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送迎係としか思っていなかったママ友の車が外車だと知り、態度を変えた自分が恥ずかしくなった話

  • 2026.6.12
ハウコレ

送り迎えの時間になると、駐車場にずらりと車が並びます。事情があって車を手放した私は、いつも誰かに頼るしかありませんでした。同じクラスのママ友に声をかけたことが、思いがけない後悔につながるとは思っていませんでした。

「車持ってるよね?」と頼んだ日

あのとき私は、深く考えずに「車持ってるよね?」と聞いていました。相手が「ええ、まあ」とうなずいたので、「じゃあ、みんなの送り迎えお願いできる?」と続けたのです。

車のない私にとって、送迎を頼める相手がいるのは本当に助かりました。みんなで助け合うものだと思っていたので、申し訳なさよりも安心のほうが大きかったように思います。

甘えていた日々

気づけば私は、当たり前のように送迎を頼むようになっていました。

「車があるんだから、それくらい平気でしょ」

今思えば、ずいぶん失礼な言い方でした。相手がいつも少し離れた場所に車を停めていたことにも、私は気づかないふりをしていました。お礼を言う回数も減っていたと思います。自分が車を持てないことへの引け目を、相手に頼ることでごまかしていたのかもしれません。

車を見てしまった瞬間

ある集まりの帰り、その人が乗り込む車を初めて目にしました。立派な輸入車で、私は思わず足を止めてしまったのです。

「これ、あなたの車だったの?素敵」

口から出たのは、それまでとはまるで違う言葉でした。「今度、ランチおごらせて」とまで言っている自分が、信じられませんでした。すると相手は、ゆっくりほほえんで言いました。

「車を見てから、ずいぶん優しいんですね」

やわらかい声なのに、胸の奥をまっすぐ突かれた気がしました。送迎係のように扱っていた相手を、車を見た途端に持ち上げている。そんな浅ましさが、自分の中にあったのです。

そして...

あの日から、私は連絡の仕方を変えてしまいました。けれど相手の返事は、前よりもそっけなくなっていきました。当然だと思います。私はずっと、相手を「便利な人」として見ていました。そして車を知った途端、今度は「すごい人」として見たのです。

どちらも、その人自身を見ていなかったことに変わりはありません。車があってもなくても、頼るなら感謝を忘れてはいけなかった。あの関係はもう戻らないかもしれませんが、次に誰かと向き合うときは、肩書きではなくその人を見たいと思っています。

(30代女性・専業主婦)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

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