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実力派シンガーソングライターのプリンセス! ブルガリア旧王家マファルダ王女にフォーカス

  • 2026.6.1
Pablo Cuadra / Getty Images

ブルガリア最後の国王シメオン2世の孫にあたり、ヨーロッパ高位貴族の血を引くマファルダ王女。生まれながらの気品と、ヴァレンティノのミューズであった母ロザリオ・ナダル譲りの抜群のファッションセンスを誇る彼女ですが、名門バークリー音楽大学を卒業し、「オナ・マファルダ」の名義で活動する本格派シンガーソングライターとしての顔も持っています。

伝統的なロイヤルの枠にとらわれず、独自のクリエイティビティを発信し続けるモダンなプリンセスの歩みを紐解いていきましょう。

Luc Castel / Getty Images

ヨーロッパ高位貴族の血を引く、ロンドン生まれのプリンセス

1994年7月27日、ロンドンで誕生したマファルダ王女(本名:マファルダ・セシリア・プレスラフスカ)。父はブルガリア最後の国王シメオン2世の次男であるキリル王子(写真右から2番目)、母は元モデルで社交界のアイコンでもあるロザリオ・ナダルです。

スペイン王室とも家族ぐるみの深い親交を持つ名門の出自であり、妹のオリンピア王女(写真右)、弟のタシロ王子(写真左から2番目)とともに、幼少期からヨーロッパのハイソサエティで注目される存在でした。キリル王子とロザリオは2009年に別居を発表していますが(ヴァニティ・フェア誌によると、離婚はしていないとのこと)、その後も子どもたちの人生の節目には揃って立ち会うなど、家族としての良好な関係を維持しています。

Dave M. Benett / Getty Images

ミューズである母、ロザリオ・ナダルから受け継いだ美的センス

マファルダ王女の洗練されたスタイルの背景には、母ロザリオ・ナダル(写真中央)の存在があります。

ロザリオは、大手メゾン「ヴァレンティノ」の創業者ヴァレンティノ・ガラヴァーニの長年のミューズとして知られ、カルティエのプレジデントを務めた経験もある人物。最高峰のモードとビジネスに日常的に触れる環境が、マファルダ王女の優れた感覚を育てました。王女自身も「母は常に私の最大のインスピレーションの源」と公言しています。

Jacopo Raule / Getty Images

他ロイヤルとも交流!「世界で最もスタイリッシュな女性」にもリスト入りするイット・ガール

伝統的な王室の枠にとらわれないモダンな着こなしで、ファッション界からも高い評価を得ているマファルダ王女。米『Town & Country』誌が毎年発表する「世界で最もスタイリッシュで話題の若い女性」トップ50リストに選出され、「現代の白鳥」と称えられたほか、フロントロウの常連としても活躍。エレガントなドレススタイルからエッジの効いたストリートMIXまで着こなすハイセンスな私服スナップは、同世代の女性たちのスタイルアイコンとなっています。

Jared Siskin / Getty Images

その交友関係も華やかで、家族ぐるみで深い親交があるスペイン王室をはじめ、ギリシャ旧王家のマリア=オリンピア王女(写真左から2番目)とともにフロントロウで熱視線を浴びる姿が度々キャッチされているほか、ノルウェー王室のイングリッド=アレクサンドラ王女の18歳のバースデーガラやハノーファー王室のロイヤルウエディングにも出席。次世代ロイヤルの中でも、確固たる存在感を放っています。

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14歳で自ら作詞作曲をスタート。少女時代はロンドンのパブで実力を磨いた

幼少期から音楽に深い関心を寄せていた彼女は、14歳で自ら作詞作曲を始めたそう。16歳の頃には、ロンドンのパブやバーのオープンマイク(飛び入りで歌えるステージ)に参加して実力を磨くなど、プリンセスという肩書きに頼ることなく地道な活動をスタート。伝統的なロイヤルの生活とは一線を画す、表現者としての道を自ら選び取りました。

このロンドンでの地道なライブ経験が、彼女のアーティストとしての原点となっています。

写真は、マファルダ王女が7歳頃のもの。

Vittorio Zunino Celotto / Getty Images

アメリカへ移住。名門バークリー音楽大学での本格的な修行

ロンドンの名門、リセ・フランセ(フランス政府公認の在外教育機関)を卒業後、音楽を本格的に学ぶためにアメリカ・ボストンに移住したマファルダ王女。世界的な才能が集まる名門のバークリー音楽大学に進学し、ソングライティングや音楽理論を修得します。2015年には、遂にはデビューシングル『Don't Let Go』をリリースし、在学中からアーティストとしての確かな一歩を踏み出しました。2018年には、初のEP『Daisy Chain』をリリース、ミュージックビデオもいくつか制作しているそう。

学業とプロとしての活動を両立させ、自立した音楽家としてのキャリアを築いていきます。

Aldara Zarraoa / Getty Images

自身のレーベルから楽曲を発信。「オナ・マファルダ」の名で築く音楽キャリア

大学卒業後はニューヨークを拠点に活動。2022年には「新しい章のための新しい名前」として、アーティスト名を「Ona Mafalda(オナ・マファルダ)」に改名しました。「オナ」は母の故郷であるマヨルカ島へのオマージュ(スペイン語で「波」を意味し、音楽の波とも重なる)だといいます。

自身のレーベルからダークなエレクトロ・ポップを発信し、世界的人気バンド・コールドプレイのツアーでオープニングアクトを務めた実績も。のちに人生の大きな転機を迎えた際にも「音楽が私のシェルター(安全な避難所)になってくれた」と語るように、彼女はその時々の心の痛みをすべて新しい楽曲制作のエネルギーへと昇華させ、真摯に音楽と向き合い続けています。

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母のヴァレンティノを纏って。各国のロイヤルが祝福したマヨルカ島でのウエディング

2022年5月、学生時代にロンドンで出会い、ボストンでの大学時代に再会したレバノン系アメリカ人の実業家マーク・アブスレマンと結婚。ボストンでの民事婚を経て、母ロザリオが所有するスペインのマヨルカ島の邸宅で挙式を行いました。

マファルダ王女は母がかつて着用したヴィンテージのヴァレンティノのドレスを纏い、式にはスペインのクリスティーナ王女やノルウェーのメッテ=マリット王太子妃一家など、豪華なロイヤルが顔を揃えました。

Pascal Le Segretain / Getty Images

約2年半で下した決断。それぞれの道へ

交際期間を含めると10年に及ぶ熱愛の末に結ばれたふたりでしたが、結婚生活は長くは続きませんでした。

2024年5月、夫のマーク氏がニューヨークの裁判所に離婚を申請。約2年半の婚姻関係を経て、同年11月にふたりが離婚に合意したことが報じられました。関係者によると別れは円満なものであり、お互いへの敬意を保ちながらも、異なる人生の歩みを選択したとされています。この突然の幕引きは、当時多くのメディアに驚きを持って受け止められました。

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離婚後の葛藤を乗り越えるまで――メディアのインタビューで告白し、共感を呼ぶ

離婚という人生の大きな転機について、彼女はスペイン紙『El País』などのインタビューで非常に率直な心境を明かしています。「(離婚後から)1年半かけて、自分が本当に何を望んでいるのかを考えた。感情が混乱し、人生の方向性を見失ってしまった」とし、「深い痛みだった」と表現。「若い自分のような人間には、誰にもこんな経験はさせたくない」と告白。

ロイヤルという完璧なイメージに縛られず、痛みを隠さず等身大の言葉で語る彼女の誠実な姿勢は、現代の女性たちから多くの共感を集めました。こうした率直な語り口が、彼女の人間的な魅力をさらに深めています。

※この記事は2026年6月1日時点のものです。

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