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「わざわざ迎えにいくな!歩いていかせろ!」土砂降りの中、子供を迎えにいくなと言う義父。10年同居していた私が我慢の限界にきた瞬間

  • 2026.6.11
「わざわざ迎えにいくな!歩いていかせろ!」土砂降りの中、子供を迎えにいくなと言う義父。10年同居していた私が我慢の限界にきた瞬間

10年続いた同居の地獄

農家の夫と結婚し、子供が2歳半になったタイミングで義実家との同居が始まった。

家を建てる約束はあったが、義父はいつまで経っても首を縦に振らない。

土地はある、金もそのうち、と繰り返すばかりで、図面の話すら出てこなかった。

朝5時、廊下に響く義父の声で毎日叩き起こされる。

寝起きの子供が泣くと、それを聞きつけてまた怒鳴り声が飛んだ。

すれ違いざまには必ず小言が飛んでくる。靴の揃え方、洗濯物の干し方、財布の出し入れの仕方まで。風呂は義父母の入った後で、湯は濁って髪の毛が浮いていた。

料理を出せば義母から味付けにダメ出しが入る。

「お前のご飯、塩気が足りん」

10年我慢した。

子供のためにと自分に言い聞かせ、夫の顔を立てて、田畑の集まりでは笑顔も作った。

だがその朝、雨の中で送り迎えの支度をしている私に義父が放った一言が、最後の線を踏み越えた。

「わざわざ迎えにいくな!歩いていかせろ!」

爆発した嫁の宣言

小学校までの距離を、土砂降りの中、子供に1人で歩かせろと言うのだ。

私は手にしていたタオルを落とした。10年分の不満が、喉の奥でぐらりと立ち上がった。

「毎日毎日うるさいなぁ。気に入らないなら出ていきますよ」

声が震えていた。

だが止まらなかった。義父は固まったまま、義母は奥の部屋へ消えていった。

私はその足で家を出て、夫にメッセージを送った。

離婚、の2文字だけ。

その夜はビジネスホテルに泊まった。

子供は実家の母に預けた。シャワーを浴びながら、10年分の溜まり水が抜けていく感覚があった。

夫からは返信が来た。だが内容は救いではなかった。

「父ちゃんも母ちゃんも、すれ違うたびにお前が下を向くのが嫌みたいだよ」

私はスマートフォンを伏せた。

この人もこちら側ではないらしい。10年の同居で、味方は1人も増えていなかった。

独断で押させた印鑑

翌日、不動産屋へ向かった。子供の通学路と職場の距離だけ条件にして物件を回った。

築30年フルリフォーム済みのマンションが目に留まり、その場で契約手続きに入った。

価格も間取りも、ローンの組み方も自分の判断で決めた。誰にも相談しなかった。

家に戻り、夫の前に契約書を置いた。

「ここに印鑑だけ押して」

夫は何も言わずに朱肉を取った。

10年の我慢に対する答えは、私が出した。

ここまで頑張ってきたのなら、もう好きにやろう。背中で義父の声を断ち切った瞬間だった。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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