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心の深奥が強く揺さぶられる物語―映画『大統領のケーキ』

  • 2026.6.9

皆さん、こんにちは。リビングふくおか・北九州Web地域特派員のkurinaです。九州北部は梅雨入りしましたね。お出かけするのも少し躊躇われる季節ですが、そんな時こそ劇場で、映画を観ながらゆっくり過ごすというのはいかがでしょう。今回は、ぜひ皆さんに観ていただきたい作品をご紹介します。7月10日(金)より全国公開される映画『大統領のケーキ』です。

突然ですが、皆さんは1990年代、誰と、どこで、どのように過ごしていましたか。アムラー世代の私は、よく小室ファミリーの曲を口ずさみながら学生生活を送っていました。しかし世界に目を向けてみると、1990年代といえば、イラクにおける湾岸戦争が起きた時代でもあります。

『大統領のケーキ』は、そんな1990年代、独裁政権下のイラクで暮らす人々の姿を描いた作品。イラク出身のハサン・ハーディ監督が自身の実体験をもとに描いた初の長編映画です。

第98回アカデミー賞®国際長編映画部門イラク代表、同賞のショートリストにも選出され、第78回カンヌ国際映画祭新人監督賞(カメラ・ドール)と監督週間観客賞のW受賞を果たした本作は、世界中で数々の映画賞を受賞し、多くの人々の心を揺さぶっています。

それでも続く日常―

国連からの制裁が続く中、遠くでは爆撃音が鳴り響いています。水は配給に頼り、日々の食事にも事欠くほどの生活。そんな環境で「大統領のケーキ係」に選ばれたラミア。小学生でさえフセイン大統領の名を叫び、称え、国威掲揚が“当たり前”として受け入れられているその異様な雰囲気。逆らうことは許されず、批判すれば通報される。“本当にこんな世界があったのか”と、現代を生きる自分の環境とのあまりの違いに、言葉を失いました。

出典:リビングふくおか・北九州Web

ⓒ2025 TPC Film LLC All Rights Reserved.

祖母と一緒に暮らし続けるため、そしてケーキを調達できなければ罰が待っていることもあり、ラミアは止まれません。ケーキの材料を集めるため、友人サイードと町を奔走しますが、田舎より多少物があるとはいえ、ここは戦時下。子どもだからといって優しくされるわけではありません。大人も含めてあらゆる意味で、余裕がないんです。労働の対価として卵はもらえたものの、形見の時計を売って得たお金は“偽札”として取り上げられ、ラミアは追い詰められてしまう。9歳の小学生がそこまで追い詰められる状況とは何なのか。国連の制裁とは一体何だったのか。正直、分からなくなってしまいました。

出典:リビングふくおか・北九州Web

ⓒ2025 TPC Film LLC All Rights Reserved.

さらに、爆撃で負傷した人々が、それを淡々と受け入れているように見えることにも、言いようのない気持ちを覚えました。病院にいた負傷者も、爆撃で失明した男性も、怒り嘆くのではなく、ただ静かに現実を受け止めている。

よく“良く生きなさい”と言われることがありますが、一体“良く生きる”とは何なのでしょう。もしかしたら、その答えを考えること自体が、実はとても贅沢なことなのかもしれません。食べることで精一杯、今日を生きることで精一杯の毎日の中では、ただ“生きる”。怒りや悲しみさえも、ただ”生きる”上では、エネルギーを消費するだけのもの。だからこそ、あらゆることを全て飲みこむしかないのかもしれません。

出典:リビングふくおか・北九州Web

ⓒ2025 TPC Film LLC All Rights Reserved.

作品を通して終始、私自身の生き方を問われている気がしました。明日をどう生きるかではなく、まず“今日を生きる”ということ。いつもの日常が続いていくということは、実は奇跡のようなことなのかもしれません。大切な人たちに、愛や感謝を伝えられる”いま”があるということ。それがどれだけ尊い瞬間なのかを思い知らされます。

物悲しい情景―

イラクでの撮影が実現したこの作品。主たる舞台は、「エデンの園」のモデルになったとも言われ、電気もなく移動はすべて船という、メソポタミアの湿地帯です。ラミアも二人乗り用の小さな小舟を、自ら漕いで小学校に通うシーンがありました。

波もほとんどない、穏やかでとても静かな湿地帯。舟を漕いで立ち上がる水音が小気味よくて、心地よさを感じます。そんな静謐さを、冒頭のシーンでは2機の戦闘機が駆け抜けます。物悲しい景色を破るこの戦闘機のシーンは、あたかもラストシーンを暗示しているかのようでした。

アラブ特有の情感溢れる音色とともに、この映画を美しく彩る風景たち。あまり見る機会のない、この地方の美しい景色に触れられることもまた、今作品の見所のひとつです。

観終わった後も、気持ちの整理がなかなか追いつかないーーそんな余韻を与えてくれる作品です。私たちは、自分の身に起きていない出来事に対しては、どうしても“どこか他人事”になりがちです。でも思うんです。見て、聞いて、体験して、自分自身で考えることを止めてはいけないのだと。この作品は、その大切さに気づかせてくれました。

きっと皆さんの心にも、何かが響くはずです。ぜひ劇場へ足をお運びください。

『大統領のケーキ』 ■監督・脚本:ハサン・ハーディ ■出演:バニーン・アハマド・ナーイフ、サッジャード・モハンマド・カーセム、ワヒーダ・サーベト、ラヒーム・アルハジ ■プロデューサー:リア・チェン・ベイカー ■エグゼクティブ・プロデューサー:エリック・ロス、マリエル・ヘラー ■撮影監督:トゥードル・ヴラディミール・パンドゥル ■編集:アンドゥ・ラドゥ ■音響:タマーシュ・ザーニ ■美術:アナマリエ・テク ■2025 年/イラク、アメリカ、カタール/105 分/アラビア語/シネスコ/カラー/5.1ch/英題:The President’s Cake ■日本語字幕:星加久実 ■字幕監修:中町信孝 ■配給:松竹 ■PG12 ■ⓒ2025 TPC Film LLC All Rights Reserved. ■福岡県内の上映館:KBCシネマ

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