界をけん引し続ける美容家、小林照子さんの仕事術

  • 2026.6.13

IKIGAI(いきがい)という言葉でも知られる長寿国・日本では、90代でも社会的に活躍する人材がいます。自身の在り方、年齢の重ね方、社会への意識など、尊敬すべき先輩方に人生のお話を伺います。今回は、美容研究家やメイクアップアーティストとして活躍する小林照子さんの生き方に迫ります。

肌は驚異のノー・ファンデーション。 YASUYUKI NOJI

<Profile>
小林照子(こばやしてるこ)/美容研究家、メイクアップアーティスト

1935年生まれ。コーセー入社後、世界初の美容液を企画開発して大ヒット。’91年、美・ファイン研究所を設立し、スクールの運営、美容ビジネスの企画などに携わる。

「70代以降は、楽しいと思うことからスケジュールに」

手は白くふっくら。「メイクアップアーティストという大事な顔に触れる仕事なので私にとって手が一番大事。ケアも手優先」 YASUYUKI NOJI

メイクアップアーティストを志して上京し、23歳でコーセーに入社。数々のヒット商品を生み、50歳でコーセー初の女性取締役となった小林照子さん。56歳で起業してからも走り続け、気が付いたら90歳に。「自分が考えたことを思いのままにできるためずっと充実しています。過去を振り返ることもないですね。忙しいのは私の運命。70代からは楽しいことやずっと続けたいと思うことから先にスケジュールに入れています」

クレンジングクリームとホットタオルによる蒸し美容を提唱。手前は自社開発のニリヤ マッサージクリーム。 Hearst Owned
設立した青山ビューティ学院高等部では生徒から“てるちゃん”と呼ばれるそう。「授業では夢や生き方を教えています」 Hearst Owned

70代では大きな挑戦も。75歳で高等学校を設立します。「大変な事業と反対されました。でもメイクアップアーティストになりたいという夢と美意識をもつ中学生が、卒業後すぐに学ぶ場所がないため海外に行ってしまうケースが多いことを知り、彼らの救済のため決意しました」。人生の岐路では、楽な道より大変な道を選択してきた小林さん。いつも朗らかでエネルギッシュ、若い人より速く歩き、体の内側も健やかとのことですが、自分の健康を考えることは特にないそう。「仕事上、人の美のためにということを常に考えています。美は健康の上にしかなく、美をつくることは健康をつくること。私の場合、人の美を考え、人のために役立っているという自信がもてる、これが健康に良いのかもしれませんね」

初出:リシェスNo.55 2026年3月27日発売

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