1. トップ
  2. カルチャー・教養
  3. 覚醒した脳の一部で「睡眠の回復効果」を誘発することに成功

覚醒した脳の一部で「睡眠の回復効果」を誘発することに成功

  • 2026.6.11
覚醒した脳の一部で、睡眠の回復効果を誘発 / Credit:Canva

イルカは、脳の片側だけを眠らせながら泳ぎ続けることができます。

片方の脳で休息を取り、もう片方の脳で周囲を警戒する。

私たち人間から見ると、まるで「半分だけ眠る」という不思議な能力です。

では、睡眠の効果は本当に脳全体が眠らなければ起こらないのでしょうか。

米国ウィスコンシン大学マディソン校(UW–Madison)の研究チームは、覚醒中のマウスの脳の一部に、ノンレム睡眠に似た神経活動を人工的に起こし、睡眠中に見られる回復作用に近い変化を誘発することに成功しました。

研究の詳細は、2026年6月8日付で科学誌『Nature Neuroscience』に掲載されています。

目次

  • 脳の一部だけに「睡眠のリズム」を起こす実験
  • 「睡眠不足の記憶低下」を補うような効果が見られる

脳の一部だけに「睡眠のリズム」を起こす実験

睡眠は、脳をただ休ませるだけの時間ではありません。

特にノンレム睡眠では、神経細胞が一斉に活動する時間と、静まる時間がゆっくりと繰り返されています。

このリズムは、脳が記憶を整理し、次の学習に備えるために重要だと考えられています。

研究チームが知りたかったのは、この睡眠の働きが「脳全体が眠ること」によってしか起こらないのか、それとも「睡眠中に現れる特定の神経リズム」があれば、覚醒中の脳の一部でも再現できるのかという点でした。

そこでチームは、睡眠不足にしたマウスの脳の一部に光刺激を与え、ノンレム睡眠に似た活動パターンを人工的に起こしました。

実験では、マウスを5時間起こし続け、その最後の30分間に、脳の片側の皮質だけへ刺激を加えました。

その後、マウスを眠らせて脳活動を調べると、刺激を受けた領域では、睡眠中に強く出るはずのゆっくりした脳の波、つまり「眠り足りなさ」の指標が低くなっていました。

これは、その領域で睡眠不足による負担が一部軽くなり、通常の睡眠で強く回復する必要が少なくなった可能性を示します。

さらに重要なのは、単に神経活動を弱めただけでは同じ効果が出なかった点です。

効果を生んだのは、神経を静かにすることそのものではなく、ノンレム睡眠に似た「活動する時間」と「静まる時間」の繰り返しでした。

つまり、睡眠の回復作用には、脳をただ静かにすることではなく、ノンレム睡眠に似た「活動」と「休止」のリズムが深く関わっている可能性があるのです。

では、この「脳の一部だけの睡眠」は、実際の記憶にも影響したのでしょうか。より詳しい結果を次に見ていきましょう。

「睡眠不足の記憶低下」を補うような効果が見られる

研究チームはさらに、刺激を受けた脳領域で、睡眠後に見られる「神経のつながりを整理するような変化」が起きているかも調べました。

起きている間、脳はさまざまな情報を処理し、神経細胞同士の結びつきを変化させています。

睡眠中には、その結びつきが整理され、重要な記憶を残しながら、過剰なつながりを調整すると考えられています。

今回の実験では、刺激後にマウスを眠らせず、すぐに脳組織を調べました。

それでも、刺激を受けた領域では、睡眠後に見られる変化に近い分子反応が確認されました。

つまり、覚醒中であっても、睡眠に似たリズムを脳の一部に起こすことで、睡眠の回復作用の一部が進んだ可能性があります。

さらに研究チームは、記憶課題でも効果を確かめました。

通常ならマウスを睡眠不足にすると翌日の成績が悪くなります。

しかし、睡眠不足の間に、感覚や運動に関わる脳領域へ睡眠に似た活動を起こしたマウスでは、よく眠ったマウスに近い成績を示しました。

これは、脳の一部に睡眠様のリズムを起こすことで、睡眠が担う記憶の整理を一部助けられる可能性を示しています。

ただし、この研究を「眠らなくてもよくなる技術」と受け取るのは早計です。

今回の実験は、マウスを対象にして、脳内への光刺激装置を使ったものです。

人間にそのまま応用できる段階ではありません。

また、再現されたのは睡眠のすべての働きではなく、脳の局所的な回復や、特定の記憶課題に関わる効果です。

睡眠には、記憶の整理だけでなく、感情の調整、代謝、免疫、脳全体のネットワークの調整など、さまざまな役割があります。

脳の一部に睡眠様の活動を起こせたとしても、通常の睡眠を完全に置き換えられるわけではありません。

それでも今回の研究は、睡眠の本質を考えるうえで大きなヒントになります。

今後、より安全で侵襲性の低い方法によって、人間でも似た効果を起こせるかが調べられるなら、睡眠不足による認知機能の低下や、学習・記憶の問題を理解する新しい手がかりになる可能性があります。

参考文献

Researchers trigger sleep’s restorative effect in parts of the awake brain
https://www.eurekalert.org/news-releases/1131139

元論文

Induction of cortical on/off periods in awake mice fulfills sleep functions
https://doi.org/10.1038/s41593-026-02318-9

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

元記事で読む
の記事をもっとみる