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「味が薄い」母に否定され続けた私 → 年老いてからの「昔から料理上手だったよね」に戸惑い

  • 2026.6.4

筆者の話です。
母に料理を作るたび、昔は細かく味を指摘されていました。
それなのに、年を重ねた母がかけてきた言葉に、私は戸惑ってしまったのです。

画像: ftnews.jp
ftnews.jp

遠ざかる台所

「味が薄い」「炒めすぎ」
実家で料理を作るたび、母からそう言われていました。
母は料理が得意で、手際もよく、味つけにもこだわりがある人でした。

最初は教えてくれているのだと思っていました。
けれど、何度も続くうちに、実家の台所に立つこと自体が嫌になっていったのです。

自分なりに頑張って作っても、先に返ってくるのは改善点ばかり。
いつしか「自分は料理ができない人間なんだ」と思うようになり、実家では自然と料理を避けるようになっていました。

変わる立場

両親が年を重ねてからは、帰省した際に私が食事を作ることが増えていきました。
「なんでもいいよ。作ってくれるだけでありがたい」
母はそう言ってくれます。
以前のように細かく口を出すこともなくなり、作った料理を静かに食べるようになっていました。

けれど、台所に立つたび、昔の言葉が頭をよぎります。
優しい言葉をかけられても「今はそう言うけれど、あの頃は違った」という気持ちが消えませんでした。

遅すぎた言葉

ある日、食卓に料理を並べたときのことです。
「おいしいね」
そう言って食べていた母が、ふとこんな言葉を口にしました。

「昔から料理が上手だったよね」
その瞬間、私は思わず母の顔を見返していました。
かつての私は、母に否定されてばかり、褒められたことなんて数えるほどしかなかったのです。

でも今、母が文句を言わなくなったのは、私ができるようになったからではなく、母自身が年を重ね、できないことが増えたからかもしれません。
厳しかった「師匠」のような母がいなくなった寂しさと「もっと早く言ってほしかった」という気持ちが混ざり合い、私は返事ができませんでした。

残る言葉

きっと、あの頃に「おいしい」と言ってもらえていたら、私はもっと違う気持ちで台所に立てていたはずです。
一番苦しかった時にほしかった言葉ほど、後から聞くと素直に受け止められないのかもしれません。
「もっと早く、私が一番苦しかった時に味方でいてほしかった」そんな気持ちは、今でも心のどこかに残っています。

それでも、年を重ねた母に「なぜ、昔は?」をぶつけたところで、過去が変わるわけではありません。
母と過ごせる時間にも限りがあります。
だからこそ私は、過去ばかりを見続けるのではなく、残された親子の時間を穏やかに過ごしていきたいと思っています。
過去に引っ張られ続けないことも、今の私には必要なのかもしれません。

【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年5月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。

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