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憧れのフェラーリを紐解く、キーワード「カーデザイン」。美しき跳ね馬の造形ヒストリー

  • 2026.6.1
Ferrari Enzo Ferrari

〈1947〜1979〉

ピニンファリーナだけじゃない!デザイン工房と追求した美しきデザイン

profile

中村史郎

監修・中村史郎(カーデザイナー、元日産自動車チーフクリエイティブオフィサー)

なかむら・しろう/武蔵野美術大学、米国アート・センター・カレッジ・オブ・デザイン卒業。2017年に日産自動車を退職後、ロサンゼルスと東京にSN DESIGN PLATFORM社を設立。〈日本クラシックカークラブ〉会長。

「創業から1950年代までのデザインにフォーカスすることで、フェラーリのデザインの変遷をより正確に捉えることができる」と指摘するのは、かつて日産のデザイン部門を率いた中村史郎さん。

デザイナーとして、若い頃にイタリア・トリノのカロッツェリア(デザイン工房)のデザインに大きな影響を受け、知己も多い中村さんがフェラーリ黎明期から70年代へのデザインの変遷を解説する。

「フェラーリの1号機、『125 S』は、見た目もレーシングマシンそのもの。機能一辺倒で、デザイン的な見どころはほとんどありません。対して、翌年の『166 MM』は、その後のフェラーリの原型とも言うべきデザインが見てとれます」

この格子パターンのフロントのグリルは、90年代あたりまで見られる、フェラーリの特徴的な造形の一つだ。

中村さんは、「『166 MM』から50年あたりまでの初期のフェラーリのデザインの形成には、〈トゥリング〉が関与していた」と見る。

〈トゥリング〉は第二次世界大戦前、アルファ ロメオの傑作「8C 2900B」などをデザインしたイタリア・ミラノの名門カロッツェリア。フェラーリ創業者のエンツォ・フェラーリは創業以前、アルファ ロメオのレースドライバーとして、またチームオーナーとして活動していた時期がある。

そんな接点から、フェラーリの最初期のデザインを当時最高峰のカロッツェリアの〈トゥリング〉に依頼していたのは不思議なことではない。

Ferrari 125 S
初めてフェラーリのエンブレムを冠したモデル。直線基調のグリルなど簡素なデザイン。排気量1.5ℓのV型12気筒エンジンを搭載した。4ヵ月の間に13のレースに出走して、うち6勝を挙げたという記録が残っている。
Ferrari 166 MM
車名はミッレミリア(1,000マイル)という公道レースに由来。排気量2ℓのV型12気筒エンジンにより、〈トゥリング〉が手がけた軽量ボディを時速220㎞まで加速させた。「125 S」に比べるとデザイン性が高い。

マッチョな〈スカリエッティ〉。エレガントな〈ピニンファリーナ〉

もう一つ、〈トゥリング〉の後、〈ピニンファリーナ〉と並行して黎明期のフェラーリのデザインを支えたカロッツェリアがある。それが〈スカリエッティ〉だ。

「例えば、57年の『250 Testa Rossa』を製作したのはモデナに工房があった〈スカリエッティ〉です。完成度が高く、その後のフェラーリのレーシングカーデザインの方向性を示しています。歴代フェラーリの中でも最高傑作の一つといわれる『250 GTO』も〈スカリエッティ〉の作品です」

一方、「250 Testa Rossa」とほぼ同時期の「250 GT Coupé」は〈ピニンファリーナ〉がデザインした。51年にフェラーリが〈ピニンファリーナ〉と契約し、「250 GT Berlinetta」や「250 GT 2+2」など、名デザインの量産GTモデルと数々のカスタムボディが誕生。一般販売されたこれらの好評なクルマにより、「フェラーリのデザイン=ピニンファリーナ」とのイメージが定着していった。

Ferrari 250 GT Coupé
1954年のパリ・サロンでデビュー。レースより長距離ツーリングを想定して開発された、当時のフェラーリの主力モデル。〈ピニンファリーナ〉らしい抑制の利いたデザインの美しいボディ。1年余りで約80台を製作。
Ferrari 250 GTO
〈スカリエッティ〉製のクローズドボディはフェラーリのコンペティションモデル(競技車両)の最高峰の一つ。3ℓV型12気筒エンジン。モデル名の「GTO」は、「GTオモロガート(レースに必要な公認)」の略。
Ferrari 250 LM
パリ・サロンでデビューしたフェラーリ初の市販ミッドシップモデル。デザインは〈ピニンファリーナ〉。当初V型12気筒エンジンは排気量3ℓだったが、2代目より3.3ℓに。1965年にル・マン24時間レースで優勝。

つまり、〈トゥリング〉がフェラーリのカーデザインの礎を築き、その後、レーシングモデルはマッチョなスタイルの〈スカリエッティ〉、ロードゴーイング・モデルはエレガントな〈ピニンファリーナ〉が担当するという形で、フェラーリのデザインは花開いていったのだ。

「50年代のフェラーリのレーシングカーは、この時代の中で断トツに美しい。性能もさることながら、造形に対するこだわりが素晴らしく、必要以上に美しいと言えるレベル。性能だけでなく美を追求するという、エンツォ・フェラーリという人物の審美眼が表れている」

その後、60年代に入ると、フェラーリのほぼすべてのモデルを〈ピニンファリーナ〉がデザイン。〈ピニンファリーナ〉のデザインの真髄は「ピュアでエレガント」にこそあるという。

60年代のフェラーリは、〈ピニンファリーナ〉のデザイナー、アルド・ブロバローネの手によって「250 LM」や「330 GTC」といった魅力的なデザインが続々登場。この流れは67年の「Dino 206 GT」あたりまで続く。

「その後に加えられた方向性が“モダニティ”。〈ピニンファリーナ〉はフェラーリに、モダニティという新たな美の要素を取り入れることに成功しています」

フェラーリのデザインが、大きなターニングポイントを迎えたのが、68年の「365 GTB4」(Daytona)だ。ここで、現代的な造形へとアクセルを踏み込んだ。パオロ・マルティンやレオナルド・フィオラヴァンティといった、当時気鋭のデザイナーたちの登場だ。

「例えば、フェンダーの膨らみが消えてフロントフードの断面が平らになっていたり、ボディサイドには、当時のイタリアのプロダクトデザインのようなキャラクターラインが走っていたりするなど、ディテールに変化が見られます」

70年代に入ってからも、フェラーリのモダン化は加速。ミッドシップレイアウトを採用した「308 GTB」や「365 GT4 BB」などに強く表れている。

興味深いのは、この2台のミッドシップモデルと、「365 GTB4」というFR(後輪駆動)モデルのデザインが共通の方向性を持っている点だ。

「ミッドシップでもFRでも、〈ピニンファリーナ〉デザインのフェラーリのデザイン言語はほぼ一緒。ボディ断面やルーフ造形など、洗練されたデザイン要素は同一です」

Ferrari 365 GTB4
長いノーズのFR車として、プロポーションは伝統的だが、ガラスでカバーしたヘッドランプなど、〈ピニンファリーナ〉によるモダンなデザイン処理が見られる。デイトナ24時間レースで活躍したことで知られる。
Ferrari 330 GTC
1966年のジュネーヴショーで登場した2シーターのエレガントなクーペ。先代「275 GTB」よりラグジュアリーな造形。〈ピニンファリーナ〉のアルド・ブロヴァローネのデザインが支持され、約600台が造られた。
Ferrari 308 GTB
1969年登場の「Dino 246 GT」の後継モデル。排気量3ℓのV型8気筒エンジンをミッドシップにした。73年発表の「308 GT4」は〈ベルトーネ〉のデザインだったが、こちらは〈ピニンファリーナ〉が手がけた。

日産のCCO(チーフクリエイティブオフィサー)として長年、デザインを率いてきた中村さん。最も影響を受けたのが、70年代のフェラーリのデザインだ。

「自動車デザイナーになったのが74年で、フェラーリのデザインの進化をリアルタイムで見てきた世代。70年代のフェラーリは、プロポーションやボリューム感、サーフェスなど、どれをとっても洗練を突き詰めています。そして、この時代のデザインの潮流が、90年代の『F355』あたりまで継承されていきます」

機能優先のレーシングカーにデザインの要素を取り入れた最初期。エレガントなGTに仕立てた50年代。そして、モダンな方向に舵を切った60年代から70年代。このような変遷を辿りながら、3つのカロッツェリアに支えられて、フェラーリのデザインは独自の美を確立していった。

〈1980〜2026〉

カロッツェリアとの蜜月に一区切り。インハウスで模索する新しいエレガンス

profile

西川 淳

監修・西川 淳(自動車ライター)

にしかわ・じゅん/1965年奈良県生まれ。京都大学在学中は自動車のデザイナー、エンジニアを志したがかなわず、卒業後は自動車専門誌の編集に携わる。現在は京都在住、年間450台を試乗、性能を評価する。

「1980年代のフェラーリのデザインは、〈ピニンファリーナ〉との蜜月が続きました。その立役者は、60年代から80年代後半まで〈ピニンファリーナ〉に在籍したデザイナーのレオナルド・フィオラヴァンティ」と語るのは自動車ライターの西川淳さん。これまで多くのフェラーリ取材を手がけ、スーパーカーへの造詣が深い西川さんが、80年代から現在、そして未来につながる近年のフェラーリのデザインを解説する。

洗練されたウェッジシェイプを特徴とする84年の「Testarossa」や、85年の「328 GTB/GTS」は、フィオラヴァンティスタイルの最盛期。自身が60年代にデザインした「365 GTB4」や、70年代の「365 GT4 BB」の流れを汲んでいる。

ターニングポイントが、87年の「F40」。パッと見の印象は「Testarossa」に近いものの、「F40」はカーボンなどの複合材でボディを構成し、空力性能を意識したウィングを搭載したパフォーマンスのための造形を多数取り入れた。95年の「F50」では、オールカーボンファイバーのモノコックを採用している。

80年代半ばまでは、「カッコよければよし」が許されたある意味幸福な時代だったが、「F40」の造形には、90年代以降のフェラーリの特徴とも言える、機能的なデザインの萌芽が随所に見られる。

Ferrari Testarossa
F1マシン「312 T」のモチーフが散見される、ラインアップの頂点にあるフラッグシップモデル。大胆なサイドインテークなど、〈ピニンファリーナ〉の斬新なデザインが衝撃を与えた。「512 BBi」の後継車。
Ferrari F40
ターボエンジンやボディの新素材など、F1由来のレーシングテクノロジーを注ぎ込み、〈ピニンファリーナ〉がデザインしたスーパースポーツ。時速324㎞の最高速度を誇った。創立40周年のアニバーサリーモデル。
Ferrari F50
空力を意識した巨大なウィング。お披露目ではルカ・ディ・モンテゼーモロ社長(当時)が「完売が見込める台数より1台少ない349台を造る」と発言。50周年記念車だが、実際は創立50周年より少し早く発表。

余談になるが、デザイン優先の時代が終焉を迎えるきっかけは日本車にあった。

「89年にホンダが『NSX』というデイリースーパーカーを発表したことで、誰が乗ってもパフォーマンスを発揮できるスーパーカーが求められるように」

デザイン優先から機能優先への転換を決定づけたのが、94年の「F355」と、その後継モデル、99年の「360 Modena」だ。「F355」まではフィオラヴァンティスタイルを継承していたが、「360 Modena」は空力を重視した斬新なスタイル。ここから、半世紀ほど続いたフェラーリと〈ピニンファリーナ〉の蜜月にも、変化の兆しが現れ始める。

その後、フェラーリの〈ピニンファリーナ〉離れは徐々に進むが、関係をつなぎ留めた一人の日本人デザイナーがいた。

「2002年の『Enzo Ferrari』のデザイン決定は難航しました。そこで、デザイナーの奥山清行さんが提案したのが、まるでF1のようなノーズや大きなウィングに頼らない空力デザイン。新しい造形の糸口が生まれました」

F1での知見をベースに設計した6ℓのV型12気筒エンジンと、〈ピニンファリーナ〉のデザインを組み合わせることで、創業者であるエンツォ・フェラーリへの敬意を表現した特別モデル。デザインは奥山清行。

一方、09年の「458 Italia」あたりを境に、21世紀になるとチェントロ・スティーレ(インハウスデザイン部門)がデザインを担う。フェラーリの多モデル展開と他社との競争の激化により、開発にさらなるスピード感が求められたためだ。

「すぐ近くにエンジン開発部門やシャシー開発部門があり、スピーディかつ密にコミュニケーションを図れるインハウスのデザインが必要とされ始めます」

12年発表の「F12berlinetta」は「458 Italia」と同じく、チェントロ・スティーレと〈ピニンファリーナ〉のコラボレーションモデル。13年にはついに、チェントロ・スティーレだけでデザインした「LaFerrari」が登場している。

Ferrari LaFerrari
「HY−KERS」というシステムを搭載したフェラーリ初のハイブリッドモデル。インハウスデザイン部門が手がけたという意味でも新時代を象徴。「330 P4」や「312 P」など、60年代のプロトタイプのフォルムを彷彿とさせる。
Ferrari 458 Italia
チェントロ・スティーレと〈ピニンファリーナ〉のコラボレーションによるデザインのV8ミッドシップモデル。デザインにあたっては、美しさはもちろん、「シンプル」「技術」「効率」「軽量化」などの機能性を意識した。
Ferrari F12berlinetta
特に重視したのは空力性能。250時間を超える風洞実験ではボディの空力性能はもちろん、車両内部の気流も徹底的に解析した。こちらもチェントロ・スティーレと〈ピニンファリーナ〉のコラボレーションによるデザイン。

社内のデザイン部門の主導により、機能と造形のバランスがとれ、生産効率も高い車両の開発が進んだ。しかし、それでは合理的なデザインに偏る懸念がある。

「“フェラーリがそれでいいのか”という声もあって誕生したのが60年代の美しさを現代的に解釈した18年の『Icona』シリーズや、19年の『Roma』。24年発表の『12Cilindri』は、明らかに60年代の『Daytona』の影響を受けていますね。過去の資産を活用したデザインは、往年のファンにとっては喜ばしく、若いオーナーには新鮮に映る。巧みな戦略です」

再構築デザインと平行して、17年には「Portofino」、24年には「LaFerrari」の流れを受けて空力を極めた「F80」も誕生。2つのデザイン路線が共存している。

Ferrarti Portofino
エレガントな佇まいと快適な車内空間の両立に成功したデザイン。高速での安定性をもたらす、優れた空力性能も実現し、デザインにも大きな影響を与えている。ネーミングは地中海に面した瀟洒(しょうしゃ)なリゾート地に由来する。
Ferrari F80
「LaFerrari」の流れを継承する。航空宇宙産業からインスピレーションを得たとされる未来的なルックス。前輪のホイールハウスなど、各部のディテールには約40年前に誕生した「F40」へのオマージュが散見される。

今、フェラーリのデザインは大きな分岐点を迎えようとしている。26年5月発表の電気自動車「Luce」は、ジョニー・アイブとマーク・ニューソンが立ち上げたクリエイティブ集団〈LoveFrom〉とのコラボレーションモデルだ。

「電気自動車の登場によって、自動車は大変革を迫られています。もちろん、フェラーリのデザインも変わる必要がある。しかし、社内のチェントロ・スティーレだけでは限界があるのも事実。そこで再び、外部のコラボレーターとして白羽の矢を立てたのが〈LoveFrom〉。彼らは、現代の〈ピニンファリーナ〉的存在です」

イタリアのカロッツェリアが礎を築いたフェラーリのデザインは、高性能化や多モデル展開戦略によって、インハウス主導に変化していった。そして今、再び、外部のデザインファームと手を組み誕生する「Luce」が、新時代のフェラーリのデザインが進むべき方向を照らし出す。

 

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